100 / 117
第六章 まだ見ぬ世界を求めて
向こう側の自分(2)
しおりを挟む私は彼女の目を真っ直ぐに見つめたまま、黙り込んだ。
「どうした?朝霧。私が怖い?」砂原が言う。
「まさか!」
こう一言だけ口にして、気持ちを整理する。
「私も、自分のしてる事には、それなりの誇りを持ってる。例えそれが、人を殺す事であっても」意を決して、ここはきっぱりと言った。
「……それはつまり」
「ええ、そう。答えはイエスって事」真っ直ぐに砂原を見て答える。
「世界平和のための、行動だと言うのね?」改めて確認してくる砂原。
「ザッツ・ライト!」
「私、これでも七年警官やってるの。嘘ついてる人間はすぐに見破れるからね」
挑発するように言う彼女に、「ええ」と、やや口角を上げて答える。
砂原が警官の目で私を強く睨む。負けずに私も見返す。
どのくらいそうしていただろう。先に表情を緩めたのは砂原だった。
「参ったよ!朝霧にはやられっ放しだわ……」
「何なに?今の、睨めっこだったの?」わざと軽く受け流す。
「バカ!全く、謎の女だね。アンタは」完全に緊張の糸を解いて、砂原が言った。
「何が謎よ?散々人の事、勝手に調べといて」ちょっぴり膨れっ面で言い返す。
「正直言うとね、アンタの情報は何もなかったのよ。あったのは、朝霧の親父さんのだけ。それもワンサと」
「あははは……っ」ここはもう笑うしかない。
だが内心ほっとした。警察に自分の情報が何もない事が確認できたのだから?
新堂さんには悪いけれど……。彼は間違いなくブラックリスト入りだろうから!
「悪い事してない、って言ったよね?」砂原が改めて聞いてくる。
「言ったよ」迷いなく答える。
「約束して。これからも絶対に……」
「この私が、自分の信条に反する事をすると思う?」彼女の言葉を遮って尋ねてみる。
「思ってない。けど、自分なりにケジメを付けたいのよ」
私はこの言葉に、やや微笑んで答えた。
「あなたに迷惑はかけない。約束する。無意味な犯罪行為は、決してしない」
「ありがと。もし破ったら、その時は真っ先に私が、朝霧ユイを逮捕しに行くからね」
この答えに、私はさらに微笑んでから砂原を強く見返した。
「さ、飲もうよ。砂原もどう?赤ワイン」ボトルを手に、ワインを勧める。
「おう!サンキュ」
彼女のグラスにワインを注ぐ。そして私達は同時に一気に飲み干した。それはまるで、双子の姉妹のようだと言われそうな光景だったに違いない。
「じゃ、今度はこっちの番だね~」私はわざと指の関節を鳴らしながら砂原を見た。
「怖いなぁ~、お手柔らかに頼むよ?」
「いつからSPしてるの?」
「三年目。それまでは所轄で、普通にお巡りさんやってた」
「砂原だって相当強いじゃない?それに、射撃の腕もなかなかよね」
「まあね~。だって射撃は、オリンピック目指してたから。強化選手にも選ばれたんだ」
オリンピック。確か義男も候補に上がった事があった。
「凄~い!それで?出場はしなかったの?」
「ちょうど任務が忙しくて、それどころじゃなかった」
「残念だったね」
「本業を疎かにする訳には行かないからね。ま、私くらいのクラスになると?引っ張りダコなワケよ」
「なるほどね……」こういう自信満々なところも、私にそっくりだ。
「そう言えば、朝霧の拳銃ってリボルバーだよね」
「今じゃ珍しいでしょ?」肩を竦める。
「こだわってる人は使ってるよ。次元大介とかさ」アニメの話題を持ち出す砂原。
ここは取りあえず笑っておこう。「うふふ……そうそう!」
事実、私はこだわっている。だって、キハラから貰ったお守りだから。
「それ、コルトでしょ?色で分かるよ。カッコいいよね~、コルトパイソン!」
「私のはコンバット・パイソンよ。師匠の形見なの」
「朝霧の強さの源か。きっとそいつも、ダークな奴だったんだろうなぁ」
「ちょっと?天に召された人間を、悪く言わないでくれる?」
「そうなの?……ゴメン」
予想外だったらしく、すぐに謝罪の言葉がかけられた。
「いいよ。実際、ダークだったし!」
こんな私の呟きに、砂原が首を傾げていた。
「ね、良く見せてよ!私、自分の以外に押収した改造拳銃くらいしか見た事なくてさ」
「……ここで?マズイでしょ、さすがに」私は辺りを見回して答える。
だよねぇ、と砂原が笑い出す。冗談だったのか?
「あ~楽し~!職場以外の人間と、こんな話できると思わなかったよ」
それは私も同じだ。しかも相手は女性だなんて!こんな職に就いて以来、あまり同性との接点がない。私にとってもとても新鮮な時間だ。
「ねえ、どうやってテロリスト集団をやっつけたの?」
アルコールが回り始めたのか、砂原がまたもや直球で質問してきて、思わず吹き出してしまった。
「砂原ったら、また、ズバリときたわね……」
「隠してもムダ!分かってるんだからね~?」グラスを掲げて、片肘をテーブルに付く。
「調べたなら、その方法も知ってるでしょ」
「知らないから聞いてるの!因みにこれは、警察のデータベースからじゃないよ」
「ああそうですか!じゃ、砂原なら多数相手にどうやる?」面倒になったので、逆に質問で返した。
しばらく考えていた砂原が、やがて答える。
「私なら……、バクダン仕掛ける!」
突入部隊の指揮官のように、高らかに右手を頭上に伸ばして言う。
「あなた、酔ってるわね?」
先ほどから言動がおかしい。どうやらワインが良くなかった模様……。
でも彼女が酔ってくれて少しほっとした。キレ者の女刑事を前に、冷や冷やさせられ通しだったから!
