大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

文字の大きさ
上 下
85 / 117
第五章 隠された秘密を探れ!

  コンプレックス(2)

しおりを挟む

 笑顔で奈緒と別れて数日後、正反対の表情をした訪問者が現れた。

「お前が朝霧ユイか?」
「そうだけど、あなたは?」
 不意に現れた中背で体格の良い男。その男は私のフルネームを知っていた。
 初対面だというのに、その目にはすでに怒りの色が見える。

「西沢だ。西沢巧!奈緒の兄だ。お前、なぜ妹に一千万も渡した?どんな後ろめたい事がある!」その男、西沢は矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
「何よ、いきなり?」
 狂気を含んだ目の男を前にして身構える。

「全部言え!本当の事を!」私の前に立ちはだかった西沢が叫ぶ。
「お前があの爆発に関わっていたのは分かってるんだ。もしやお前、あのヤミ金の仲間か?」
「ふざけないで!初対面で失礼じゃない?」

 内容が内容なだけに、穏便に進めようと思ったのだが無理のようだ。
「そんなふうに決め付けられたんじゃ、話し合いにもならないわ」
 私がため息混じりに言い捨てると、急に西沢の声のトーンが下がった。
「……あんな大金、どうやって作った?」

「それはあなたに関係ないでしょ。言っとくけど、私はヤミ金とは無関係!あの爆発もね。むしろこっちだって被害者よ?」
「だったら、なぜあんな金を?」
「困っている人に援助して、何がいけないの?」
 イラ立っていたせいで思わずこんな言い方をしてしまった。

 そして、予想通りの答えが返される。
「援助だと……?何様だ、お前は!気に入らんな!」
「いい加減にして!そんな話をしに来たなら、もう行くわ」
 私はきびすを返して歩き出す。
「お前がやったんだ!その事を絶対に突き止めてやる。妹の光を返せ……!」

 苦しげに叫ぶ西沢を残して、私は足早にその場を後にした。

「一体何なのよ!そもそも、あんな爆発物を所持してたあいつらの責任でしょ?憎む相手間違ってるから!」
 納得行かないながらも、何とも腑に落ちない気持ちになった―――


 それから少しして、父義男が死んだり私自身も生死を彷徨ったりと、この年は生憎と怒涛の日々が続いた事もあって、正直なところ彼等の事はすっかり忘れていた。
 この事を思い出したのは、新堂さんとの会話がきっかけだ。
 あれは、モロッコから帰国して少し経った頃か。私のマンションに立ち寄った彼がこんな話を始めたのだ。

―――恒例の軽い問診(!)の後、話は唐突に始まった。

「なあユイ。西沢巧って知ってるよな?」
「西沢?誰だっけ」
 彼はソファに、私はその足元の絨毯に座って二人でワインを味わっている。
「奈緒という妹がいるんだが」彼が付け加える。

「ああ~!思い出した……って、えっ?!西沢って人、新堂さん知ってるの!」
 斜め上の彼に慌てて聞き返す。あまりに勢い良く振り返ったせいで、グラスの中身が波打った。
「ああ。幼馴染みなんだ。同じ施設で育った」
「ホントに?凄い偶然!でも、私がその人を知ってるって、どうして……」

「いや……。奈緒の目の事を知ってね、気になったんだ」
 グラスに残ったワインを見つめながら言う。他にも何かありそうな素振りだ。

 彼が自分の事を語るのは、園長夫人が亡くなったあの時以来だ。

「奈緒さんに、会ったの?」
「いや、兄の巧に仕事の関係でね。かなり久しぶりの再会だったよ。かれこれ十七年になるか……」
 というと高校を卒業した辺りから、という事か。
 あの男がこの人と幼馴染み……。人を不快にする点では、どちらも引けを取らない!
「そうなんだ」妙に納得してしまった。

 それにしても新堂さんの仕事と西沢が関係しているというのは、どういう事だ?あの男も、ウラの家業をしているのだろうか。妹はあんなに天使みたいなのに!
 疑問は山積だったが、あえて聞かなかった。

