65 / 117
第三章 一途な想いが届くとき
千里眼の持ち主(3)
しおりを挟む翌日の早朝、本日の仕事の依頼先に向かうべく家を出る。
「今日は電車で行こっかなぁ」
特に理由はなく、ただそんな気分だっただけだ。
いつもは車で一瞬で通り過ぎる道を、弾んだ足取りで最寄り駅へと歩いて行く。
四月は新しい始まりの季節だ。入学式、入社式と、様々なところで新たなスタートを迎える人達がいる。
そして私も!明日から始まるキハラと共に歩む未来を想像して、心は躍る。
たくさんの通勤客に混じって駅の方へと進んで行くと、流れに逆らって立ち尽くす一人の男に目が留まる。
「通行の邪魔ねぇ。何?あの人!」思わずこんな事を口走る。
ひと際目を引くその長身で片腕の男が、私を見つけて手を上げた。
「……キハラ?!」どういう訳か、それはキハラだった。
「どうしたの、こんな朝早くに!何でこんな所にいるの?」急いで駆け寄り問いかける。
「これから発つんで、別れを言いに来た」
「え……っ?待ってよ、発つのは明日でしょ?」
ここにいる理由も去る事ながら、キハラの言い分にパニックに陥る。
「予定が早まったんだ。ユイ、済まないが、お前を連れて行く事はできない。勝手言って悪いが先日の話は忘れてくれ」
「そんな!私、あなたと行くって決めたの。大丈夫、今から急いで準備するから……」
そう言って来た道を戻ろうとするも、すぐに引き止められる。
「所詮、俺は逃亡者さ。そんな逃走劇に、お前を巻き込みたくはない」
「どうして急に?せっかく会えたのに……!また離れ離れなんてイヤよ?」
私は人目も気にせずに、キハラにしがみ付いた。
「俺の特技を忘れたのか?お前の事ならすぐに見つけられる。今だってこうして……」強い力で自分に抱きつく私に、キハラも言葉を切る。
「そういう事じゃない!ダメ、私も一緒に行く……!」
「わがまま言うんじゃない」
キハラが本気なのはすぐに分かった。けれど、どうしても納得が行かない。知らぬ間に涙が溢れ出す。
「……ほら、ユイ。見ろ、お前のパートナーが待ってるぞ」
私の体をそっと離して、キハラが向こう側の通りを顎で示した。
顔を上げてそちらに目を移すと、行き交う人混みの中に新堂さんがいた。ガードレールに腰掛けて、こちらを見ている。
「キハラっ!何で、新堂さんの事……?」
視線を彼からキハラに移して問いただすと、「昨夜な、二人で一杯やったんだ」キハラがグラスを傾ける仕草をして見せた。
「はぁ?どういう事っ!」いつの間に……?
「ユイ。もう俺が教えてやれる事はない。それだけお前は、立派に成長した」
「キハラ!」
「今のお前に必要なのは、俺ではなくあいつだ」キハラは再び新堂さんの方に目を向けた。「行け、ユイ」一本になってしまった左手で、私を突き放す。
「キハラ!連絡、してもいい?携帯の番号変えないでよ?」
「ユイ。電話はするな。言ったろう?お前を巻き込みたくはないと。履歴が残るものはダメだ」
キハラの言い分は裏の世界の常識だ。私はそんな事も分かっていない……。
「……ごめん。分かったわ」
気を取り直して訴える。
「なら絶対に、また私の事見つけてよね?また、追い駆けて来てよね!」
「ああ……。二、三年したら、また会いに来るよ」
必死にしがみ付いていた私の手は、あっさり引き剥がされた。
キハラは私の体の向きを変えると、背中を強く押した。
「お前とは、もっと別な形で出会いたかったよ……」
こんな言葉のせいで、さらに大粒の涙が私の目から溢れては落ちた。
「そんなの、私だって……!」あえて振り返らずに呟く。
そのほんの数秒の間に、キハラは人混みの中に消えてしまった。
振り返ってただ呆然。私はもう、その場に立ち尽くすしかなかった。
横断歩道を渡って、新堂さんがこちらにやって来た。
「仕事、遅れるぞ?」
「ちょっと……。何であなたがここにいるのよ?」涙声で訴える。
カッコ悪くフラれたところを、見られてしまったじゃない……!
「朝早く出るって、昨日話してたろ」
「……なら。何であなたが、キハラと一杯やるのよ!」
「悪いと思ったが……。ほんの少しだけ、おまえの携帯を覗かせてもらった」
昨日部屋に来ていた時、私が席を立った一瞬の隙に、キハラの連絡先を入手したようだ。こんな簡単な手法にさえ気づけない今の自分。
キハラについて行く資格は、やはり私にはないようだ。
「何してるのよ……。そんな事するなんて、新堂さんらしく……ないじゃない?」
勝手に携帯を見られて、本当は怒り狂うところだ。だが今の私に怒りはなかった。
「一人で舞い上がって……。私、バカみたいっ」後から後から、涙は零れる。
泣き顔を見られたくなくて、彼の胸に顔を押し付けた時だった。
「……ユイ。私はおまえに嘘をついた」
「え?」
意外な言葉に、思わず泣くのを忘れて顔を上げる。
「おまえを手放す事なんて、できそうもない。どこへも行くな、ユイ……」
そう言って、私を抱きしめるのだ。
どういう事だ?こんなにストレートな愛情表現(?)を、この人がしてくるなんて!キハラに何かを言われたのだろうか。
「新堂さん……。私、どこへも行かないから」なぜか自然と、こんな言葉が口から出た。
一度はキハラを選んだ。けれど、心のどこかではこういう展開を望んでいたのかもしれない。キハラはそれを読んでいて、自分から身を引いた?
その夜。彼を部屋に呼び出した。
「新堂さん?キハラと、一体どんな話をしたの」
「急用だというから来てみたら……。そんな事か」
簡単には掴まらない超多忙の大先生なので、緊急の要件だと大袈裟に伝えたのだ。
「私にとっては早急に知りたい事なの!」
「別に、大した話はしていない」
「もしかして、……血の事、キハラに話したの?」
キハラがこの人の側にいろと言ったのは、血液の関係かもしれないと思った。
私の血が珍しいものだという事は知っているが、それがどの程度かまでは知らない。そして偶然にも、新堂さんと私が同じ型だという事は……。
「いや。その事は何も話してない。私はただ、ユイの主治医だと言っただけだ」
新堂さんが嘘を言っているようにも見えない。読みは外れたようだ。
そう思った矢先、軽い調子で彼が続けた。
「腕が一本になって、もう、おまえの面倒は見られないとさ」
「面倒見てもらうつもりなんて、ないけど!」
それはいかにもキハラが言いそうなセリフで、「やっぱり、敵わないや……」一気に力が抜けた。
「安心しろ。私がきちんとおまえの面倒、見てやるから」
「ち、ちょっと?何言ってるの!バッカじゃない?」
彼は腕組みをしたまま、意地悪な笑みを浮かべている。
キハラへの尊敬と憧れは、誰とも比べる事などできない。
でも、この人への気持ちは一体何なのか。いつからか私は、いつだって新堂さんの事を考えてしまうようになった。
この気持ちの正体はさて置き、憎らしくも手放せない存在なのは確かだ。
そして彼にとっても、私はそんな存在なのかもしれない。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -
鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。
白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。
そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。
※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※
※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※
※自サイト、小説家になろうでも公開中※
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる