大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第六章 まだ見ぬ世界を求めて

  対極のカンケイ(2)

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 お互いの持ち場に戻ると、石井と呼ばれた男性SPが退屈そうにしていた。

「戻ったか、砂原。で、そちらは?」私に目を向けて興味深げだ。
「民間警備会社の、護衛担当だそうです」砂原はサラリと答えた。
「へえ~!女性の!」
 小柄な私を見て驚いている。まあ当然の反応だが。

「お前等、知り合いだったのか」
「まあね。似た境遇だから、話し、合うの。ね?」砂原が私に同意を求める。
 これには笑顔で答えた。「ええ。とっても」
「ふう~ん。しかし、ウチの砂原と違って可愛いらしいな~!名前は?」

「朝霧ユイです、よろしく」
「見てくれに騙されちゃダメですよ、石井さん。彼女こう見えて結構なやり手ですから」
「それはそれは!是非一度、手合わせ願いたいね」
「いつでもどうぞ」
 バカにされた気がして、すぐにでも一泡吹かせたい気分で即答した。

「はは!いや~、その際はお手柔らかに!」
 何を想像したのか、ニヤケ顔でこんなセリフを吐く。SPってお堅い職業じゃなかったのか?少々興ざめだ。
「石井さん。鼻の下伸びてますよ」砂原が透かさず突っ込みを入れた。


 こんな調子で、退屈だったはずの時間はあっという間に過ぎた。
 お互いの護衛対象が店から出て来る。

「状況は?」秘書に外の様子を尋ねられ、「問題ありません」と報告する。
「いい~酒だった!帰るぞ~!」緊迫した私達とは打って変わって、大層ご機嫌な様子の護衛対象達。
 そんな社長を横目に、私は抜かりなく周囲に気を配り続ける。

 社長がやって来た車に乗り込んだ時、背後に不審車両が近づいた。

「大臣、早くお乗りください」
 向こうも不穏な動きに気づいたようだ。石井が慌てて護衛対象を車に押し込んだ。
 あのオジサマは大臣だったのか。どうりで見た事のある顔だと思った!
「そう急かすなよ。いい気持ちなんだから!」大臣は石井に文句をつける。

「朝霧!マルタイ確保!」唐突に砂原が叫んだ。

「専門用語だし……。分かってる!」
 何も知らずに呑気なのは、〝マルタイ〟二名のみ!
「秘書さん、社長を頼んだわよ!」私は横にいた秘書の彼に社長を託す。
「たっ、頼んだって、どうすればっ?!」ただただ棒立ちの秘書。

 ……ダメだ。使い物にならない。オロオロする秘書を、社長と共に車内に閉じ込めて施錠する。

「砂原!そっちのマルタイ、先に逃がして!石井さんに運転を……」
 叫び声を上げていた私に、容赦なく殴りかかって来る敵。上から下まで黒尽くめの男達だ。
「気をつけて、こいつ等、刃物所持あり!」
 砂原の叫ぶ声が響いた直後だった。

「きゃっ!!」
 ナイフが私の鼻先を掠めた。危うく当たるところだった。

 体勢を立て直してナイフを持った男の手を蹴り上げ、凶器を奪う。さらに攻撃を避けながら敵を追いつめて行く。
 そしてついに、料亭のコンクリート塀に敵の体が当たった。そのまま押し付けて、腕を取り関節を固めた。
 しばらく男は悲鳴を上げて耐えていたが、そのまま動かなくなった。

「いっちょあがり!」

 背後を確認すると、私のマルタイに敵が迫っているではないか!ロックしているとはいえ、見逃す訳にはいかない。

「あなたのお相手はこっちよ!」
 今しがた奪った敵のナイフを投げつける。怯んだ隙に、飛び掛って頚椎を折ろうとしたが思い留まった。
「ダメダメ、殺しちゃマズいでしょ、ユイ!」自分に言い聞かせる。
 この躊躇した一瞬の隙に、重いパンチが頬骨の下を掠めた。
「何するのよっ!ムカツク!!」

 こんな事態に我慢するなんて、私には無理だった。
 迷わずコルトを抜き、撃ち放つ。もちろん急所は外したけれど。

 絶句する砂原の顔が目に映る。石井はすでにマルタイを連れてその場から去っていたため、銃声を耳にしたのは私の所の連中と砂原だけだ。
「いいよね、どうせ。彼女にはもうバレてるんだし?」
 開き直って、苦戦を強いられている砂原の救援に向かう。

