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第六章 まだ見ぬ世界を求めて
43.向こう側の自分(1)
しおりを挟む「あ~疲れた……。まったくハードよ、この仕事ってば!」
こうは言ったが、今日の仕事内容は至って健全なものだ。ほぼ一日中走り回って、迷子の子犬探しを成し遂げたのだから!
私に入る仕事はダークな依頼ばかりではない。
帰宅後、自宅の留守電が点滅しているのに気づく。
「依頼の電話かしら?」
ボタンを操作して内容を聞いてみる。
『朝霧ユイに伝言。先日会った砂原よ。あなたには、きちんと礼をしないとと思って』
相手は、驚いた事にあのSPの彼女だった。
どうしてここの番号を……?と思案しつつも、メッセージに耳を傾ける。
『二度も助けてもらったしね。心配しないで。あくまでプライベートでのお誘いよ。良かったら連絡ちょうだい。じゃ』
「このサバサバした感じ、とっても好きよ!」
それは、あの時の彼女そのままだった。
プライベート……。本当だろうかと疑いはしたが、家の番号まで割り出されているなら逃げてもムダだ。
しかも彼女は、自分の携帯電話の番号を教えてきている。警官がむやみに一般人に教えるはずはない。
「まんまと罠に、引っ掛かってあげようじゃない?」
早速連絡を入れてみると、砂原はすぐに出た。
『もしもし?』
「朝霧だけど。職権乱用なんじゃない?人んちの番号調べるなんてさぁ~」
『……ごめん。どうしても、また会いたくて』
「どうせ、尋問して自白させて捕まえる気でしょ」
『違うって!言ったでしょ、個人的に会いたいだけ。正直、アンタに凄く興味がある。私もこんな職業だから、友達少なくてさ』
「あら同感」
『で、どう?デートのお誘い、受けてくれる?』
おどけた調子でこんな事を言う砂原に、肩の力が抜けた。
「仕方ないな~、ユイさんはモテるからね。忙しいんだぞ?」おどけて返す。
『そこを何とか!指定の場所に行くからさ』
「ホントに?」
『こっちが誘ったんだし。都合、合わせるよ。朝霧、どこに住んでるの?』
「もう知ってるんでしょ」電話番号が分かるなら、住所などすでに把握済みのはずだ。
『ごめん……バレてたか。ねえ、じゃ私、横浜まで行くよ。いい店ある?』
「もちろん。飛び切り旨いとこ、連れてってあげようじゃない」
『良かった!じゃ、日にち決めましょ』
こうして私達は、横浜で三日後の夜に会う事になった。
「砂原~!ごめん、遅れた!」
「もう、十二分遅刻よ?すっぽかされたかと思ったわ」
十二分って……!何て細かい人?
「ゴメン!済まん!堪忍!」手を合わせて詫びを入れる。
「家、この近くなんじゃないの?何で遠方の私の方が先に着くのよ……」
呆れたように、ため息混じりに返される。
「言ったでしょ、私は忙しいって。さ、行くわよ!」
遅刻は朝霧ユイの専売特許です、あしからず!なんて言ったら説教され兼ねないのでやめておこう。
立ち止まったままの砂原の背中を押して、店へと向かった。
選んだ所は、テーブルごとに間仕切りされている、割と静かな雰囲気の店だ。
「へえ~、いい店じゃない!」店内を見回して砂原が言う。
「ここでなら気兼ねなく、根掘り葉掘り聞き出せるでしょ?」
「……参ったな。朝霧には全部お見通しか」頭に手をやって、ようやく白状した。
「大丈夫。こっちも負けずに聞き出すから」負けずに返す。
この言葉に、砂原は苦笑していた。
座敷風の席に、靴を脱いで腰を下ろす。
「スーツじゃないと、感じ変わるね」改めて砂原を見て、思ったままを口にする。
今日の砂原は、コットンの白いスキッパーシャツに、ジーンズ姿だ。
「そう?朝霧は……変わんないね」
「私はいつもこんな感じ」自分の服装を見下ろす。
私は大抵、スカートにタンクトップ、上にジャケットを羽織る。
ジャケットを着るのは、腰に差したコルトを隠すため。
「あ~!ここんとこ忙しかったから、こういうの久しぶり!」足を伸ばして砂原が言う。
「ふふ……。お疲れ。今日は大いに寛いで」
「もち!ここには、チクチク言う男共もいないし?」悪戯っぽい目で囁く。
「何それ。いつも言われてるワケ!」
私の質問に砂原が肩を竦める。
「この間も参ったよ……。あんたのせいで、こってり絞られたんだからね?アタシ!」
「この間って、料亭のあれ?」あの日の事を思い浮かべる。
砂原が右手でピストル型を作って私に向ける。
「ああ……、あれね。悪かったわ、あなたの立場を悪くした?いいのに、本当の事言ってくれて」
「そういう訳には行かないでしょ!大体、これが初めてじゃないんだし。私が見逃してた事バレちゃうじゃない?」
「ホントごめん……」丁重に謝る。謝るしかない……。私に関わったばっかりに!
「別にいいけど。ああいう場面で、女のお前が残るべきじゃない、とか言われてさ。腹立つの何のってないよ!どう思う、朝霧?」
「分かってないね。凄い腹立つ!」テーブルを叩いて同意した。
「でっしょ~?」
予想通りに、こんな調子で意気投合する私達なのだった。
並べられた皿や小鉢を前に、取りあえずは飲みまくる。
「想像はしてたけど、組織でやってくって大変そうだね……」
私は手にしたグラスをようやくテーブルに置き、しみじみと言った。
「フリーのあんたには、無縁の悩みだね!」
両手を頭の後ろで組んで羨ましそうに言う彼女に、つい反論したくなる。
「これでも私、警官志望だったのよ?」
これを聞いて、飲みかけたライムサワーを片手に砂原が驚く。「どういう事?」
「どうもこうもないよ。単に、試験に落ちただけ!」
「マジ!?何で落ちたの?素質、大いにあると思うけど!」
「一つは、体格が小さ過ぎた。もう一つは……協調性がなかったから?」
「そういうとこよ!体格とか?その時点で女を蔑視してるよね!」
残りのサワーを一気に飲み干し、興奮気味に砂原が言う。
「まあまあ……!」怒り心頭の彼女を宥め、冷静に意見を述べてみる。「だけど、協調性ないのは致命的じゃない?」
少し考えて、砂原がポンと手を叩いた。
「それもそうだ」
そして私達は、どちらからともなく声のトーンを上げて大笑いした。
砂原が二杯目のサワーを注文し終えた後、私はついに切り出した。
「で、そろそろ本題に入ったら?」
「……朝霧。本当は、話したくて仕方ないんじゃない?」不意に砂原が真顔になる。
「何をよ」
「懺悔、的な?」私の方に身を乗り出して言う。
「冗談!私は悪い事してないもん」私は本心から答えた。
「良く言うよ!……そうそう。私が先に言わなきゃね」と、おもむろに正座し直す砂原。
私もつられて正座する。
「朝霧ユイ、先日と先々日、手を貸してくれて助かった。感謝してる」
そう言って、砂原は深々と私に頭を下げた。
「いいって!そんな、改まって言われる事じゃないよ」慌てて顔を上げるよう促す。
「ホント、朝霧が来なかったら、私、大ケガどころじゃ済まなかったかも……」
これには素直に同調する。「まあ……。アイツ等、結構手強かったもんね」
「ねえ、朝霧って、何でそんなに強いの?」好奇心たっぷりの目が私に注がれる。
「スパルタ訓練を、幼少期から積んできたから、かな」苦笑いを浮かべて答える。
「何のために?」
「私の実家の事、もう調べたんでしょ……」
口を真横に結んで、砂原はただ頷いた。
「きっと両親は心配してたのよ。私が危険に巻き込まれやしないかって。だから、何が起きても平気なように、鍛えておいてやろう、ってね」
「何だか、それもツラいよね……」砂原がやや肩を落とす。
そこで私はすぐに答えた。「全然。私は逆に感謝してる。そのお陰でこうして、自分のやりたい事ができるんだから?」
「やりたい事って?」
私はカクテルを一気飲みしてから言う。「そうだなぁ。大きく言えば、世界平和への貢献?」
「……確かにデカい」
私が望むのは、悪の存在しない平和な社会。できるなら、その平和を乱す連中を片っ端から始末したい。テロリストだろうと殺し屋だろうと!
黙り込んだ砂原に、「バカな事言ってる!って、思ってるんでしょ」と、おどけてみる。
「そうじゃないよ。……ねえ、単刀直入に聞くけどさ」
そう言いつつも言いにくそうにしている砂原に、「望むところよ」と促す。
「あんた、人、殺してるんでしょ?海外でも含めて」
この時私は、どんな顔をしたのだろう。そう思ったのは……。
「ごめん、本当に単刀直入過ぎた」すぐに砂原が、こう断りを入れてきたから。
「いいえ。いいのよ。そういう直球なとこ、私は好きよ」
口を閉ざした私を、砂原が見つめる。私の答えをただじっと待っているその姿は、容疑者が口を割るのを見守る警官そのものだ。
私は先ほど追加で頼んだ、ボトルの中で輝く赤ワインを見つめながら尋ねた。
「私の答えを聞いて、どうするの?」
「今日はあくまでプライベート。だけど、年中無休で私は警察官」
一旦言葉を切って、砂原が真っ直ぐに私を見る。
「私は、この仕事に誇りを持ってる」こう毅然と言いきった。
「その事は、知ってるつもりよ」
まだ会って間もないけれど、砂原舞がどういう人間か、私には良く分かる気がした。それは、彼女が私にとても良く似ているから。
砂原はもしかしたら、新堂さんが言っていたように、表の世界にいる私の分身なのかもしれない。
「もし朝霧の答えが、私の信条に背くものだったなら、私は、自分のすべき行動に出るつもり」
「砂原の信条って、何かしら」
「国民の安全確保。そのために、治安を乱すものを排除する」
「つまり、私が危険人物なら……逮捕するって事ね」
砂原が掌を上に向けて、両腕を大きく広げた。その姿はまるで掛かって来い、と言っているように見えた。
それとも……。自分が受け止めてやる、という事だろうか?
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