53 / 117
第三章 一途な想いが届くとき
ポッカリ空いた穴(3)
しおりを挟む警察病院へと向かう車内にて。
「やっぱり行きたくないよ……」
「まだそんな子供みたいな事言ってるのか?いい加減にしろ」私の言い分はあっさり一蹴される。
「私が顔を見せたら、入院させられちゃう。そしたら、もう二度と戻れなくなる!」
そして私はそのまま病院で……。
次第に興奮し始める私を、冷めた口調で彼が説き伏せる。
「バカだな。私が一緒なんだ、そんな事させるか」
「でも……」
「安心しろ。少なくとも、警察病院への入院など絶対にない」
断言した後に続ける。「朝霧ユイは私の患者だ。勝手な事はさせない」
逃げ腰の私に対し、彼はどこまでも強気の姿勢だ。情けない今の自分には、こんな新堂和矢がとても頼もしく思えた。
病院に到着し、渋る私の手を強引に取り、彼が先に足を踏み入れる。
運が良いのか悪いのか、私の担当医がちょうど受付に居合わせた。
「朝霧さん!ようやく来てくれたんですね!ずっと、心配していたんですよ」早速私の方に駆け寄って来て言う。
その勢いに怖気づき、大人げなくも新堂さんの影に身を隠す。
「こちらの方は……?」
連れがいつもの刑事でない事に気づき、彼を眺めて目を瞬く担当医。
「初めまして。朝霧ユイの主治医を八年ほど前からしております、新堂と申します」
そこへ透かさず新堂さんが挨拶をした。
これはこれは!と頭を下げて挨拶を返す担当医。「さあ、どうぞこちらへ!」
「新堂先生、私、ここの待合で待ってるから……」
さり気なくした提案はあっさり却下されて、「倒れられたら困るからな」と一緒に連れて行かれる。
それは昔のような冷たいセリフだったのに、なぜか優しさに満ちた言葉に聞こえたから不思議だ。新堂さんの大きな温かい手に握られながら、そんな事を思った。
個室に通された後、担当医はこれまでのカルテや検査結果を机上に並べ、状況を説明し始めた。
その横で他人事のようにぼんやりと眺めるうちに、次第に意識が遠退いて行くいつもの感覚に襲われ始める。
「ユイ、話は終わった。ここでいくつか検査をさせてもらってから帰る。行こう」
彼の声で現実に呼び戻された。「ん……、はい」
ヨロヨロと立ち上がった私は、二人に心配げな目を向けられる。
「歩けるか?」と新堂さんが体を支えてくれた。
「ありがと」彼の手を取って背筋を伸ばした。
そして検査を終え、あてがわれた病室で結果を待つ。この時間を利用して、新堂さんが栄養剤を点滴してくれた。
「凄い!何だか少し元気が出てきたかも」
しばらくすると、体が温かくなり気分が良くなってきた。
「顔色が少し良くなったな。だから、きちんと病院へ行くべきなんだ」
続けて、やや音量を上げて吐き捨てるように言う。「例えヤブでも、栄養剤の点滴ぐらいはできるだろうからな」
「聞こえるってば……っ!」人差し指を唇に当てながらこう訴え、慌てる私。
相変わらず辛口なんだから……。
こうして目的を終えて帰路に就く。
「それにしても、あっさり治療放棄とは、ここの医者も終わりだな!」
あえて何も答えないでいると、「なあユイ。向上心をなくしたら終わりだと思わないか?」と質問口調になり、仕方なくそうねと相槌を打つ。
「そもそも。長く生きられないなんて言葉を、簡単に患者に言わないでもらいたいね。それはお前達に任せてたら、って話だろうが!」
いつになく饒舌な新堂さん。家に到着するまで、こんな調子でずっと喋っていた。
私を励ましてくれている。そう感じて嬉しかった。
屋敷に着いて一息つき、二人並んで客間のソファに腰掛ける。
車内とは一転、急に黙り込んだ彼に代わって、今度は私が口を開いた。
「これも運命なんだろうなって思った。やっぱり人を殺した罪は重いって事だってね」
新堂さんは何も言わない。
「最近はね、怒る気力も笑う気力もなくて。犬達と遊ぶ事すらままならないような体力よ。イヤになっちゃう!」
彼はまだ無言のままだ。
「大好きな犬達に囲まれて最後、っていうのも悪くないか、なんて。思ったりして……」
「あなたが現れるまでは」
私はいつの間にか、昔の強い意志を取り戻していた。
新堂さんが私を探し当ててくれた。私達がこうして再会できたのは、偶然なんかじゃない。きっとこれは必然。運命が二人を引き寄せた?
私があの日深夜の公園で、傷ついたこの人を見つけたように……。
こんな事で負けてなるものか!
私の言葉に、彼がニヤリと笑った。
「やっと以前のユイに戻ったな。おまえのその強気な瞳。懐かしいよ」
私の目を覗き込んでさらに言う。「諦めるのは早過ぎる。言ったろ?困った時はすぐに呼べって」
「代金は値引きなしで、って?」
こうおどけた後に、私達は抱きしめ合った。
「新堂さん……」何て幸せなんだろう。この人とまたこうしていられて……。
意地を張っていた自分があまりに浅はかで、心底嫌になる。
昔彼に言われた。自分で自分を苦しめていると。まさにそれではないか?
どうして私は、あんなに簡単に生きる事を諦めてしまったのだろう。
私は一度だって生きる事をどうでもいいと思った事はない。新堂さんがそう思っていても、私は……。
私は生きる。生き延びてやる!
「これからすぐに発つ」新堂さんが言った。
「え?どこに」体を離して尋ねる。
「カサブランカに戻る」
「でも……」
あの人と、足元にいるこの子達の事が気にかかった。
「ご心配なく。刑事の彼には、もう承諾を取ってある」
相変わらず、行動に移すのが早い人だ。
「彼はこちらの提案に、二つ返事でオーケーをくれたよ」
それは当然だ。あの人も私も、できるならこの先二度と関わりたくないと思っているはずだから。
犬達が異変に気づいたのか、急に落ち着かなくなった。
「あとは、このお二人さんの承諾だけだな」彼が二匹の頭を同時に撫でて言った。
「どうしてカサブランカ?」わざわざアフリカの病院に行くなんて意味があるのか。
「少し気分を変えた方がいい。あそこはいい所だ」
それしか言わない彼に、私も、ふうんと気のない返事を返す。
「一年ほど向こうの病院にいたから、勝手も分かるし、スタッフとも面識がある」
「そっか。ずっとそっちにいたのね。どうりで日焼けしてると思った」
「ユイも向こうに行けばこうなるよ」
「ダメよ!私、美白〝命〟なんだから?」
反論した後、彼の少し日焼けした顔を見て微笑む。
今までの閉塞した気分を吹き飛ばし、晴れやかな表情を取り戻した私は、新堂さんと共に遠い異国へと向かう事になった。生きるために。
もちろん、愛犬二匹も一緒に!
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -
鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。
白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。
そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。
※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※
※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※
※自サイト、小説家になろうでも公開中※
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる