大嫌いは恋の始まり

第六章 まだ見ぬ世界を求めて

45.離れていても(1)

　拝啓
　新堂さん、いかがお過ごしでしょうか。この二か月、ずっと連絡できずにいた事、お許しください。

　あなたの事だから、きっと毎日多忙な日々を送っている事と思います。殺し屋に狙われたりしていませんか？何かあれば、必ず私に連絡してくださいね！

　私の方の近況報告をします。
　あなたと別れてすぐ、私は中近東の村を点々としました。私が寄付した資金は、主にそちら方面で使われていたそうです。
　世界中には、こんなにも貧困が溢れているのですね。現地でそんな状況を目の当たりにしては、愕然とする毎日です。
　それに、お金だけでは救えない部分もたくさんある事を実感しました。

　世の中って、自分の目で見てみないと分からない事だらけ。今思うと、新堂さんはそんな事も、全て知っていたのかもしれませんね。

　ああ、それと。危険な事をしていないか、ご心配されているでしょうからお伝えしますね。私が今している仕事は、主に物資の運搬です。ヘリの操縦技術がとても役に立っています。（免許がない事は内緒で！）
　時にテロから住民を救出したりもしますが、決して危険を伴う内容ではありませんので、どうか安心してください。
　補足ですが、成り行き上、マシンガンを撃つ事はあります。

　あれからもう一年が過ぎようとしていますが、私は至って健康体です。主治医が側にいない今、無理はできませんから？
　変わった事といえば、少々タバコの本数が増えた事くらいでしょうか……。それについての小言は受け付けませんので悪しからず！

　私はこれからイラクへ向かいます。そこの村長が、寄付をしてくれた人にどうしても会いたいと言っているそうなので。
　あの国は今、紛争の真っ只中にあり、多くの罪のない国民が犠牲になっています。状況を少しでも改善すべく、尽力するつもりです。

　滞在した時にお世話になった、ある年配の女性にこんな事を言われました。

〝自分を大切に思ってくれる人を大事にしなさい。離れていても、想いあっている二人の心は繋がっていて、いつでも一つに合わさっているのだから〟
〝あなたがその人を想っているように、きっと彼も、いつでもあなたを気にかけている。
それがどんなに尊い事か、忘れないで〟

　新堂さん、私の事、怒ってたでしょ？何の連絡もよこさないで！って、聞こえました。……というのは冗談ですが、それで今回ペンを執ったという次第です。
　今の私は、あなたが見たら驚くほど日に焼けているでしょう。土埃に塗れて汚れているだけかもしれませんが？

　ともあれ、とても充実した毎日を送っています。全然思った働きができずに、不甲斐ない思いをする事もしばしばですが……。

　新堂さんの方は順調ですか？毎日たくさんの患者さんを救っている事と思います。稼ぎすぎ……改め、働きすぎにご注意ください！
　これからはもう、手紙を書く時間は作れないと思います。でも、元気にやっていますのでどうぞご心配なく。

　最後に。新堂さん、勝手に飛び出してごめんなさい。

　あなたが私と共に生きてくれる事を、当たり前のように感じていた。そんな自分の甘えを戒めるためにも、離れて暮らす必要があるのです。
　どこへも行かないと言ったのは私なのに、こんな形で約束を破ってしまいました。
　自分勝手な朝霧ユイを、どうか許してください。新堂さんもお元気で。ご活躍を祈っています。それでは、またお会いする日まで……

　敬具



　長い手紙を書き終えて、ため息をついた。

「はぁ～。やっぱ手紙なんてガラじゃないや……。や～めた！」
　しばらく眺めていたけれど、すぐに丸めた。
「私がイラクにいるって分かったら、何だかんだ言って止めに来るかもしれない。あの人まで危険に巻き込む訳には行かない」

　私があの人の元を離れた一番の理由。それは、彼のような優秀な医者を独り占めしないため。そんな権利は私にはない。
　色々な意味で、私が側にいる限り新堂さんの妨げになるのは間違いない。
　私の世話を焼いている時間を他の患者に使えれば、より多くの人が救われるのだから。

「私達は、一緒にいるべきじゃない……」
　窓から見える昇ったばかりの月を眺めながら呟いた。

　いよいよこれから、また新たな地での生活が始まる。これまで犯してきた罪を償う気持ちで、一人でも多くの命を守りたい。
　私の危険察知能力が、きっと役に立つはず。長年の闇家業のお陰でそんな能力も高まり、怪しい人物は気配でそれとなく分かるまでになった。
　悪に対して働く直感は、誰よりも確実だ！

　自分の信念を貫き通す事だけを、強く心に誓った。