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第四章 狂い始めた歯車を修正せよ!
アメノヨルニ…(2)
しおりを挟む身も心も満たされて、今まで以上に仕事にも力が入る。何より今回の依頼人は決して手を抜けない人物だ。内容もちょっとした難事件。
その依頼人とは、何を隠そう新堂和矢なのだから!
近頃、妙な事が立て続けに起こって困っているのだとか。
「何があったのか、詳しく教えてくれる?」
「それがな。先日は覚えのない患者の再手術を頼まれただろ。それに、治療経過の報告をされていないと会った事もない患者から苦情が入ったり……」
まだまだありそうな雰囲気をかもし出しつつ、彼は一旦言葉を切った。
「確認するけど、忘れてるって事は本当にないんでしょうね?例えば記憶障害とか」
「誰がだ」
「誰がって、あなたに決まってるでしょ!」
別におチャラけている訳ではなく真面目な話だ。何しろ私自身、記憶障害には大いに悩まされた一人。そんな過去を持つ私達だから、当然彼も真顔で回答をくれた。
「頭を打った覚えも、毒を盛られた覚えもないと思うよ」
でしょうね……。
「それよりこれを見てくれ」
彼が取り出したのは、差出人不明の郵便物。封筒には何も書かれていない。
「手紙?どこで受け取ったの」裏表を確認しながら尋ねる。
「私のマンションのポストに入っていた。誤配だとは思うが」
新堂さんの何気ないセリフを聞いて、いつもならスルーする些細なところに意識が行った。彼が自分の事を〝ワタシ〟と呼んだ事だ。
この人は昔から私の前ではそう言う。でもあの夜は確かに〝オレ〟と言っていた。
思い返せばそんな事が過去にもある。それは決まって、彼が感情に任せて言葉を吐き出した時だった。つまりそれは本音という事ではないのか?
そう考えるなら、またも彼は心を閉ざしてしまったらしい。
あの情熱的な夜から二週間近く経つのに、何の進展もない私達。新堂さんはまだ、私を心から受け入れてはいないのか……。
気がつくと彼がこちらを見て、私の様子を窺っていた。
「なあ。どう思う?」
「え?……ああ、ごめん、何だっけ!」慌てて目の前の現実に意識を戻す。「そう!誤配かもって話よね。そうは言っても差出人も宛先も書いてないじゃない」
受け取って中を見ると、一枚の紙が入っていた。
そこには点と横棒だけの、一見模様のようなものが書かれている。
「何これ。やっぱりイタズラじゃないの?」
そう言った後にある事が思い浮かんだ。
「これって……。待って、もしかして暗号とか?モールス信号だったりして!」
「モールス?あの船舶用のか。読めるのか?」
「う~ん、どうかな。思い出せれば……多分」
船舶の操縦を習った時に教わったのだが、必要性を感じず大して真剣に覚えなかった。何しろ根っからの勉強嫌いな私だ。
それでも、遠い記憶を手繰り寄せて何とか解読を試みる。
・・-・・ ・・ ・・・- -・ -・-
・-・・・ ・-・-・ --・-・ ・・ ・-・-・
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「ト……じゃない、ドクタ、ワ?」
たどたどしい読み方に「何だって?」と何度も聞き返される。
「難しいなぁ……。こっちはアルファベットかな……K、か。ドクターK宛てみたいね」
「K?まあ、私も下の名はKだが……」
「ええと、そして。オ、ン、シ……じゃない、ジ、ン、ニ、レイ、シ、タイ、アメ、ノ、ヨル、ニ、トウニ、ノボレ」
「誰からだ?」
彼の問いに、最後の二文字を見つめる。
「う~ん、イー、ティー!」
人差し指を立てて、無事に解読できた事を純粋に喜ぶ。
「なるほどエイリアンか……って、最後にふざけるなよ!ユイ」珍しい事に彼が突っ込みを入れた。
「失礼ね!私は書いてある通りに読んだだけよ。それにほら、これもイニシャルかも」
考え込む彼を差し置き、次第にアドレナリンが湧き出す。
ドクターKなる人物を調査せよ!
「よ~し!このユイさんが、正体を突き止めてやろうじゃない!ねえ、最近受けた依頼で、何か心当たりはない?ドクターKについて」
「最近か?う~ん、特にこれといっては……」彼が答えに詰まる。
「じゃ、直近の依頼先、教えてくれる?」
「先週は川崎のマリアンナだろ。その前は都内の大学病院で、少し前に千葉に行ったな」
「千葉ね……」
この限られた情報の中で一つ言える事は……。本当にエイリアンと関わったと言い張るなら、このドクターKはまともな医者ではないという事!……関わりたくない。
こんな心の声が聞こえたかのように、「お手上げだなんて、言わないよな?」と確認される。
「……もちろん言わないわよ。この朝霧ユイにお任せあれ!」
取りあえず、彼の言っていたうちの千葉の依頼先に行ってみる事にした。根拠などなく、ただの勘で選んだ訳だが、この勘が実は侮れないのだ。
なぜならこの読みは見事的中し、そこで晴れてドクターKの情報を入手する事ができたのだから!
彼の名はキジマと言うらしい。
そして運良く電話番号も入手。ここからある程度は住所が割り出せる。市外局番からすると千葉の西側地域だ。早速そこに電話してみる。
「もしもし。キジマ先生のお宅で間違いないでしょうか?」
『どちら様?依頼か?』電話越しに、低い男性の声が響いてきた。
「私、朝霧ユイといいます。一度、直接お会いしたいんですが」
『どんな患者だ?』
「お仕事の依頼ではありません」
『何かの勧誘か……そういうのはお断りだ。切るぞ』
「待ってください!勧誘じゃありません、話を聞いて!」慌てて引き留める。
『俺は忙しいんだ。要件は何だ』
面倒そうな声ではあったが、何とか思い留まってくれたようだ。
「単刀直入に言うわ。あなたのせいで、ある人がとても困ってるの。何とか対処してほしいんだけど」
その後、しばし沈黙が走る。
『俺のせいで、困ってるヤツがいるって?どういう事だ』
「どうやら、あなたに間違われているみたいなの。一度、会って話せない?」
『……いいだろう。どこで会う?』キジマが応じた。
「先生は千葉にお住まいよね?私がそちらに伺うわ。日を指定できるなら、雨の夜でお願い」
こうしてこの謎のドクターKことキジマ医師と、会う約束を取り付ける事に成功したのだった。
数日後の夕方。秋の長雨というくらい、頻繁に雨雲がやって来る時期とあって、すぐに絶好の〝雨の日〟がやって来た。
千葉県内のとある駐車場で待ち合わせる事になっている。
約束の時間よりも大分早く到着し、車内で軽く伸びをする。
「しばらく休憩するか」
車体に打ち付ける激しい雨音を聞きつつ時間を潰す。
気がつけば、悪天候のせいか客達はいつの間にか帰っていて、駐車場には私の愛車だけがポツンと取り残されていた。
「あ~あ。早く来すぎたなぁ。待ちくたびれちゃった」
約束の時間まではまだたっぷりある。ついにはシートを倒して寝そべる。
雨は止む気配もなく、とうに日も暮れて辺りはすっかり闇だ。
あまりに手持無沙汰で、バッグからゴソゴソとタバコを取り出し、窓を開けて一服を始める。途端に隙間から雨粒が車内に吹き込む。
「冷たっ!雨ったって、こんなに降らなくてもいいのに!」
しばらく経って、向こうの方から黒い人影が近づいて来るのが見えた。
「ようやくお出ましのようね……」
煙草の火を消してシートの位置を戻し、姿勢を正して待ち構える。
黒いレインコート姿の男が、助手席のドアを叩いた。
窓を開けると、男が声をかけてきた。「朝霧さんか?」
「そうよ。あなたがキジマ先生ね。乗ってください」
助手席の方に手を伸ばしてドアを開ける。
「お邪魔するよ」
キジマがコートを素早く脱いで乗り込んだ。
「いやはや!遅れて申し訳ない。この雨で、来る途中に車が故障してね」
「それは……災難だったわね。これ、使ってください」
それで歩いて来たのか……。傘も差さずに!
彼にタオルを差し出した。礼を述べて受け取るキジマ。
「で。早速だが、話を伺おうか」
私は改めて目の前の男を観察した。
髪には白いものが半分くらい混じってはいるが、まだ若そうだ。四十代半ばといったところか。左頬には大きな傷跡。見たところ刃物によるものだろう。
雨に濡れたせいか、医者の発する独特の消毒臭さは感じ取れない。
顔の傷跡や人相からすると、医者というよりヤクザだ。どう見ても悪役タイプ!
「何か?」
凝視し過ぎて指摘されてしまった。
「いいえ!何でも」
この威圧感といい……。悪役系の新堂さんと雰囲気は満更似ていなくもないが、外見は全然違う。
「これなんだけど。見てくれる?」
サンバイザーに挟んでおいた、預かってきた例の手紙を引き抜いた。
「これは?」受け取って首を傾げている。
「多分あなた宛てよ。確認して」そう言って室内ライトを照らす。
キジマは一通り封筒を眺めてから、中の手紙を取り出した。
「何だ?これ」再び首を傾げる。
「読めるでしょ、そのくらい」
あえて言ってみたがポカンとするばかり。どうやら読めないらしい。
「誰からか、心当たりもない?」
吐き捨てるように言う私に、両手を広げて首を傾げる始末。
「何て事!」もしかして空振りか。そうならば大いに時間のムダではないか!
取りあえず手紙の内容と、差出人がイー・ティーである事を話してみた。
すると突然キジマが声を上げた。
「おおっ!」
「……っ!ちょっと、驚かさないでよっ!」
ドキッとして、ついコルトに手が伸びてしまったじゃない……。
「ああ済まん。思い出した、随分前の事で忘れていたが、妙なヤツの依頼を受けたよ」
「妙なって……まさか本当にエイリアンとか?」バカバカしいと思いつつ尋ねる。
「さあな」片方の口角を微妙に上げて、肩を竦めるキジマ。
「……で、これはどういう意味?雨の夜に、塔に登れって」
「そのままの意味だろ。それであんたも雨の夜って言ったんだろ?何なら試してみようじゃないか!」
という事で私達は、ここから一番近くの最も高い場所を目指したのだった。
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