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第六章 まだ見ぬ世界を求めて
離れていても(2)
しおりを挟む「(危ない!)」
突然、見知らぬ男が私に覆い被さって来た。
次の瞬間、すぐ横の店先で大きな音と共に爆発が起こった。舞い上がる土埃に混じって、崩壊した建物の破片が飛び散る。
どうやら、ここのところ頻発している爆弾テロのようだ。
ここはイラクの首都から数百キロ離れた中規模の街。ついに私の目の前で起こってしまった。
「(あの!ありがとう……、助かりました!)」体勢を戻した私はすぐさま礼を述べる。
「(ケガはないかい?)」
覗き込むようにして男性に安否を確認され、笑顔で大きく頷いた。
男性は現地の兵士が着る迷彩服姿だが、顔立ちを見るところ外国人のようだ。かくいう自分も同じものを着ている外国人なのだが。
「(こんな所で一体何を?君は……日本人か。確か、あの国の隊は少し前に撤退したはずじゃ……)」
私が日本人だと一瞬で見抜いた。東洋人の区別が瞬時につくのは、その方面の人間と頻繁に関わっている証拠だ。
「(ユイ・アサギリよ。個人的に来たの。ボランティアでね。よろしく!)」
彼に手を引かれて立ち上がる。
「(こちらこそ。僕はマイク・Jだ。よろしく)」
「(あなたは……米軍の方?昨年、増員されたんでしょ)」
「(いいや、僕は軍人ではない。軍事介入中の彼等とは一緒にしないでくれ)」
「(それはごめんなさい……)」
この返答で彼が米国人だと判明したけれど、軍でないなら?……まあ、何であろうと私には関係ないが。
この国では、独裁政治に反発する者達が、政権側と長らく睨み合いを続けている。
その独裁政治を行っていた大統領はすでに死刑になってはいるものの、それが逆に宗派抗争を招いてしまったという。
独裁の重圧が、この抗争を押し留めるフタとなっていたなんて皮肉だ。
「(ねえ。私、これから国境付近まで行くの。助けてもらったお礼に、良かったら乗せてくけど)」
数百メートル先に停めたヘリを指して言ってみる。彼の乗って来た車は、先ほどの爆発に巻き込まれて大破していたから。
「(それは助かる!実は急いでたんだ。今のテロの対策も立てなければならないしね)」
「(……それは、報復の計画?)」
「(それ以上は言えない)」急に笑顔が消えた。
別にこちらも、深入りするつもりはない。「(まあ、いいわ。とにかく乗って)」
こうして私達は、轟音と砂埃を巻き上げてその場を後にした。
ヘリの機内にて、マイクが熱心に私を眺めている。
「(ヘリの操縦、上手いんだね!君はパイロットかい?)」
「(いいえ、専門ではないの。アクロバットもできるけどね!試してみる?)」
あまりに熱い眼差しに耐えられなくなり、ちょっぴりふざけてみる。
「(待った待った!今日のところは遠慮しておくよ!)」
米国人の典型的なオーバーリアクションで、こう返された。
こんな調子でお互い突っ込んだ話は避け、初対面の男と二人きりのフライトを続ける。
新堂さんと離れて、自分の最もやりたかった事に励む日々。それは困っている人達を救う事だ。身なりにも構わず、シャワーだって毎日は浴びれないし、もちろんノーメイク。恋愛のれの字も忘れるくらい、女を捨てて生きる今の私。
そこへ突如現れた、イケメン米国人青年マイク・J。割と筋肉質でがっしりとした体型に、私好みの甘いマスク!日に焼けた健康的な感じは、新堂さんとはちょっと違うタイプか。これは恋の予感?!