「爆弾ねぇ。その手は良く使うわ。でもあの時は私も捕まってたし。無理ね」
「捕まってた?危険じゃない!」大袈裟なリアクションだ。
「友達を助ける代わりに捕まったの」私はサラリと答えた。
「それで?」
「ボスに気に入られて、仲間に入った。フリだけどね」こう答え、グラスにワインを並々と追加する。
「気に入られたって、まさか……?」今度は、体を大きく仰け反らせている。
「アイツ、超の付くロリコン男でさぁ~」思い出しただけでも吐き気が……。
「朝霧は私と違ってカワイイからね。自分、女だって事すら忘れてるし!」こんななりだし?と続けて、壁にもたれて足を投げ出す。
「やめてくれる?その可愛いって言葉、私には褒め言葉じゃないから」
突然不機嫌な声を出した私に、砂原が驚く。「……朝霧?」
「私さ、そう言われるのが一番腹立つの。バカにされてるように感じるワケ!」
ついムキになってしまう。
「別にそんなつもりで言ったんじゃないよ?」慌てて砂原が、断りを入れる。
小柄な女のコンプレックス。きっと砂原みたいな、長身でカッコいい女性には分からない類の。
「砂原は、自分の事何も分かってない。あなたはとても魅力的よ?自分が持ってるもの、有効に使わない手はない。強さも、美しさもね」
「強さはともかく。美しさねぇ……」いまいち納得していない様子。
「そうそう、砂原の事話したら、私のカレがあなたに会ってみたいってさ」改めて彼女を見てそう伝える。
あの他人に興味を示さない男が、会ってみたいと思うくらい魅力的なのだと!
「えっ何?朝霧、恋人いるの!」意外なほどに砂原が食い付く。
「反応するとこ、そこ……?まあね、いるよ。パートナーが」
恋人と答える自信がまだなかった。まだ?!まだ!これは自分の中の葛藤だ。
「なぁ~んだ、そっかぁ。だからそんな余裕のコメント言えるのね。……で、その人も同業者だったり?」それはそれで問題だけど!と砂原が続ける。
「ううん。違う。彼はドクター」同業でなくとも、大いに問題があるのだが。
「へえ~、医者か!金持ちだね。それなら、朝霧がそんな危険な事して稼ぐ必要ないじゃん」頬杖を付いて言ってくる。
「バカね!私はお金のためにしてるんじゃないから。さっき言った事、もう忘れたの?」
「ゴメンゴメン、ちゃんと覚えてるって。医者って聞いたら、ついね。ねえ、今度誰か紹介してよ!そのカレにでも頼んでくんない?」
「それは……無理かも」
「な、ん、で、よ!」
彼は無免許だなどと言える訳がない!そんな男の知り合いも、訳アリに決まっているではないか。
「そっちの同業者でいないの?いい人」私は話題を切り替える。
「いる訳がない。イイ男は、警官にはならないよ」即答する砂原。
「そんな事ないでしょ!」
私から見れば、職務を全うしようと頑張る全ての男性警官がイイ男だ。
「あ~あ。そうかぁ~。ねえ朝霧、今度さ、付き合ってよ」
「何に?」
「合コン!」
目をキラキラさせて答える砂原が、妙に可愛かった。
「え~!カレに叱られるってば」あえてこんなセリフを言ってみる。
新堂さんは恐らく何も干渉しないだろうが。一度言ってみたかったの!
「内緒にすればいいじゃん。朝霧カワイイから……あ、ごめん」
「いいよ」たまには、こういう言葉を素直に受け取ろう。
「頭数合わせって事でさ。ね?ウチの同僚の女、全っ然、花なくてさ~」
「合コンかぁ。私そういうの、行った事ない」
「単なる騙し合いよ!結構楽しいよ、これが」
何かを思い起こしているのか、顔がほころんでいる。
忙しい彼女でも、こうして普通の女のコしてるんだ……と、素直に羨ましかった。
「ふうん。確かに楽しそうね」
「ね?行こうよ!」勧誘は終わらない。
「どんな服着てけばいいのかな……」自分の格好を改めて確認しながら考える。
「それでいいじゃん」砂原があっさりと言った。
「でも……花、なんでしょ?」
そう言い返した私を、マジマジと見つめて考え込む砂原。
「じゃあさ、ワンピースとかどう?」
「ひらっひらのヤツね!」手をヒラヒラさせて言ってみる。
「思いっ切りブリッ子してさ」砂原が、アヒル口でブリッ子を演じる。
「あはは!それ、イケるよ砂原!あ、ねえ。もし手出されたら、キレていい?」
「いい、いい!やっちゃえ、やっちゃえ!」
会話はどんどんエスカレートして、仕舞いには二人で、腹を抱えて笑った。
こうして楽しい夜は過ぎて行ったのだった。
「今夜は楽しかった。ありがとね、朝霧」
「こちらこそ!合コン、楽しみにしてるから。連絡ちょうだい」
「オーケー!」飛び切りの笑顔で、ウインク付きで砂原が答えた。
そして私達は駅で別れた。
一人になって、深呼吸と共に夜空を見上げる。都会の空は明るく、星はほとんど見えなかった。
アルコールのお陰で、蒸し暑さは今は感じない。
「世の中には、自分に似た人間が三人はいるっていうけれど……」
表の世界で堂々と自分の信条を貫く彼女が、とても羨ましかった。
け・れ・ど!「私は、私のやれる事をやるのみ!」
夜空に向かって、こう宣言したのだった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる