大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第五章 隠された秘密を探れ!

  善人のウラの顔(3)

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 依頼を無事に成し遂げ、今新堂さんと私の部屋でテレビを観ている。すでに結果は報告済みだ。

「だけど、あの施設に新堂さんが寄付してたなんて驚いたわ。凄い偶然ね」
「大抵は覚えてないんだが、あの時は彼の息子さんが亡くなった時期でね。それで覚えてたんだ」
「その話、全部知ってる?」
「子息が川で溺れたって話だろ。全部ってどういう意味だ」

 知らないのか……。

 どこまで話していいやら迷っていると、番組が切り替わってニュースが始まった。
 聞き覚えのある児童福祉施設の名が画面に表示される。
「あれ、ここって……」

『今日午後、この施設の経営者四十七歳が、ここの元入居者の男性に刺殺される事件がありました』
 女性キャスターの言葉に、私達は硬直した。

 何でも、若い男性が刃物を持って施設内に侵入したとの事。応対したのは施設長で、しばらく個室に二人で籠っていたそうだ。
 そしていきなり男性が逃げるように飛び出して行き、室内には腹を刺された施設長が横たわっていた。病院に運ばれたが、すぐに息を引き取ったとの事。

 先に声を上げたのは新堂さんだった。
「どういう事だ……!」

 事情を知らない人々は、単なる不幸なニュースと思うだろう。
「ユイ、調べていて何も気づかなかったのか?あの男を恨んでる人間がいたなら、何か先に手を打てたはずだろう」新堂さんが珍しく熱くなっている。
 対して私はどこか冷めていた。
「おいユイ!おまえらしくないじゃないか、何とか言えよ!」

「恨んでる人なら、知ってたわ。私も本人も」
「何だと?なら、それこそボディガードが必要だったじゃないか」
「違うの!……違うのよ。そう単純な話じゃないの。もしかしたら、これで良かったのかもしれない。あの人は、とても悩んでいたから……」

 人が死んだのにこれで良かっただなんて、どうかしている。せっかく自殺を踏み留まって生きる事を選んだというのに、こんな結果とは!
 けれど、あの人がその子の気持ちを受け止めた結果だとしたら?その子は最後に、身をもって愛を感じたに違いない。
 なぜなら相手は最も大切なはずの、自分の命を差し出したのだから……。

 私は心で本人に断りを入れてから、新堂さんに全てを打ち明けた。

「……そうか。何も知らずに責め立てて済まなかった」
「いいのよ」

 しばらく沈黙が続き、やがて新堂さんが立ち上がった。
「帰るよ」
「新堂さん……大丈夫?」
「……ああ。それじゃ」いつにも増して言葉少なな彼。
「気をつけてね」

 意気消沈としたその後ろ姿を、ただ静かに見送るしかなかった。



 数日が過ぎた夕暮れ時。酷く落ち込んでいた彼が気になって、様子を見に新堂さんのマンションを訪れた。
 インターホンを鳴らすが応答がない。携帯に連絡を入れると、すぐに掴まった。

「あっ、もしもし?今部屋の前にいるんだけど。どこにいる?」
『ちょっと買いたい物があって外だ。すぐに戻るから中に入っててくれ』
「は~い!」

 合鍵で堂々と部屋に入る。

 中はあまり綺麗とは言えない状態だった。これは在宅していた証拠。そしてもう一つ在宅の証拠が……。
「ヤダ、新堂さんったら!」
 キッチンには、いつかのようにカップ麺の空容器が山積みになっていた。

 リビングに行くと、テーブルに手紙の束が無造作に置かれている。
 いつものように病院や施設からのものが多い。その一つを手に取り眺める。

「新堂さん、今回の事、ショックだっただろうな……」

 彼にとっては身近な施設という場所で起きた事件。愛を求めるが故に起こしてしまった殺人を、彼はどう思っているだろう。
 でも深入りは避けたい。こちらからは聞けない。だからきっと、あの人の心境は窺えないだろう。

 それからすぐに彼は帰宅した。

「お帰り。何買って来たの?」袋をぶら下げて帰った彼を覗き見る。
「何だっていいだろ」
「まさかカップ麺じゃないでしょうね?」言いながらキッチンに駆け込む。
 ギョッとした彼が袋を背に隠した。
「見せて!」
 後ろに回ってそれを奪うと、ズシリと重い。

「おい、気を付けろよ?割ったら弁償してもらうからな」
「……え?」手にした物は瓶だった。「ウイスキー?」それも高そうな!
「飲みたい気分だったんだ」
「ねえ……。新堂さん?私が言いたい事、分かるよね?」
 キッチンカウンターの隅に積み上がったモノを顎で示しながら言う。

 この人のストレス解消が暴飲暴食とは。……暴食、ではないか。

「いつもじゃない」
「ウソ!引越しの時も同じような状態だったよ?で、同じ言い訳してなかったっけ?」
「……参ったな。よし!じゃ、食事に付き合ってもらおうか。今からだ」
「いいわよ?あなたのおごりでね!」

 こうして私達は近所の定食屋(!)ではなく、フレンチレストランに向かった。


「新堂さん、元気そうで良かった」
「ユイがいるから私は大丈夫だ。……俺は、ユイに出会えたから……」後半は囁き声でよく聞き取れない。
 こんな意味深な言葉に引っかかるも、ここは受け入れよう。
「だから言ったでしょ?私がついてるから大丈夫だって。やっと分かったみたいね~」

「おい、調子に乗るなよ?そんなヤツには、おごるのやめるか」
「あ~っ!何でそうなるワケ?バカバカっ!」

 私達の賑やかな夜が始まった。


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