大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第四章 狂い始めた歯車を修正せよ!

  交わらない線(2)

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 ぼんやりと目を開けると、そこは新堂さんのマンションだった。
 彼が私の顔を覗き込んでいる。

「ユイ、気がついたか?」
「私、何で……」
 これまでの全ては夢の中の出来事だったのか……そう思ってしまうくらい、今のこの光景はいつもの慣れ親しんだもので、頭が混乱した。

「痛みはどうだ」新堂さんが耳元で言う。そんな質問にも答えずに、「ここ、日本なの?」と尋ねる。
「ああ。私の部屋だ。あんな連中には任せられない」
「私、あなたの事呼んでほしいって、病院の人達にずっとお願いしてたのよ!だけど、誰も聞いてくれなくて……」
 新堂さんが私の必死の訴えを静かに聞いてくれる。

「ユイ。おまえは、病院に運ばれてすぐに意識を失っていたんだ」
「えっ?そんなはずは……」
「きっと、夢を見ていたんだろう。皆、おまえを無視していた訳じゃない」
「そんな……っ」

 あの時の事は良く覚えている。ドクターやナースの話し声を、私はしっかり聞いていたのに。幽体離脱でもしていたというの!
 あの後私は、自ら駆けつけた新堂さんの緊急オペを受けて、一命を取り留めた事を聞かされた。

 それもまた謎だ。彼はどうやって私がケガを負った事を知ったのだろう?
 こんな疑問を問いただそうとした時、新堂さんが話題を変えた。

「向こうに行ったのが、七月だったか?長かったな。今回の仕事は」
「そうね。久しぶりに長丁場。でも、新堂さんだって良くあるじゃない」いつだって連絡が取れない彼への嫌味のつもりで言う。
「そうだな」予想外にも彼が認めた。
 とはいえ嫌味だと気づいているはずもなく、何の戒めにもならずに終わる。

「もう二ヶ月も経ってしまった」彼が続ける。
「何よ、しんみりしちゃって」
「落ち着いたら連絡をくれと、言っておいたんだが?」
 新堂さんの指摘がそこにくるとは思わず、やや焦る。

「ごめんなさい……、何しろバタバタしてて!」
 あなたを差し置いて他の男と結婚生活の最中に、どんな顔をして連絡しろと?
 そう思いつつ、何か言わなければと言葉を繋げる。
「結局、あなたの方から会いに来てくれたね。あの時はホントに驚いたわ」
「あれは……偶然だと言っただろう」

 はいはい、そういう事にしておきましょ!と心の中で言う。
 あなたは私を心配して、必死で探してくれた。そう思う事にしよう。

「それで、仕事はちゃんとやり終えたんだろ?」
「ええ。完璧にね」
 迷いなく言う私に新堂さんが反論する。「こんな重傷を負って、どこが完璧なんだ?」
「だからこそ、よ……」

 起き上がろうとしたところで制止された。
「動いてはダメだ!弾は摘出したが、縫合した箇所はそう簡単には付かない」
「向こうのドクターが、難しい手術だって言ってたけど……」
「その点で言えば、私にとっては大した事じゃなかったがね」さらりと言って退ける。

 さすが新堂和矢だ。私の、ただ一人の主治医……。

「誰にも疑われずに任務を終わらせるには、これしか方法がなかったの。私が殺されるしか……」
 新堂さんが沈黙する中、私は続けた。「でも、私にはあなたがいる。私は死なない」
「ああ。死なせるものか」ようやく彼が答えてくれた。

「新堂さん、心配かけて本当にごめんなさい……。今度ばかりは、さすがにあなたにも愛想を尽かされるんじゃないかと……」
 小さな声で心境を打ち明ける私に、珍しく新堂さんが答えた。
「全く。いくら何でも、こっちにだって我慢の限界というものがだな……」

「だって!あなたは絶対に結婚とか、興味ないでしょ?」
 勢いで続けると、何とこれにも答えが返ってきたではないか。
「多少、気が変わったかもね」
「えっ、どういう意味?」思わず声のトーンが上がる。

「逆に聞くが……。ユイはどうしたいんだ?」
「どうって!私は……、あなたとずっと、一緒にいたい。ただそれだけよ」
「ずっと一緒じゃないか。……何なら試しに、してみるか?」

 してみる。この驚くべき発言について行けず、様々な行為が頭を駆け巡る。
 そして行き着いたのがこれだ。

「あ!あのっ、私まだ、ケガが治ってなくて……」
「何をそんなに興奮してるんだ?結婚、してみるかって言ったんだが」
「ああ!ああ……っ、そうよ、そっちよね……」

 私の初体験はもう終了した。遅すぎる初体験。本当はこの人としたかった。それをずっと待っていたのに。でも、初じゃなくてもいいと思った。
 そんな事を考えて、一人で熱くなっている私をじっと見てくる彼。

「何が試しよ。あなたと結婚なんて、あり得ないから!」
 勢いもあって、ついこんな言葉が口から出てしまった。

 けれど、よくよく考えてみると……。これってもしかして、プロポーズだったんじゃないの?!


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