 新堂さんが話を進める。「それで、事故の話を聞いたんだ」
「ああ、あの事故ね。あれは最悪だったわ!」これには同調した。
「本当に事故、なんだよな?」
 このコメントから、彼はこれに私が関わってる事も知っているようだ。

 グラスをテーブルに置き、立ち上がって彼の横に座り直す。
「どういう意味かしら」新堂さんの顔を真っ直ぐに見ながら聞いた。

「だから、爆発を起こしたのはおまえじゃないよな、って意味だよ」
 ここまで単刀直入な物言いは、逆に気持ちがいい。
「起こす訳ないでしょ、あんな建物密集地帯で。死人が出なかっただけでも幸運よ?戦場でもあるまいし!あんな物を使うなんて神経疑うわ!」
 思わず興奮して捲くし立ててしまった。

「ならいいんだ。忘れてくれ」
「何よ、あなたまで……」私が呟いた言葉に、「ん?」と彼が反応する。
 西沢はともかく、新堂さんにまで責められている気がした。
「別に!」

 しばしの沈黙の後、彼がポツリと呟いた。
「あいつ……まるで、別人のようになってしまっていた」―――


 新堂さんはそれきり何も語らず、その後彼等が話題に上る事はなかった。
 そうして訪れた西沢巧との再会は、予想通り最悪なものとなる。

 監禁現場のとある建物内にて、私は記憶の糸を辿って会話を始める。
「あなた、新堂さんと同じ施設で育ったんですってね」
「ああそうさ。で、新堂は俺を差し置いて医者になった、ってのも知ってるよな?」
「あなたも医者を目指してたの?」その事は知らなかった。

「昔の話さ。俺はあいつのように要領が良くなかったんでね。大した悪運だよ!まあ、今となってはこうも思う。裏から手を回して小細工したのかもってな」
 こんな侮辱的な言葉を聞かされては黙っていられない。
「彼は実力で医者になったの!それを運とか小細工とか……ふざけないでよ!単にあなたの努力が足りなかっただけでしょ」

「黙れ!……何も知らないくせに」
 そう言った西沢は、構えたコルトを握り直して、引き金に置いた指に力を込めた。
 発砲を予期し身構えるも、撃つ気配はない。

 やがて思い直したらしく、銃身を下ろした。
 こちらに歩み寄り、下着姿の私の体を銃の先端でなぞり始める。その表情は緩む事なく、どこまでも憎しみに満ちている。

「何するのよ、エッチ!」手足を縛られているので、口で抵抗するしかない。
「不愉快だ!お前だけが何の苦労もなく、日常を送っている事が……っ」
「逆恨みもいいところね。それに何?人の下着姿を見て不愉快だなんて。どうせなら、もう少し別のコメントがほしいものだわ」

「お前を呼んだのは他でもない。どの道、お前らには死んでもらうが」
「私の事が気に入らないのは分かるけど、新堂さんは関係ないじゃない!あなた達、幼馴染みなんでしょ?」
「ああそうさ!昔は良く、ツルんだもんだよ」
「だったらなぜ……!」

「お前には分からんだろうよ」

 西沢はそれきり話すのをやめてしまった。どこか思いつめた様子で黙り込んでいる。
 少しして、注射器と薬剤の入った小瓶を取り出した。中には怪しげな緑色の液体が入っている。

「新種のドラッグを入手したんだ。どんな効果があるのか、実験台になってもらう」
 そう言って注射器に液体を流し込んで行く。
「何ですって?やめてよ!」大嫌いな注射器を前に、情けなくもうろたえる。
「得意だろ?新薬の治験は!」
「なぜそんな事まで……」

「執念さ。この三年間、お前等の事は調べ尽くした。素敵なご縁だな、俺達!」
 注射器をかざして声を張り上げる。緑色の液体が怪しく光っている。
「あなた、医者じゃないんでしょ!こんな行為していいと思ってるの……?」
「ああ。ただの研究者だ。モルモットにしか注射した事はない。利き腕は左だったな?そっちにしてやるよ」

 注射針が私の左腕に迫り、恐怖で顔が引きつる。

「やっ!来ないで……っ」
「俺は新堂みたいに上手くできないぞ。始めに言っておくよ。ああ可哀そうに!利き腕、無事じゃ済まないかもなぁ」
「や、やめて……」掠れた声で訴える。

