62 / 117
第三章 一途な想いが届くとき
ダイヤの原石(3)
しおりを挟む私が受け入れた翌日から、拳銃の訓練も始まった。
「拳銃には色々な種類がありますが、まずは一般的なこれで慣れてください」
黒くてイカツイ拳銃を手に取るキハラ。
「これは一般に良く出回っている、ロシアの銃です」
ヤクザの世界では一般的という意味か。テレビや新聞で良く見聞きするものだ。
「重いよ、これ!もっと小さいのでいいんだけど」ひと際手の小さい私は嘆いた。
朝霧家には様々な銃器が保管されている。義男はライフル銃の免許を持っていたので一見合法に見えるが、明らかに密輸したような物がたくさんある。
今手にしているこの銃も然りだ。
「気をつけてください。この型は模造品が多く出回っています。メッキされている場合は要注意です」キハラはこと細かく教えてくれた。
「メッキって、色を塗ってるって事?」
キハラが頷く。「船底に沈めて密輸する事が多いので、サビ防止のためですね。もしくは、粗悪な部分を色を付ける事で誤魔化している場合もあります」
「ふう~ん。キハラって何でも知ってるのね!」
強さだけでなく、これだけ様々な知識までも合わせ持つ、そんな師匠を尊敬の眼差しで見上げた。
ある時、キハラが愛用拳銃をメンテナンスしている場面に偶然遭遇した。
「わあ!それ、キレイな色ねぇ」
私はそれに一瞬にして釘付けになった。青み掛かったブラックが怪しく輝いている。
キハラがこの銃を人目に晒す事は滅多にない。
「気に入りましたか?」
「っ!気に入ったなんて……何でそんなふうに聞くの?キハラの大事な物でしょ」もちろん慌てて首を振る。本当はかなり興味津々なのだが。
キハラは慌てる私を見て笑った。この人がこんなふうに笑う姿は、とても珍しい。
「磨いてやれば、光るんです。あなたも……」
「え?」不意にかけられた言葉に意表を突かれて、目を瞬く。
「ユイお嬢さんは、言わばダイヤモンドの原石だ。もっともっと、光り輝くはずです。父上の目に狂いはない」
キハラにしては珍しい、小さな声だった。
「今、何て言った?ダイヤがどうしたの」
上手く聞き取れずに聞き返したが、もう何も話してはくれなかった。―――
拳銃に絡んだエピソードをもう一つ。
それは訓練中の何気ない会話だ。
―――「ねえキハラ、聞いて聞いて!」
「今日学校でね、ビームライフルっていうのを撃たせてもらったの」
中学校の特別授業でそれを体験した矢先の事。興奮冷めやらず、真っ先に師匠に報告する。
「あの学校ではそんな事をするんですか。驚きですね」
「私、腕がいいって褒められたんだ!」この授業が毎回あればいいのにと心から思う。
腕がいいも何も、毎日のように射撃の特訓をしているのだから当然なのだが、それでも私は我が師匠にそれを教えたかったのだ。
「それは良かったですね」
「うん!」大喜びの私。そしてこうして褒められたかったのだ!
「さあ、ではもっともっと上手くなるように、たくさん練習しましょう」
私の扱いに慣れているキハラは、注意力散漫になった私のムダ話を終了させ、再び訓練に意識を向けさせた―――
反抗期の私を稽古に引き戻したのは、皮肉にも拳銃という事になるだろう。
これが果たしてキハラの仕組んだものなのか、はたまた義男の思惑だったのかは、今でも不明だ。
それにしても射撃は楽しくて仕方がない。もちろん今でも!
