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第三章 一途な想いが届くとき
ダイヤの原石(3)
しおりを挟む私が受け入れた翌日から、拳銃の訓練も始まった。
「拳銃には色々な種類がありますが、まずは一般的なこれで慣れてください」
黒くてイカツイ拳銃を手に取るキハラ。
「これは一般に良く出回っている、ロシアの銃です」
ヤクザの世界では一般的という意味か。テレビや新聞で良く見聞きするものだ。
「重いよ、これ!もっと小さいのでいいんだけど」ひと際手の小さい私は嘆いた。
朝霧家には様々な銃器が保管されている。義男はライフル銃の免許を持っていたので一見合法に見えるが、明らかに密輸したような物がたくさんある。
今手にしているこの銃も然りだ。
「気をつけてください。この型は模造品が多く出回っています。メッキされている場合は要注意です」キハラはこと細かく教えてくれた。
「メッキって、色を塗ってるって事?」
キハラが頷く。「船底に沈めて密輸する事が多いので、サビ防止のためですね。もしくは、粗悪な部分を色を付ける事で誤魔化している場合もあります」
「ふう~ん。キハラって何でも知ってるのね!」
強さだけでなく、これだけ様々な知識までも合わせ持つ、そんな師匠を尊敬の眼差しで見上げた。
ある時、キハラが愛用拳銃をメンテナンスしている場面に偶然遭遇した。
「わあ!それ、キレイな色ねぇ」
私はそれに一瞬にして釘付けになった。青み掛かったブラックが怪しく輝いている。
キハラがこの銃を人目に晒す事は滅多にない。
「気に入りましたか?」
「っ!気に入ったなんて……何でそんなふうに聞くの?キハラの大事な物でしょ」もちろん慌てて首を振る。本当はかなり興味津々なのだが。
キハラは慌てる私を見て笑った。この人がこんなふうに笑う姿は、とても珍しい。
「磨いてやれば、光るんです。あなたも……」
「え?」不意にかけられた言葉に意表を突かれて、目を瞬く。
「ユイお嬢さんは、言わばダイヤモンドの原石だ。もっともっと、光り輝くはずです。父上の目に狂いはない」
キハラにしては珍しい、小さな声だった。
「今、何て言った?ダイヤがどうしたの」
上手く聞き取れずに聞き返したが、もう何も話してはくれなかった。―――
拳銃に絡んだエピソードをもう一つ。
それは訓練中の何気ない会話だ。
―――「ねえキハラ、聞いて聞いて!」
「今日学校でね、ビームライフルっていうのを撃たせてもらったの」
中学校の特別授業でそれを体験した矢先の事。興奮冷めやらず、真っ先に師匠に報告する。
「あの学校ではそんな事をするんですか。驚きですね」
「私、腕がいいって褒められたんだ!」この授業が毎回あればいいのにと心から思う。
腕がいいも何も、毎日のように射撃の特訓をしているのだから当然なのだが、それでも私は我が師匠にそれを教えたかったのだ。
「それは良かったですね」
「うん!」大喜びの私。そしてこうして褒められたかったのだ!
「さあ、ではもっともっと上手くなるように、たくさん練習しましょう」
私の扱いに慣れているキハラは、注意力散漫になった私のムダ話を終了させ、再び訓練に意識を向けさせた―――
反抗期の私を稽古に引き戻したのは、皮肉にも拳銃という事になるだろう。
これが果たしてキハラの仕組んだものなのか、はたまた義男の思惑だったのかは、今でも不明だ。
それにしても射撃は楽しくて仕方がない。もちろん今でも!