 呼吸する事も忘れて、ただ震える。注射の一本ごときにこの様とは情けない。

「ああそれと。残念だが、新堂は助けには来ない。今頃愛車とあの世だろうからな!」
「っ!それどういう事?!」
 信じがたい事を口にする西沢に、慌てて問い返す。
「あいつの車に、爆弾を仕掛けさせてもらった。運が良ければ生き延びるだろうよ」

「ふざけないで……っ!知らせて、あげなきゃ……」
「人の心配してる場合か?お前はこれから、まともな道には戻れない体になるんだぞ」

 こんなセリフが耳に入った直後、ついに針が私の皮膚を突き刺した。
 恐怖のあまり悲鳴を上げる事もできずに、ただ必死にもがく。
「ああ~、済まん!やっぱり失敗したな。加減も何も、さっぱり分からん」
 よもや呼吸困難に陥る寸前の私に、そうとは知らず何度も針を刺す西沢。

 何度目かで、ようやく緑色の液体が血管内に注入されたようだ。

「さあ、お楽しみはこれからだ!」

 楽しげな西沢に対し、私は明らかに呼吸困難の症状を起こしていた。極度の恐怖からくる心因的症状と思われる。
 けれどどういう訳か、その症状はすぐに消えた。
 取りあえず、死は今のところ免れたらしい。


 こうして成す術もないまま一日が過ぎたが、私はまだ辛うじて意識を保っている。
 部下の一人が様子を見に現れた。

「お~い、まだ生きてるかぁ?」
「いつまで私を、こんな状態で放置する気?いい加減、解放してくれない?」
「まだ減らず口が叩けるとは!恐れ入ったよ。ボスに薬を追加してもらおうか」
「ちょっと!ふざけないで……っ」腫れ上がった左腕に目をやって、声を荒げる。

「本当にうるさいぞ。少し痛めつけてみるか!」
 男は私に二、三度平手打ちし、挙句にナイフを取り出した。

「私にこんな事して、……殺してやる!」
 悔しさが込み上げて、力の入らない拳を握りながら呟く。
「言ってろ!」ナイフの刃先を、下着越しに私の左胸に当てて男が言う。

 そこにもう一人がやって来た。「おい、何してるんだ?やめろ!」
「今頃止めに来ても、もう遅いわ……」
 刃先はすでに、下着が捲られて露出した私の脇腹に傷を作っていた。そこから、貴重な血液が滲み出している。
「くっ……!」悔しいがどうする事もできない。

 そこへ再び西沢が現れた。
「何をしている!」部屋に入るなり声を荒げる。
「ボ、ボス!申し訳ありません、女があまりに口答えをするもので……」

「別に何をしても構わんが、何の面白みもないぞ。むしろ腹が立つだけだ!こんなつまらん女だったのは残念だよ」どうせならもっと楽しみたかった、と西沢が侮蔑の笑みを浮かべて言う。
「言ってくれるじゃない……」
 そこまで魅力のなさを突き付けられると、さすがに落ち込む。

 叩かれて赤らんだ私の頬に気づいて言い放つ。
「お前の態度が悪いから仕置きされたんだ。自業自得だろ?安心しろ、もうすぐ何も分からなくなる。今のうちに、痛みと屈辱の感覚を思う存分味わっておくんだな!」
「……こんな事して、何が楽しいの?」
「楽しい?楽しんでいるように見えるか?」
「ええ、心からね!」

 この答えに、西沢も私の頬を打ってくる。

「顔は、やめてくれないかしら」西沢を睨んで小さな声で言った。
 私の言い分を無視して西沢が話し出す。
「お前の脳は破壊されつつある。そんな口答えができるのは今だけだ。できれば、ヤツがここへ辿り着くまで持ってほしいが……」

「新堂さん……!」
 自分がこんな状況にも関わらず、彼の安否だけがとても気がかりだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。 白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。 そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。 ※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※ ※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※ ※自サイト、小説家になろうでも公開中※

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...