大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第五章 隠された秘密を探れ!

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 赤尾先輩に会いに行く決意を固めた私。新堂さんが車で送ってくれるというので、今一緒に向かっているのだが……どうにも腑に落ちない。
 何がって、なぜこの人が付いて来るのかが!

「一人で平気なのに」
「まだ体調がきちんと戻っていないんだ。主治医の同行は必要だろう」
「とか何とか言って、結構気になってるんじゃないの?私達の事!」お願いだから本心を教えてください!
 私の質問に答えもせず、彼は素知らぬふりで運転を続けるばかり。

 ため息の後、諦めて話題を変える。
「ねえ、この車って……」爆破されたはずなのに、と不思議に思ったのだ。
「ああ。買い換えた。新車だ」あっさりと答える彼。
「それは見れば分かるけど!また同じの買ったの?」

「これが気に入ってるんだ。悪いか?」
 出た!久しぶりに聞く、新堂さんのこのひねくれたセリフ!

 ここは負けずに言い返そう。「ベンツねぇ。私はあんまり……」
「好きじゃないんだろ。前に聞いた」
 覚えていてくれたのかと感心しつつも続ける。「いっそ、ポルシェとかにしたら?」
 あり余るくらいにお金を持っている新堂先生?

「考えておくよ。さあ着いたぞ」
 こんな他愛のない会話をしているうちに、目的地に到着した。


 大学病院の応接室にて、念願の先輩との対面を果たす。

「赤尾先輩!お久しぶりです」私は笑顔で頭を下げた。
「朝霧さん!良かった、無事だったんだね。あれからずっと心配していたんだよ」
「その節は、ご心配をおかけしました……。先輩、内科のお医者様になったのね」
「そうなんだ。朝霧さんが応援してくれてるって思ったら、勇気が出てね」
「そんなぁ!うふふっ。夢が叶って、本当に良かったです」私達は微笑み合った。

 あの頃と何も変わっていない先輩を前に、まるで高校時代にタイムスリップしたような気分だ。
 新堂さんは腕組みしながら、少し距離を置いて私達を眺めている。

「朝霧さんは何の仕事をしてるの?あの時、新堂先生が妙な事を言ってたけど……」
 私は先輩の言葉を遮るように話し始めた。
「私の方は残念ながら、夢を叶える事はできませんでした」肩を竦めて見せる。
 そんな私に先輩が聞いてくる。
「確か、夢は刑事さんだったよね。それで、敵が多いって一体……」

 新堂さんは一体何を話したのか……。

 答えに困って黙り込んでいると、新堂さんが「なあ。そう言えば、この間の迷いネコは見つかったのか」と突然言い出した。
「え?」目を瞬く私。
「依頼が入って、商店街を探し回ってるって言ってたろ」と続ける。

 これを受けて、先輩が改めて言う。「それって、探偵さんにでもなったのかな?」
「そう!そうなんですよ~。時には、依頼人の代わりに狙われたり?」
 新堂さん、助け舟感謝します……。チラリと彼を見て心の中で礼を言った。

「あの頃から君は、何か周りとは違う事をやるんじゃないかって思ってたよ」しみじみと先輩が言った。
「ええ~っ?私って、そんなに変わってましたか?」
 この言葉に「ああ、変わってた」となぜか新堂さんが答えた。
「新堂さん!あなたに聞いてないから」それに。あなたには言われたくないから!

 こんなやり取りを見てか、赤尾先輩が笑って言う。「良かったね、朝霧さん。今、幸せそうじゃない?安心したよ。……やっぱり君のお相手は、その人だったんだね」
「え?」

 何でも先輩は、卒業後もたまに学校に来ていて(!)、私が新堂さんのベンツで送迎されるところを目撃していたとの事。
 さらに、母がお世話になった(私もだが……)片岡総合病院の院長と、先輩の父が懇意の仲だそうで、病院内でも見られていたらしい。

「そうだったんですね……。でも!私は別に、あの頃はこの人の事なんて、何とも……」
 思っていなかった、と言いかけたところで先輩に止められる。
「片岡院長に色々聞いたよ。君が、ケガをした新堂先生のために、命懸けで血液を提供したとかね」

「命懸けだなんて……大袈裟ですってば!」
 こう答えた時、唐突に新堂さんが会話に割って入った。
「大袈裟ではない。事実だ。もう二度と、あんな真似はするな」
「ちょっと?何よ、その言い方!こういう時は、ありがとうでしょ?」
 こんな私達のやり取りに、赤尾先輩が困っている事に気づく。

 まだまだ言い足りないが、ここは抑えよう……。

「あ……あのっ、それで!片岡先生はお元気ですか?」
「うん、まだまだ現役だって張り切ってるよ。たまには会いに行ってあげて」
「そうですねぇ。でも病院て、なかなか行く機会なくて?」
「そうだよね。ユイちゃんには優秀な主治医が付いてるもんね」

 あはは、と軽く笑って受け流す。実際その通りなのだが素直に頷きたくない心境だ。

「ところで先輩はご結婚は?」
「結婚はまだだけど、いるよ、フィアンセが」
 この返答に、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになる。

「祝いの言葉もなしか?失礼な奴だな」新堂さんに間髪を入れずに言われる。
「今言おうと思ってたの!赤尾先輩、幸せになってくださいね。今も変わらず、ずっと応援してます!」出任せなんかじゃなく、心から先輩の幸せを願った。
「ありがとう、朝霧さん。あなたも、新堂先生と幸せになってください」先輩が言う。
「……はい?」

 戸惑って新堂さんを見ると、彼が私にウインクを飛ばしてきたではないか!
 そんな新堂さんにドキリとしながらも、気を取り直してすぐに話を合わせる。
「……はい!」

「片岡先生の事だけど。冗談じゃなくて、近いうちに顔見せに行ってあげてね。ユイちゃんの事、娘みたいに思ってるみたいだから!」何かを想像して含み笑いしている。
「え?娘?そうでしたかぁ~」
 それは嬉しい事だ。どうせならば本当の父親になってもらいたい!

 こうして元彼と約九年ぶりの再会を果たした私は、気持ち良く現在の恋人(?)と家路についたのだった。


 帰りの車内にて新堂さんが言う。「良かったな。話ができて」
「うん……」
「どうした。何か不満か?」
「新堂さん、先輩に私達の事……何て言ったの?」運転する彼を見て尋ねる。
「恋人かと聞かれたので、そうだと答えた」

「それって、面倒だからそう言っておいた、とか……なんでしょ?」
 告白された身にも関わらず、やっぱり未だに信じられない。
 だってこの人は、いつだってクールで冷めているから。多少心の氷が溶けたといっても、いまいち本心が分からない。

「どういう意味だ」彼は前を向いたまま再び聞いてくる。
「だからっ!」
「ユイは、私の事が好きじゃないのか?」
 これまたストレートな問いかけで……。
 返答に困り黙っていると、「だったら、恋人同士にはなれないな……」と呟く。

「ねえ。ふざけてるんでしょ?どうせ……」思わずこう言ってしまう。
「これがふざけているように見えるか?私は嘘は言わないって、何度言えば分かってもらえる?」と、彼がやや不機嫌に答えた。
 スイマセン……、と謝罪する。

「じゃあ私達、恋人同士なのね!」ここはもう、素直に受け入れる事にしよう。
「ん?」彼が私の方を向く。
「だって、私も新堂さんが大好きだから」負けずに直球で行く。
 そして、初めて自分から彼にキスをした。

「おいっ!危ない、前が見えないだろ……っ」彼が驚く。
 私は笑いながらもう一度謝った。

 悩むのはやめよう。彼が私を恋人だと認めてくれたのは事実なのだから。
 緩んだ顔がなかなか元に戻せない私なのだった。


 マンションに着いて、彼と共に自分の部屋へと戻って来る。

「あの頃のユイの悩みは、彼の事だったんだな」新堂さんが私を見て言った。
「あの頃って?」
「出会って間もなくの頃、浮かない顔をしていた事があったろ」
 学生時代、新堂さんと同居していた頃を思い返す。あれは、親友の多香子も先輩の事が好きだと分かった日だ。

「そんな事あったっけ?」分かっていたがはぐらかす。
 やっぱり今になっても、自分の恋愛事情をこの人に打ち明ける気にはなれない。
 それにしても、こんな事を新堂さんが覚えているとは思わなかった。

「まあ、私には関係のない事だが」
 途端に素っ気ない態度に変わる彼に、「関係ないなら、聞かないでくれる?」と対抗する。
 こんな態度にはいい加減慣れた。私はもう、そんな事では動じません!

「あなたは私を悩ませないでよね!」
「そんな事、約束できないね」またも素っ気ない。
「賢い返答ありがとう、リアリストの新堂先生!」
「私はできない事は口にしないだけだ」私を真っ直ぐに見て言う。
 できない事も嘘も口にしない。約束は必ず守る真面目な人。新堂和矢はそういう人だ。

 そんな事を思って微笑むと、無表情だった新堂さんも笑顔を見せた。
 けれどしばらくして不意に暗い表情になる。

「新堂さん?……どうかした?」
 心配になって声をかける私に、「なあ」と目を合わせずに問いかける。
「何?」笑顔のまま答える。

「私は、人の気持ちを考えない、独りよがりの人間だろうか」下を向いたまま、呟くように言う。
「……え」思わず口籠もる。それは……。
「あいつがあんなふうになってしまったのは、私のせいかもしれない」

 幼馴染みの西沢の事だ。あの人を狂気にさせたのは自分だと?

「新堂さん。あなたらしくないじゃない」
 この私の言葉に、ようやく彼が私の方を見た。
 しばし見つめ合う。
 ふと彼が、「らしくない、か」と鼻で笑った。

「私の事、悩ませないでって今さっきお願いしなかった?」
「約束できないって言ったろ」
「あ~っ、そうだった!」やられた、という感じで両手を頭に乗せてみる。
 新堂さんがそれを見て、おかしそうに笑った。
「ありがとう。お陰で元気が出たよ」
「え?え?私、まだ何もしてないけど!」

 おどけて返しながらも、新堂さんが元気になってくれて安心する。
 きっと彼は、昔の自分の事や、知らずに取ってしまった行動を後悔しているに違いない。それは、新堂和矢がちゃんとした人間の心を持ったという証拠だ。

「やめだやめだ!私は今が気に入ってるんだ」突然、声のトーンを上げて言う。
「新堂さん?」驚いて問いかける。
「朝霧ユイとの今がね」そう言って、彼は私を抱きしめた。

 私もそっと彼の背中に腕を回す。たちまち心地良い温もりに包まれて行く。

「あなたは大丈夫。もう前までの新堂和矢じゃない。だって私がついてるんだもの?」
 私は彼の耳元で、自信たっぷりに断言した。


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