大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

文字の大きさ
上 下
106 / 117
第六章 まだ見ぬ世界を求めて

  離れていても(3)

しおりを挟む

 私がこの地へ来て八ヶ月が経過し、テロは増々頻発している。

 休む暇もなく、住民の搬送やら見回り業務を続ける毎日。そんな私の行為をあざ笑うかのように、元々あった宗派抗争に加えて、国際テロ組織や犯罪集団までもがここを拠点にし始める始末だ。
 こうなってはもう手に負えない。この国の安定は、完全に損なわれていた。

「もう!こう毎日停電されたら、本も読めやしない!」
 インフラ整備が遅々として進まず、一般家庭の長時間停電は当たり前。唯一自由になる夜なのに、月明かりを頼りではろくにできる事はなかった。


 やがて新しい年がやって来る。とはいっても当然お祭り気分は微塵もない。

 連日の疲労と睡眠不足(暗闇の夜なのに、やっぱり睡眠不足!)が祟って、ここのところ朝からぼんやりしている事が多い気がする……。
 正月早々、テロリストも動きを控えるだろうなどという甘い考えは、キハラに知れたら大目玉を食いそうだ。

 紛争地帯の真っただ中で、何という緊張感の無さだろう!
 人というのは恐ろしいもので、こんな日常さえマンネリしてしまえばこの通りだ。

「(ユイ、今日はこの辺で上がろう。お疲れ!)」村役場に勤める若者が私に声をかけた。
「(ええ、ありがとう。お疲れ様)」
「(ねえ。だけど君は、どうしてテロリストを見つける事ができるんだ?)」
 私が度々犯行前に人物を特定して捕らえている事を知ったのだろう。
「(勘、って説明するしかないな~)」

 相変わらず罪のない人達が次々に殺される毎日。勘でも何でも使えるものは使って、一人でも多くの人を救いたい。犯罪者以外、誰も死ぬ必要なんてないのだから。
 疲労と共に、私の怒りもピークに達していた。

 今日の分の仕事を終えて、共に働いた若者と共に村役場へと車を走らせる。

「(気分転換に、今日はルートを変えてみていい?)」
「(ユイに任せるよ)」

 今日は何となく、人通りの多い街の中を通りたくなかった。それはただ何となくだ。
 車内では、助手席に乗った彼が他愛のない会話を続ける。

「(君の国は世界一平和だって聞いたけど、実際どうなの?)」
「(ええ。テロなんて滅多に起きない。最近は、異質な犯罪者が増えてるけどね……)」
「(そっかぁ。それにしても、なぜわざわざこんな危険な国へ?君みたいな美人が、こんなホコリ塗れになってさ!)」
「(さあ……なぜかしら!ただ私は、無関係の人達が巻き込まれて殺されて行くのが許せないの。世界中の人々が、平和に暮らせる世の中になってほしい)」

 熱く自分の想いを語りつつも、一瞬感じた車体の違和感が気になった。

「(どうしたんだい?)」
 私の表情がやや曇ったのを察したようだ。
「(うん……車、調子悪いみたい。修理に出さないとダメかしら……)」
 そんな事を言った矢先、警告ランプが点灯した。

「(これって何の警告だった?)」
 取りあえず、すぐにブレーキを踏み込んだ。

 ところが次の瞬間、私達の乗った車は、砂漠のど真ん中で轟音を立てて爆発炎上した。
 悪い予感は当たるものだ。
 周囲に人影はなかったはず。こんな状況にも関わらず、巻き込まれた人間がいない事を祈った。

「くっ……」……今、助けるからね!

 こうは言ったものの、気がつくと私はいつの間にか車外へ放り出されていた。
 隣りの彼を助けるために伸ばした左手は、地面に張り付いてしまったように動かない。下半身と動かない左腕が、ただただ異様に熱を帯びている。

「うっ!」一体、どうなってるの?私の体は……!

 何とか動かせる右手でポケットを探り、携帯電話を取り出して村役場に連絡を入れる。
 私からと分かり村長が電話に出た。けれど、声が出ない。
「あ、あ……」村長さん!助けて……。

 私の声は、電話越しの相手には届かなかった。

 私達は、少し後にたまたま通りかかった車両に発見されたらしい。どうやら車に爆弾が仕掛けられていたようだ。
 点検もせずに乗り込んだのは失敗だった。いつもは確認を怠らないのに!連日の疲労と考えの甘さが、こんなところで祟った。

 これは罰だ。緊張感の無さに気づきながらも行いを改めなかった自分への!誰も恨めやしない。
 暗い意識の海に成す術もなく漂いながら、自分の不甲斐なさをただただ呪った。


 担ぎ込まれた病院で、マイクの声を聞いた気がする。

「(何て事に……。僕がついていれば!ユイ、返事をしてくれ、ユイ!)」ベッドの横でマイクが叫んでいる。
 さらに、医者達の絶望的な会話も耳に入ってくる。
〝彼女はもう助からない。……助け、られない〟

「(何か手は!手はないのか……?僕にできる事は!)」
「(本当に、申し訳ない事をしてしまった……。私が呼びさえしなければ、ユイはこの地には来なかったのに……!)」
「(村長、彼女は望んでここに来たのです。あなたのせいではない。むしろ、今回に限って共に行動してやれなかった、僕の責任です……)」

「(ユイ、君の意志は、この僕が必ず受け継いで、達成してみせるよ!)」
 夢か現実か分からないこんなマイクの心の誓いが、いつまでも私の耳に響いていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...