……というのは冗談だが、どんな時でも出会いというものには意味があると思う。
しばしの沈黙の後、マイクがボソリと呟いた。
「(毎日のように起こるテロにも、ムダに人が死ぬ事にも……もうウンザリだよ)」
「(同感。何とかしてなくしたいものね)」私は心から共感した。
私達のこんな地道な活動も、いずれ世界平和に繋がってくれると嬉しい。
それから小一時間ほどの飛行を経て、目的地に到着する。そこでマイクを降ろし、私達は別れた。
「さてと。遠回りしちゃったから急いで向かわないと!」
今日は、隣国から入る物資をヘリで村まで搬送する役目だ。
現地ではすでに、村の担当者達が待ち構えていた。
ヘリから降り立ち、彼らの元に駆け寄る。
「(お待たせしました、ちょっと事件があって遅れちゃった)」
「(事件だって?)」辺りが一斉にザワつく。「(またテロか……)」と吐き捨てるように言う声が、あちこちで聞こえる。
「(君は大丈夫だったのか!)」
「(危うく巻き込まれるところだったけど、運良く助かったわ!)」両腕を広げて無事をアピールした。
そんな会話をしながら物資を積み込んで行く。
そして予定通りヘリで往復し、数箇所の拠点に物資を搬送して回った。マイクのお陰で今日も無事に任務完了だ。
私をここへ呼び寄せた村長は、私を孫のように可愛がってくれる。
この人の本当の孫がテロで亡くなったと聞き、今だけ代わりになってあげよう、そう思った矢先の事だ。
「(ユイ!君に是非、紹介したい男がいるんだよ)」
村長に呼ばれて部屋を訪ねると、そこには一人の若い男性が同席していた。
「(あら?あなたは……)」
村長の正面にいたのは、あの時の米国人、マイク・Jだった。
「(君は……!何て奇遇なんだ)」彼も私を見て驚いている。
「(おや?君達、知り合いだったのかい?)」
一番驚いているのはこの人だ。村長は私達の顔を交互に見て、説明を求める。
「(マイク・Jには、先日、危ないところを救っていただいたの。あの時は、本当にありがとう)」
「(いや。何て事ないさ、ユイ)」爽やかな笑顔で返される。
「(そうかそうか!知り合いか!)」
村長は満足そうに、私とマイクの肩を同時に叩いた。
「(何ですか、村長!……何か、企んでません?)」
マイクはきょとんとしていたが、私には村長の魂胆が見えた。私達をくっつけようとしている!どこの国でも考える事は一緒なのか……。
そんな村長の取り計らいで、私達はしばしば行動を共にするようになった。
今ではすっかり習慣となった、マイクとの昼下がりの街のパトロール。
この日、私の目が怪しい人物を捕らえた。それを告げるまでもなく、マイクもすでにその人物をマークしていた。彼はなかなかのやり手でとても頼もしい。
「おい、そこで何をしている?」
マイクがその不審人物に、流暢なアラビア語で声をかける。その人物が手に持っているのは明らかに爆弾だ!
男がマイクを振り切って私に向かって来た。
「(ユイ、逃げろ……っ!)」
そんな忠告を無視して、私は逆に男に向かって行く。
次の瞬間、男が宙を舞う。爆弾は男の手から離れて落下し始めるも、私の位置からでは届かない!
