大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第四章 狂い始めた歯車を修正せよ!

  アメノヨルニ…(3)

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 案内されて向かったのは山だ。

「ねえここ、塔ではないけど?」
「この辺じゃ一番高いぞ。標高三百二十九メートル。ノコギリ山へようこそ!」
「はあ……」こんなに適当な解釈でいいのか?

 促されて外へ出てみるも、雨に煙って広がるはずの景色は一切見えず視界ゼロ。

「ホントなら、綺麗な夜景が見えるんだがなぁ」キジマが残念がる。
「別に夜景を楽しまなくてもいいわ」あなたなんかと!と心の中で続ける。
 雨のせいか、外はかなり気温が下がっている。
「ねえ、それで?どうするのよ!」私は震えながら訴えた。

 するとその時、不意に雨が止んだ。
 私達は反射的に空を見上げた。何やら、固い物が落ちて来るではないか。

「きゃっ……!何?ヒョウ?」とっさに腕で頭部をガードする。
「おい!これ、氷の粒じゃないぞ。しかも黒いし……」
 キジマが両手を受け皿にして、降って来る物体を集めて言う。
「何ですって?」

 私も落ちた一粒を拾い上げてみた。それは、小指の爪にも満たない大きさの固くて黒い粒。握っても溶けない。

「もしかして、隕石だったりしてか!」キジマが言い出す。
「エイリアンのお次は隕石って……。いい加減にして!」

 降り続く黒い物体が、辺りを次第に黒く染めて行く。その光景は何とも不気味だった。
 そして数分後にはこの怪奇現象は収まり、再び通常の雨が降り始める。
 ぼやけた街灯の光が、ここ一帯に広がる異様な光景の一部を照らし出す。

「で、どうするのよ、これ……」
「とにかく拾うか。面白いじゃないか!一体何なのかゆっくり調べよう。おい、暗いから照らしてくれ」私の愛車に目をやりながら訴えてくる。
「拾うの!?……はいはい」運転席に手を伸ばし、ヘッドライトをオンにする。

 訳が分からないまま、散乱したこの粒共を二人でできる限りかき集めた。

「ねえ……。これが何か有害なものだったら、どうするつもり?」
 拾い終えてキジマと共に車に乗り込み、ため息をつく。
「何だか、どっと疲れが……」
 ぐったりする私に気づき「大丈夫か」と、キジマが医者のような顔で聞いてくる。

 ああそうだ、この人は医者だった。できる事ならこれ以上医者と関わりたくない!
 それも何て好奇心旺盛な……。こんなところは新堂さんとはまるで違う。彼なら間違いなくおかしな物を拾ったりはしない!

「大丈夫。ちょっと、頭が混乱しているだけかと……」軽く頭を振りながら答える。
「雨に濡れちまったな。俺の家、すぐ近くなんだ。休んで行くといい」

 話もまだ済んでいなかったので、お言葉に甘えさせていただく事にした。


 キジマの家には、十分弱で到着した。玄関ドアを開けると、中から四、五歳くらいの女の子が出迎えた。まるでフランス人形のような出で立ちで!

「ただいま。まなみ、いい子にしてたか?」キジマが少女の頭を撫でて言う。
 そんな様子を傍観していると、「遠慮なく入ってくれ」と促される。
「総ちゃんセンセイ、誰?そのオンナ!」少女がチラリと私を見た。
「おっ、女って……まあ、間違ってはないけど」何という口の利き方!

「先生達は大人のお話があるから、まなみはもう寝なさい」
「あん!まなみも混ぜて!誰か知らないけど、この人はアタシのよ?」
「まなみ!」

 渋々という様子ながら少女は姿を消した。
 それを見届けてから、おずおずと中に入る。

「お邪魔、しまぁす……」
「古クサい家で済まんね」手に持った鞄を床に置き、少々嫌味な感じでキジマが言う。
「いいえっ!そんな事は……」
 室内を見渡して確かに、と思いながらもここは否定する。

 玄関から入ってすぐの部屋は、住居というよりも小ぢんまりとした診療所という雰囲気だった。

「自己紹介が遅れたな。俺は貴島総一郎。一応医者だ。さっきのは養子のまなみ。四歳」
「養子……」それで少女が先生と呼んでいたのか。総一郎の総ちゃんね!
「さっきは悪かった。どうにも口の利き方がなってなくてなぁ……」心底困った様子だ。
「そこはあなたがちゃんと教育しないと!それと……あの格好は、あなたの好み?」
「ああ、可愛いだろ!……ダメか?」

 全くコメントのしようがない。
 それは置いておくとしても、一応医者、という含みのある言い回しが気になる。

「ここで開業してる。だからここは自宅兼、職場って訳だ」
「なるほどね。でも表に看板とか見当たらなかったけど?」
 外観はどう見てもただの一軒家だった。
「ああ。大っぴらにはしてないからな。いいんだよ、口コミでやってるから」
「それって、暗に自分の腕をアピールしてません?」

 ハハッと笑いながら、椅子に腰掛けて改めて私の方を見る。

「さあ、適当に座ってくれ。朝霧……」
「朝霧ユイです。それじゃ、改めて」
 勧められたソファに腰を下ろして、話し始めた。

「私の依頼人が、貴島先生に間違われてるみたいなの。全員、先生の患者さんだと思うんだけど……」
「実はここのところ、バタバタしててな……。依頼人に連絡できてなかったんだ」
「だからって、どうして間違われたりしたのかしら」
「連絡先の番号が似てたとか?」との貴島の意見に、「イニシャル、イー・ティーという人は、私の依頼人の家のポストに手紙を入れたのよ?」と返す。

「ああ……、そうだったな。その、あんたの依頼人ってのは?」
 この問いかけに少し迷ったが、私は新堂さんの名を明かした。彼も医者で、フリーで仕事をしているという事も含めて。

「フリー、か……。まあ、ある意味俺も、呼ばれて行った部外者だからな。外部からの医者って事で間違われたんだろ」貴島が結論付ける。
「患者には、こちらから全て連絡を入れるよ。悪かったな。何なら直接謝ろうか」
「謝罪が必要かは確認するわ。それより、そのイー・ティーさんは危険な人物じゃないんでしょうね?」新堂さんの住まいが知られた事の方が問題だ。

「ああ。それは心配ないと思うよ。何も、脅迫文を送りつけられた訳じゃないし!」
「何か起きたら、責任取ってよね?とにかく、後はよろしく。それじゃ私はこれで」
 厄介事にこれ以上巻き込まれたくない。早々に退散しよう。

 そう思って立ち上がると、「ちょっと待て」と引き留められる。

「迷惑かけた詫びに、今度何かあったら、ただで依頼を受けてやる。いつでも連絡してくれって、その新堂先生に伝えてくれ」
「え……、依頼って。新堂さんも医者よ?必要ないって言われると思うけど」
「医者だって、どこでどうなるか分からんだろ」
「それもそうね。伝えとくわ。あ、それと……さっきの隕石の件だけど」

 黒い粒を包んだ袋が目の端に入り、先ほどの光景を思い出す。

「ああ。エイリアンだなんて、ある訳ないだろ!まさか信じたのか?」即座にこう返ってきた。
「まっ、まさか!そうよね~!あ~、驚いた」

 何でもその患者イー・ティー氏は意味不明な言動を繰り返し、当初精神疾患と診断されていたのだが、貴島医師によって脳内の炎症が原因と分かり、治療後には異常行動は消えたそうだ。

「だけどあの患者、どうも変なんだよなぁ」なぜか首を傾げる貴島。
「何が?病気は完治したんでしょ」
「実際、こんなモンが降って来たんだぜ?他にも、天気言い当てたりしてたしなぁ」
 背筋がゾクッとした。「やっぱり頭痛が……帰るわ」

 こうして、何とも言えない気持ちで貴島邸を後にした。


 翌日、新堂さんの元へ、この件についての報告をしに向かう。

「待ってたよ、入ってくれ」彼が玄関先で迎えてくれる。
「ありがとう。新堂さんのマンションに来るの久しぶり!ちゃんと片付いてるね」
 以前の散らかりよう(!)からすれば、格段の進歩だ。

 早速、貴島医師に関する情報を知り得た限り話して聞かせた。

「謎が解けて何よりだ。……それにしても。詫びにただで依頼?ふざけてるのか!」
「まあまあ!あなただってケガや病気の心配、あるでしょ。保険だと思ってさ、ね?」
 予想通りの反応だ。自分の腕をけなされたとでも思ったのだろうか。
 それとも、医者は病気にならないとでも?

「で、そいつは正規の医者なのか」
「そこまでは調べてない。一応、医者で、自宅で開業してるって」

 私の返答を聞いて、新堂さんが何かを考えている。

「その辺の事は、あなたが直接聞いたら?お詫びしたいって言ってたし。住所は千葉だけど、アクアラインを使えばすぐよ」
 東京湾アクアライン。神奈川の川崎から千葉の木更津を結ぶ橋。強風でしょっちゅう通行止めになるのが玉に瑕だ。

 けれど彼は素っ気なくこう言った。「私は忙しいんだ。そんな暇はない」



 数日後。今度は新堂さんが私の部屋にやって来た。

「分かったよ、なぜ私とあいつが間違われたのか」
「忙しいとか言っといて、結局会いに行ったのね!で、なぜなの?」
「それが貴島のヤツ、今回の依頼人達には相当の報酬を要求していたそうだ」
「相当の額って?」
「詳しくは聞いてないが、まあ二、三千万だろう」

 開いた口が塞がらない!

「それがオペの日取りを勘違いしていたとかで……」
 姿を見せなかった貴島の代わりに、新堂さんが現れたために代理だと思われた?
「私がオペしたのは、貴島の患者だったんだ」
「はぁ~?なら、あなたの患者はどうなったのよ」
 この指摘に、さあ、と首を傾げる彼。

「さあって……。その辺からもうメチャクチャじゃない!」
 この人達には秘書が必要だ!
「つまり……あなた達、大金繋がりって事よね?呆れた!」
 お手上げのポーズを取って嘆く私をよそに、彼は平然としている。

 ここでふと、ある事を思い出す。「それで、黒い粒の事は何か言ってた?」
「何だ?それは」
 彼は何も知らない様子。アレが何だったのか、気になるところだが仕方がない。
「ううん、何でもない。あの子には会った?まなみちゃん、だっけ」
 私は話題を変えた。

「ああ。人見知りなのか、すぐに出て行ってしまったが」
 それは良かった。素敵な新堂センセイに惚れられても迷惑だから!
「養子って言ってたでしょ?」
「彼女の親が事故で亡くなって。一人取り残されてしまったんだそうだ」
「それで引き取ったの」との私の言葉に、新堂さんが頷く。

 おかしな男ではあるけれど、案外優しい人のようだ。

「で、医師としての腕の方は分かったの?」新たな質問を投げかける。
「そんなの確かめるまでもない。私と間違うくらいだから、腕は確かに決まってる」
 自信たっぷりに宣言する彼がとてもカッコ良かったが、あえて冷やかす。
「自信過剰!」

「何とでも言え。事実だから仕方がない」
 あっさりこう返されたのは言うまでもない。


 この貴島総一郎との出会いが、この先幾度も私達を窮地から救う事になるなど、この時は思いもしなかった。そしてそれは貴島本人にとっても……。


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