そして母はというと……。この乱暴なキハラを当初は嫌っていたものの、私が懐いて行く(?)のを見るうちに、徐々に受け入れ始めたように思う。
それを象徴する出来事がある。
―――「あ~忌々しい。何て鋭いの……この大男!私の居場所がすぐにバレるのはなぜ?!」
「さあ、捕まえましたよ。帰りましょう、ユイお嬢さん」キハラが私の腕を引っ張る。
「ねえ!何でここにいる事分かったの?どうなってるのよぉ、もうっ!」
「これが自分の仕事ですから。さあ、今日は関節技を中心に特訓しましょう」
「イヤだっ!絶対にやらないから。あれ痛いし!」
キハラはこんな言い分など無視して、暴れる私を担ぐようにして強制連行した。
こんな自由のない日々に嫌気が差し、一番の理解者の母に助けを求める。
「お母さ~ん!あの男何とかしてよ、一人でオチオチ散歩もできないじゃない!」
しかし……。「あなたが逃げるからじゃないの」と、バッサリ切り捨てられる。
「逃げてないわ、バカ親父に反発してるだけよ?」
「ユイ!はしたない言葉遣いはやめなさいって、何度言ったら分かるの?」
「フンだ!バカ親父はバカ親父でしょ?ああ、バカじゃなくて、クソか!」
「何て言い草なの!キハラ、キハラ!」母が声を上げて呼ぶ。
キハラがすぐさま参上する。「お呼びですか、奥様」
「この口の悪い娘に、お仕置きしてやってちょうだい!」
「かしこまりました」
「ヤバっ……逃げなきゃ!」
回れ右をした時には、すでにキハラの長い腕が自分の体を捕らえていた。
「イヤだぁ~!離せっ、この怪力男!」
こんな調子でそのまま鍛錬場へと連れて行かれて、シゴキが始まるのだ。
母はすっかりキハラを有効利用していたという訳だ。
「ユイお嬢さん、言葉遣いに気をつけてください」
キハラが容赦なく私を投げ飛ばす。
「いった~い!!か弱い少女に何て事するの?」投げ倒されて、尻モチをつきながら訴える。
「きちんと受け身を取れと、何度言えば分かる?ケガをするぞ!」急に口調が変わる。
「怖い顔!ホンっト最低。そんなんじゃカノジョできないよ、キハラ!」
こんな時でも、負けずに言い返す私なのだった―――
そして中学も卒業間近になると、両親の仲にいよいよ修復不能の亀裂が生じ始める。
相変わらず私達の鬼ごっこは続いていたけれど、私の心境には明らかに変化が現れていた。
これが私の初恋だ。義男に対する反発心よりも、キハラへの恋心が幅をきかせ始めたのだ。
―――「隠れてもムダです。いい加減にしてください、ユイお嬢さん」
ようやく私を見つけ出したキハラが、ため息交じりに言い放つ。
「キハラは、どこにいても私を見つけられるのね。全く天才的だわ」
どこにいても迎えに来てくれる彼。一体どうやって目星を付けるのだろうか。
キハラは、私の事なら何でも知っている。性格や、好きなもの嫌いなもの、私の唇がどのくらいへの字を描いたら泣き出すかまで!
それはもしかしたら、両親以上に私を知っているかもしれない。
そんな彼がどこまでも愛しい。キハラの頭の中を、もっともっと私でいっぱいにしたい。それにはもっともっとキハラを困らせないと……。
「こんな所で何をしているんです?家に戻りましょう」
ここは薄暗い林の中だ。大木の元に佇む私の腕を掴む。
「ねえ。こんな所にいるって、どうして分かったの?」
「時間がありません。もうすぐ暗くなります。さあ早く」
「こんな所にいる理由なんて決まってるじゃない」
先を進んでいたキハラが振り返る。
「かくれんぼ!私の負けだけどね」
「……ユイお嬢さん。本当に、いい加減にしてください」
林を出ると、道端に停まった黒ベンツが見えた。
キハラが後部席のドアを開けて、私に乗るよう促す。
そんな彼を見上げて思う。昔はよく小脇に抱えられ、有無を言わさずそのままポイと車に乗せられたものだ。
けれど私ももうすぐ高校生。そんな行為は何かと誤解を招く。私としてはむしろ、前みたいに抱き抱えてほしいけれど!
「ねえ。キハラは、彼女とかいないの?」
車内でそれとなく詮索を入れてみる。
「ムダ話は禁じられていますので、勘弁してください」素っ気ない答えが返される。
こんなのは想定内だ。「そう。じゃ、仕事が終わればいいよね?」
「自分の勤務は変則的です。終了時間などありません」
「もう!融通が利かないんだから、相変わらず……。疲れないの?そんな生活!」
常にこんな調子の男。いつも黒繋ぎを着ているので服のセンスは知らないが、サングラス姿はどう見てもヤクザか。見るからに恋人の心配なんて、する必要もなさそう!
それは裏を返せば、ライバルがいないという事でもある。
そう一人で納得しては、自分を励ます日々が続いた。
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