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第六章 まだ見ぬ世界を求めて
離れていても(3)
しおりを挟む私がこの地へ来て八ヶ月が経過し、テロは増々頻発している。
休む暇もなく、住民の搬送やら見回り業務を続ける毎日。そんな私の行為をあざ笑うかのように、元々あった宗派抗争に加えて、国際テロ組織や犯罪集団までもがここを拠点にし始める始末だ。
こうなってはもう手に負えない。この国の安定は、完全に損なわれていた。
「もう!こう毎日停電されたら、本も読めやしない!」
インフラ整備が遅々として進まず、一般家庭の長時間停電は当たり前。唯一自由になる夜なのに、月明かりを頼りではろくにできる事はなかった。
やがて新しい年がやって来る。とはいっても当然お祭り気分は微塵もない。
連日の疲労と睡眠不足(暗闇の夜なのに、やっぱり睡眠不足!)が祟って、ここのところ朝からぼんやりしている事が多い気がする……。
正月早々、テロリストも動きを控えるだろうなどという甘い考えは、キハラに知れたら大目玉を食いそうだ。
紛争地帯の真っただ中で、何という緊張感の無さだろう!
人というのは恐ろしいもので、こんな日常さえマンネリしてしまえばこの通りだ。
「(ユイ、今日はこの辺で上がろう。お疲れ!)」村役場に勤める若者が私に声をかけた。
「(ええ、ありがとう。お疲れ様)」
「(ねえ。だけど君は、どうしてテロリストを見つける事ができるんだ?)」
私が度々犯行前に人物を特定して捕らえている事を知ったのだろう。
「(勘、って説明するしかないな~)」
相変わらず罪のない人達が次々に殺される毎日。勘でも何でも使えるものは使って、一人でも多くの人を救いたい。犯罪者以外、誰も死ぬ必要なんてないのだから。
疲労と共に、私の怒りもピークに達していた。
今日の分の仕事を終えて、共に働いた若者と共に村役場へと車を走らせる。
「(気分転換に、今日はルートを変えてみていい?)」
「(ユイに任せるよ)」
今日は何となく、人通りの多い街の中を通りたくなかった。それはただ何となくだ。
車内では、助手席に乗った彼が他愛のない会話を続ける。
「(君の国は世界一平和だって聞いたけど、実際どうなの?)」
「(ええ。テロなんて滅多に起きない。最近は、異質な犯罪者が増えてるけどね……)」
「(そっかぁ。それにしても、なぜわざわざこんな危険な国へ?君みたいな美人が、こんなホコリ塗れになってさ!)」
「(さあ……なぜかしら!ただ私は、無関係の人達が巻き込まれて殺されて行くのが許せないの。世界中の人々が、平和に暮らせる世の中になってほしい)」
熱く自分の想いを語りつつも、一瞬感じた車体の違和感が気になった。
「(どうしたんだい?)」
私の表情がやや曇ったのを察したようだ。
「(うん……車、調子悪いみたい。修理に出さないとダメかしら……)」
そんな事を言った矢先、警告ランプが点灯した。
「(これって何の警告だった?)」
取りあえず、すぐにブレーキを踏み込んだ。
ところが次の瞬間、私達の乗った車は、砂漠のど真ん中で轟音を立てて爆発炎上した。
悪い予感は当たるものだ。
周囲に人影はなかったはず。こんな状況にも関わらず、巻き込まれた人間がいない事を祈った。
「くっ……」……今、助けるからね!
こうは言ったものの、気がつくと私はいつの間にか車外へ放り出されていた。
隣りの彼を助けるために伸ばした左手は、地面に張り付いてしまったように動かない。下半身と動かない左腕が、ただただ異様に熱を帯びている。
「うっ!」一体、どうなってるの?私の体は……!
何とか動かせる右手でポケットを探り、携帯電話を取り出して村役場に連絡を入れる。
私からと分かり村長が電話に出た。けれど、声が出ない。
「あ、あ……」村長さん!助けて……。
私の声は、電話越しの相手には届かなかった。
私達は、少し後にたまたま通りかかった車両に発見されたらしい。どうやら車に爆弾が仕掛けられていたようだ。
点検もせずに乗り込んだのは失敗だった。いつもは確認を怠らないのに!連日の疲労と考えの甘さが、こんなところで祟った。
これは罰だ。緊張感の無さに気づきながらも行いを改めなかった自分への!誰も恨めやしない。
暗い意識の海に成す術もなく漂いながら、自分の不甲斐なさをただただ呪った。
担ぎ込まれた病院で、マイクの声を聞いた気がする。
「(何て事に……。僕がついていれば!ユイ、返事をしてくれ、ユイ!)」ベッドの横でマイクが叫んでいる。
さらに、医者達の絶望的な会話も耳に入ってくる。
〝彼女はもう助からない。……助け、られない〟
「(何か手は!手はないのか……?僕にできる事は!)」
「(本当に、申し訳ない事をしてしまった……。私が呼びさえしなければ、ユイはこの地には来なかったのに……!)」
「(村長、彼女は望んでここに来たのです。あなたのせいではない。むしろ、今回に限って共に行動してやれなかった、僕の責任です……)」
「(ユイ、君の意志は、この僕が必ず受け継いで、達成してみせるよ!)」
夢か現実か分からないこんなマイクの心の誓いが、いつまでも私の耳に響いていた。
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