「助っ人に来たわよ!」
「アンタって人は……!」
 ぶつくさ言いつつも、砂原と私のコンビは向かうところ敵なし。最後には二人で息の合った蹴りをお見舞いしてやった。

 それは、今までにない爽快感だった。

「ちょっと朝霧、突っ立ってないであなたも手伝ってよ!」
 砂原が、倒れた男達に片っ端から手錠を掛けているところだ。
「無理!私にその権限ないから!ああ、残念だわ~」
「んもう……っ、ズルい!」砂原のコメントに、「お仕事お仕事!」と手を振った。

 こうして砂原がパトカーを要請し、迎えを待つ事になる。

「悪いけど先行くね。個人的にお巡りさんは大好きなんだけど。あんまり関われないからさ……」
「分かってる。本当にあなたって……。朝霧みたいなヤツと、一緒に仕事したかったよ」
「私も。砂原となら、いいコンビになれそうな気がする!」
 私達は自然な仕草で、お互いの拳を突き合わせていた。

「元気で」砂原が笑顔で言う。
「そっちも、ヘマして命、粗末にしないでよね!」

 笑顔で砂原に別れを告げて、車に戻り解錠してドアを開ける。

「ごめんごめん、大丈夫だった?」
「ひぃ~!」秘書が蒼ざめた顔で、縋り付くように私を見た。

 運転席に乗り込み、後部席に目をやる。社長はというと、高いびきで眠り込んでいたのだった。

「何て人!さすが肝が据わってるわ。それに引き替え……」
「もうイヤですぅ~!!私、今日限りで辞めさせていただきますっ!」
「……これだし!ねえ。この人、何で狙われてるの?」
「知りません!前に雇ったボディガードは、盾になって死んだって聞いた!」

「何ですって……?」初耳だ。
 急にいびきをかいて寝入っているこの男に腹が立ってきた。
 これは少し、痛い目に合わせないと!

 私はアクセルを踏み込む。タイヤが軋む音が響く。

「んなっ、何事だ?!」ようやく目を覚ました社長。
「ひィィ~!」秘書はすでに、ものも言えないくらい半狂乱状態になっている。
「社長、後ろに追っ手がいます。ライフルを所持しているようです。振り切りますので、しっかり掴まっていてください!」

 後ろに追っ手などいない。このバカに、頭を冷やしてもらうための嘘だ!
 私は思いっ切り、車体を右に左に揺り動かして走った。

「う、うわぁ~!!たっ、助けてくれぇ~っ!」
 後ろの状況も確認せずに助けを求める様子に、さらに腹が立つ。
「自分の身なんだから、少しは自分でも守りなさいよ……!」
 私の言葉など聞こえるはずもない。社長の叫び声が車内に響く。

 最後の仕上げに、ハンドブレーキを掛けながら百八十度方向転換する。
 タイヤが悲鳴を上げ、体が反動で横に振られる。後ろの秘書と社長は折り重なって座席下に挟まった。

「うう~……」
 下敷きになった秘書が、涙声で唸っていた。この人には悪い事をしたか。
「社長を懲らしめたかっただけなの、ごめんね……」
 私は秘書に向かって肩を竦めて謝罪した。


 翌日。社長室にて報酬を受け取る。
「この度は、ご依頼いただきありがとうございました。また是非、朝霧ユイをよろしくお願いします!」

 涼しげな顔で建物を後にした私を外で待っていたのは……。
「どうしたの?こんな所で」
「ユイの車があったから、ここにいれば会えると思って待ってた」新堂さんだった。
「この近くでお仕事だったの?珍しいじゃない。車じゃないなんて」
「ああ。たまにはな」

 彼も手にアタッシュケースを持っている。それも私のよりも随分大きい。
「負けた……!」私は思わず口にする。
「何が?」
「いいえ。何でも」別にこの人と報酬の額を競う気なんてありませんが!