そして母はというと……。この乱暴なキハラを当初は嫌っていたものの、私が懐いて行く(?)のを見るうちに、徐々に受け入れ始めたように思う。
それを象徴する出来事がある。
―――「あ~忌々しい。何て鋭いの……この大男!私の居場所がすぐにバレるのはなぜ?!」
「さあ、捕まえましたよ。帰りましょう、ユイお嬢さん」キハラが私の腕を引っ張る。
「ねえ!何でここにいる事分かったの?どうなってるのよぉ、もうっ!」
「これが自分の仕事ですから。さあ、今日は関節技を中心に特訓しましょう」
「イヤだっ!絶対にやらないから。あれ痛いし!」
キハラはこんな言い分など無視して、暴れる私を担ぐようにして強制連行した。
こんな自由のない日々に嫌気が差し、一番の理解者の母に助けを求める。
「お母さ~ん!あの男何とかしてよ、一人でオチオチ散歩もできないじゃない!」
しかし……。「あなたが逃げるからじゃないの」と、バッサリ切り捨てられる。
「逃げてないわ、バカ親父に反発してるだけよ?」
「ユイ!はしたない言葉遣いはやめなさいって、何度言ったら分かるの?」
「フンだ!バカ親父はバカ親父でしょ?ああ、バカじゃなくて、クソか!」
「何て言い草なの!キハラ、キハラ!」母が声を上げて呼ぶ。
キハラがすぐさま参上する。「お呼びですか、奥様」
「この口の悪い娘に、お仕置きしてやってちょうだい!」
「かしこまりました」
「ヤバっ……逃げなきゃ!」
回れ右をした時には、すでにキハラの長い腕が自分の体を捕らえていた。
「イヤだぁ~!離せっ、この怪力男!」
こんな調子でそのまま鍛錬場へと連れて行かれて、シゴキが始まるのだ。
母はすっかりキハラを有効利用していたという訳だ。
「ユイお嬢さん、言葉遣いに気をつけてください」
キハラが容赦なく私を投げ飛ばす。
「いった~い!!か弱い少女に何て事するの?」投げ倒されて、尻モチをつきながら訴える。
「きちんと受け身を取れと、何度言えば分かる?ケガをするぞ!」急に口調が変わる。
「怖い顔!ホンっト最低。そんなんじゃカノジョできないよ、キハラ!」
こんな時でも、負けずに言い返す私なのだった―――
そして中学も卒業間近になると、両親の仲にいよいよ修復不能の亀裂が生じ始める。
相変わらず私達の鬼ごっこは続いていたけれど、私の心境には明らかに変化が現れていた。
これが私の初恋だ。義男に対する反発心よりも、キハラへの恋心が幅をきかせ始めたのだ。
―――「隠れてもムダです。いい加減にしてください、ユイお嬢さん」
ようやく私を見つけ出したキハラが、ため息交じりに言い放つ。
「キハラは、どこにいても私を見つけられるのね。全く天才的だわ」
どこにいても迎えに来てくれる彼。一体どうやって目星を付けるのだろうか。
キハラは、私の事なら何でも知っている。性格や、好きなもの嫌いなもの、私の唇がどのくらいへの字を描いたら泣き出すかまで!
それはもしかしたら、両親以上に私を知っているかもしれない。
そんな彼がどこまでも愛しい。キハラの頭の中を、もっともっと私でいっぱいにしたい。それにはもっともっとキハラを困らせないと……。
「こんな所で何をしているんです?家に戻りましょう」
ここは薄暗い林の中だ。大木の元に佇む私の腕を掴む。
「ねえ。こんな所にいるって、どうして分かったの?」
「時間がありません。もうすぐ暗くなります。さあ早く」
「こんな所にいる理由なんて決まってるじゃない」
先を進んでいたキハラが振り返る。
「かくれんぼ!私の負けだけどね」
「……ユイお嬢さん。本当に、いい加減にしてください」
林を出ると、道端に停まった黒ベンツが見えた。
キハラが後部席のドアを開けて、私に乗るよう促す。
そんな彼を見上げて思う。昔はよく小脇に抱えられ、有無を言わさずそのままポイと車に乗せられたものだ。
けれど私ももうすぐ高校生。そんな行為は何かと誤解を招く。私としてはむしろ、前みたいに抱き抱えてほしいけれど!
「ねえ。キハラは、彼女とかいないの?」
車内でそれとなく詮索を入れてみる。
「ムダ話は禁じられていますので、勘弁してください」素っ気ない答えが返される。
こんなのは想定内だ。「そう。じゃ、仕事が終わればいいよね?」
「自分の勤務は変則的です。終了時間などありません」
「もう!融通が利かないんだから、相変わらず……。疲れないの?そんな生活!」
常にこんな調子の男。いつも黒繋ぎを着ているので服のセンスは知らないが、サングラス姿はどう見てもヤクザか。見るからに恋人の心配なんて、する必要もなさそう!
それは裏を返せば、ライバルがいないという事でもある。
そう一人で納得しては、自分を励ます日々が続いた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる