大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第三章 一途な想いが届くとき

  ダイヤの原石(2)

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 中学へ入ると、私は途端にキハラを避けるようになった。今思えば、これが思春期というものか。
 毎日毎日繰り返される稽古に飽き飽きだったし、いつだってキハラには勝てない。自分が強くなっているのか全く分からない状況では、嫌になるのは当然だ。

 周りの同年代の女子達が、お気に入りのアイドルの話などで盛り上がる中、そんなアイドルに微塵も興味が持てない。自分はどこか変なのか?
 どうしてこんなに皆と違うのか。

 考えた末に行き着く。決定的に違う事は……私だけいつも汗だくでキハラの相手をしている事だと!


―――「ユイお嬢さん!手を焼かせないでください!さあ、道場へ来てください」
 定刻に姿を見せない私に痺れを切らし、キハラが部屋までやって来る。

 ちょうど、制服から私服に着替え終えたところだった私。
「イヤだ!これからお友達とショッピングへ行く約束なの!」顔も見ずに答える。
「ボスに叱られます。言う事を聞いてください」キハラが私に手を伸ばす。
「イヤったら、イ、ヤ!じゃ~ね!」

 それを振りきって、家を飛び出した。

 時には、逃げ出して公園や林に隠れたりもした。けれどキハラは、なぜか私を難なく見つけ出し、すぐさま小脇に抱えて連れ戻された。
 長身の彼が私を運ぶ様はまさに、荷物を小脇に抱えてでもいるように見えた事だろう。

「ユイ、どうだ。頑張ってるか?」
 相変わらず、時折小田さんがこうして声をかけてくれる。
「キヨシおじさん!私ね、あの魔法のお陰で本当に頑張れたんだ。ありがとね!」
 私の言葉に小田さんは苦笑した。お互いに〝魔法〟なんて嘘だと承知の上だから。

「だけど、やっぱりキハラには勝てないのよね~」
「あいつは特別だよ。俺でも勝てないだろうな」
「え……、おじさんでも?ウソぉ!」この人は確か、柔道の有段者だったはずだ。
「俺はそんなに強くない。もしかすると、ユイにも負けてしまうかもねぇ」
 頭を掻きながらそう呟く。

「じゃあ、ピンチの時は私が助けてあげる!」
「それは助かる。頼りにしてるよ、ユイお嬢さん」
 小田さんとのお喋りはいつも束の間。

 それでも私には、辛い訓練を忘れられる貴重な時間だった。


「ねえ。キハラは、何でそんなに強いの?」
 こんな素朴な疑問を、何度投げかけた事だろう。
「日々の鍛錬の成果です。だから、ユイお嬢さんも頑張ってください」
 そして答えは決まってこれだ。

 けれどある時。キハラがこんな事を言った。
「ユイお嬢さん。自分の力を過信してはいけません」
 それは自分自身に言っているようにも聞こえた。

「か、しん……?」
「そうです。常に自分よりも上がいる。目標はいつでも、高く持ってください」
「キハラよりも上なんて、いるワケないよ~!」私は本気でそう思っていた。
 でもキハラは言った。「そんな事はありません。知りうる限り、確実に一人います」
「それってどこの誰?きっと日本人じゃないよね。あ、宇宙人とか!」

 とても信じられない話だったので、思わず茶化してしまい、結局それが誰なのか教えてもらえなかった。

 私の中ではキハラが最強だ。その上がいるとしたら?途方もない化け物だ!


 あくる日。庭でフルートの練習をしていた私に、キハラが声をかけてきた。
「ユイお嬢さん、お話があります」

 中学で吹奏楽部に入った訳ではない。部活動の時間など私には与えられていないのだから!フルートを始めた理由は、簡単に言うと母のためだ。
 家には母の買ったエレクトーンがある。どうしても私に女の子らしい習い事をさせたいと、父に内緒で買ってしまったとか。けれど、どうにもそれが私には向いていないらしく……。結局エレクトーンはというと、部屋の隅で埃を被っている。
 その申し訳なさから、代わりになるかは不明だがこれを始めたという訳だ。

 もちろん、キハラとの稽古稽古で習いに行く暇だってあるはずもなく、独学なのでなかなか上達しない。そのうちこれも投げ出すと思われる。

「何なの?私、忙しいんだけど。鍛錬場には行かないからね」
 マウスピースから一瞬口元を離して答えて、すぐにまた拙い演奏を再開する。
「今日は別のお話です。一緒に、来ていただけませんか?」
「何よ、ここで言ってよ」
「ここでは無理です。来て下さい」キハラは引かない。

「そんな事言って。また私を打ちのめす気でしょ?行くもんですか!」
「今日の話は、ボスの命令ではありません。自分の用件です」
 父親の命令ではない、との言葉に反応した。

 しばらく考えた末に、ついて行く事にする。向かった先は鍛錬場ではなかった。

「こんな倉庫に連れ込んで何なの?まさかリンチする気じゃないでしょうね!」冗談半分で言う。
「ユイお嬢さん」
 私を見下ろすキハラの表情は真剣そのもので、本当に何かされる(!)と身構えた時、キハラが一丁の拳銃を差し出した。
「……!何でピストル?!」

「いいか、ユイ。良く聞いて、慎重に答えてくれ」唐突に敬語をやめて話し出す。
 後ずさりしつつ、キハラを見上げる。

 拳銃を見るのは、小学五年生の時に遭遇したあの事件以来だ。

「これの扱い方を知りたいですか?自分はあなたに、持っている技術の全てを教えるつもりです。だが……この武器の意味を、あなたもご存知でしょう?」
「……殺、人?」恐る恐る答える。
「そうです、世間一般のイメージではね。あなたは以前、人殺しはしないと言った」

 私はキハラに言った事がある。殺すための技術なら学ばないと。私は義男とは違う。すると彼は、身を守る技術を教えるから続けろと言ってきたのだ。

 キハラが私から視線を外して下を向いた。

「迷いました。正直まだ幼く、しかも女のあなたに、これを持ち出して良いものか……」
 これもどうせ義男の言いつけに違いない。キハラをこんなに困らせて、どこまでイヤなヤツなの?
 心の中で悪態をつきながらキハラを見つめていると、キハラが足元に向けていた視線を少し上げたので、思わぬ形で目が合った。

「あなたの置かれている状況は、極めて過酷だ。後々必要になるかもしれない。まあ、これなしでも、あなたはすでに十分対処できるはずですが……」
 表情をやや緩めて続ける。「場合によっては、これが役立つ事もあるだろう」
「どういう事?」

 つまりこうだ。私は正直、手加減というものが分からない。
 大体、いつも相手にしているのがこの強豪キハラでは、一般の人間相手に同じ力で向かったら、どうなってしまうと?

「これを使えば、急所を外すという簡単な方法で、相手を殺さずに済みます」
「つまり、殺さずに済ませるための道具、って事……?」
「その通りです。腕さえあれば、ですがね。あなたのコントロールの良さなら、きっと上手く行く」
 そしてキハラが改まって言った。「これは、誰かを殺すための道具じゃなく、あなたや、大事な人達の命を守るためのものです」

 守るための、道具……。このたった一言で、私の銃を見る目が変わった。

「これはキハラの判断なのね?父の言い出した事ではなく」あえて確認してみた。
「はい。そうです」
 キハラは嘘をついているのだろうか?その目を凝視して真意を確めようとしたけれど、私には判断できなかった。

 キハラの手の中で黒光りする、冷たそうな鉄の塊を見つめて考える。

「……お母さんには、内緒にしてくれる?」拳銃を見つめたまま言う。
「はい?」
「母が知ったら、悲しむから」
「承知しました」

 意を決して手を差し出すと、キハラが私に拳銃を手渡した。
「本物って、とても重いのね」その重さを改めて実感する。
「あの時の銃が本物だと、今なら分かりますね」

 小学校の教室で男から奪ったあれの事だ。今でも忘れもしない瞬間。
「ええ。知らないというのは、恐ろしい事ね」当時を思い出しながら言う。

 あれから三年が経った今も、私の手にはこのシロモノはいささか大き過ぎた。


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