「乗せてくれるよな?」
「もちろん。そんな大金持ってる人を、公共機関で帰す訳には行かない。私の仕事が増えるもの?」
「なぜおまえの仕事が増える?」
「あなたをガードしなきゃならなくなるでしょ!」
「そっちも大金、持ってるみたいだが?」

「っ!私の方は、ちっとも大金じゃないし!」もう!それ嫌味?
 二つのスーツケースを後部席に放り投げると、彼を助手席に乗せてエンジンをかける。

「ねえ……それに、いくら入ってるの?」さり気なさを装って聞いてみる。
「四千万」
「ぶっ!!」思わず吹き出す。
「本当は五千万だったんだが、まけてやった」
「それは、何でまた?」

「ちょっとばかり手こずったからね」
 驚いた事に、珍しく自慢話ではないようだ。「それって、不手際でもあったとか?」
「バカ言うな、断じて違う。あくまで気持ちの問題だ」
「あっそ!」
 そうでしょうよ、あなたは失敗なんてしないものね。私と違って!

「ユイは?」
「それ聞くんだ……。あなたの半分もないわよ!あ~あ、イヤんなっちゃう」
「なぜだ?仕事は成功したんだろ」不思議そうに聞いてくるので、「当然でしょ」と、ややムッとしながら答えた。
「だったら気に病む事はない」
 そんな事は分かってる!こういう言葉さえも嫌味に聞こえてしまう。

 さり気なく横の彼を見てみると、目が合ってしまった。
 途端に心が騒ぎ出す。私は完全にときめいている!

「ユイ」
 唐突に名前を呼ばれ、反射的に「はい!」と答える。
 その先の心湧き立つようなセリフを期待して待っていると……。
「頼むから、ちゃんと前、見てくれ」
「え?あ!……はぁ~い」

 そんなセリフがこの状況で降って来る訳がない。それでもあからさまにガッカリしてしまう。
 あなたが悪いのよ?そんな素敵な顔で見つめてくるから!思わず期待してしまったではないか。絶対に口には出せない、心の声。

 気を取り直して別の話題を振る。

「今回はね、優秀な女性SPと知り合ったの」
「それって、要人の護衛をするヤツだろ」
「そう。ある意味、私の同業者って言える?」
「とするとその女性は、おまえの分身だったりしてな」
「かもね。何しろ凄くカッコ良かったし!」

 報酬が新堂さんの半分でもいい。だって、今回は嬉しい出会いがあったから。
 砂原舞。彼女となら友達になれそうだ。でもそれはできない。立場が違いすぎる。残念な事にそういう事なのだ。

「ユイの分身なら、是非私もその彼女に会ってみたいね」
「それはダメ!」即座に拒否する。「なぜだ?」当然の質問が返される。
「だって、彼女、とても素敵だったし……」
 モゴモゴと答える私に、新堂さんが言う。「もしかして、心配してるのか?」

「何をよ……」
 どう反論したものか考えあぐねていると、再び彼が私を見つめる。
「っだから!気が散るでしょ!そんなに見ないでったら」
「おまえの運転技術は、そんな事くらいで乱れるのか?」
「んなっ!何て事……。乱れませんっ!」
 そう言って、右手で彼の肩を思いきり叩いた。

 運転技術。砂原は恐らくそういう技術も相当高いのだろう。あの夜間射撃の腕と同じように……。SPの能力は、その辺の警察官とは比べものにならないと聞いている。
 いろんな意味で対戦してみたくなった。

「やっぱり、彼女に会ってもいいよ」張りのある声で宣言した。
「どうした、急に」私の変わりように、ついて来られない様子。
「いいの。だって私、負けない自信あるし!」
「何の事だ?」
「色々よ!」

 新堂さんは、何の事やら、というふうに両手を広げた。

「さあ~、これで、飛びきり美味しい物でも食べに行きましょ!」
「これって、どっちで?」彼が後部席に投げられた大小二つのケースに目を向ける。
「決まってるでしょ?多い方に」
「割り勘にしろ」
 感情のないいつもの言い方だ。この声色から冗談だと判断する人間は、恐らくいないだろう。

「何て小さい事言うの?世界的ドクターなのに!まさか、女性に払わせる気?」
 この際だから、こういう常識も教えておかねば!
 すると新堂さんが言った。
「冗談だよ。乗せてもらってる礼も含めて、ユイの好きな物、ご馳走するよ」

 冗談、だったのか……。分かりずらい。非常に分かりずらい!

「そう来なくっちゃ!」
 ともあれ、このケチ男におごらせる作戦、大成功だ。

 こうして私達は、高級レストランへと向かったのだった。


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