「(マイク、爆弾を!)」
「(任せろ!)」
地面に落ちる寸前で、マイクは爆弾をキャッチした。
「(ナイスキャッチ!マイク)」安堵の息と共に、コメントを入れる。
「(ユイ!君って強いんだな、驚いたよ!今のって柔道の背負い投げかい?)」
「(そうよ。強くなきゃ、単身でこんな地には乗り込めないでしょ?)」
投げ飛ばされて気絶した男を尻目に、私達は笑った。
こんな調子で、幾度となく爆弾テロを未然に防ぐ事に成功したり、またアラビア語が堪能だった彼に、時折通訳をお願いしたりしているうちに、いつの間にか私達はとても気の合う、欠かせないパートナーとなっていた。
しかし彼はいつもどこか壁を作っており、自分の事はあまり話さない。軍ではない国の機関で働いているらしいが、それ以上の事は分からない。
「(ねえマイク?出身はどこなの)」
これまで触れないでいたプライベートについて、興味があったので聞いてみた。
「(カリフォルニアさ)」
「(あなたのイメージにぴったりね)」
マイクがはにかんだ笑みを浮かべた。
私達は夜の帳の中、倒木の上に腰掛けて語り合う。束の間の休息だ。
「(じゃ、僕からも質問。ユイは、こんな所でこんな危険な事してて……。日本の恋人が、心配してるんじゃない?)」
「恋人かぁ……」思わぬ問いかけに、無意識に日本語で呟く。
「(いるんだろ?国に)」
新堂さんの顔が浮かんだ。無性に、彼に会いたくなった。
黙っていると、マイクが私の顔を覗き込んでくる。
気恥ずかしくなって天を仰いだ。空には満天の星が広がっている。砂漠の夜空は明かりもないため絶景だ。
「(大切な人なら、いるわ)」これだけは自信を持って言える。
するとマイクも対抗するように口を開いた。「(僕もいるよ。大事な家族が)」
「(家族?マイク、結婚してたの)」あまり家庭的な印象がなかったので驚いた。
「(言ってなかったね。そうなんだ)」
けれど、これを知って何だか安心した。
「(そっかぁ~。お子さんは?)」
「(ああ。息子が二人いる)」
彼がポケットから写真を取り出して見せてくれた。そこには、四、五歳と思われる男の子が、やんちゃそうな笑顔で写っていた。
「(ふふっ!あなたにそっくり……)」
「(ユイは?)」
「(私?独身です!私ね、……罪を償うために来たの)」
こんな意味深なセリフを言った私に、彼はあえて何も聞かずにいてくれた。
「(ねえユイ。知ってる?ギリシャ神話で、忘却の河っていうのがあるんだ)」
ふと何かを思い出したように、マイクが語り始めた。
「(その河の水に浸かると、何もかもを忘れる事ができるそうだ。あらゆる罪が、水に流されて消えるという、幻の河だよ)」
「(その河って、本当にあったりするのかな)」
物憂げな様子の彼に尋ねると、マイクは私に視線を向けて言った。
「(でもユイ、その河に浸かると、全てを忘れてしまうんだよ?……何もかも)」
一瞬、なぜかその河に浸かってみたいという欲求が現れた。
そしてマイクが言う。「(ユイ。それでもいいなら……僕と、行く?)」
思わぬ誘いに目を瞬くと、「(ごめん!ジョーク、ジョーク!)」とマイクは慌てて手を振った。
そうだ。忘れたところで罪は消えない。何をしても、結局罪は償い終える事なんてないのだ。
こんな事を言ったマイクにも、償いたい過去があるのだろうか。新堂さんはどうだろう?またしても、あの人の顔が浮かんだ。
「新堂さん……」
私は無意識に呟いていた。そして知らずのうちに……涙が零れていたらしい。
気がつくと、私はマイクと熱いキスを交わしていた。
「(あっ、ご、ごめん!君があまりに悲しそうだったから……)」慌てて体を離す。
「(私の方こそっ!ねえマイク、ダメよ……お互い、パートナーがいるんだから)」
「(そうだね。僕もどうかしてた、ごめん!)」日本風に両手を合わせて詫びてくる。
私は慌てて涙を拭い、微笑んで言った。「(私達は、仕事上のパートナーでしょ!それも、最高のね)」
「(ああ、唯一無二の戦友だよ)」
マイクとこんなプライベートな会話をしたのはこれっきりだ。彼はまるで、私とこれ以上関わるのを避けているような気がする。
この人は何か隠している。そう確信したが、彼と私の想いは同じ。この国の平和への願いは本物だ。今はそれ以外は大して重要じゃない。
自分だって探られたら困る事だらけなのだし?だから私も、探ったりはしない。
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