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第二章 いつの間にか育まれていたもの
ハイエナの功能(3)
しおりを挟む突如轟音が響き渡る。上空にヘリの群れが現れたのだ。機体にはこの国の国旗が描かれている。
「軍か警察か……。誰が通報したのかしら」窓から上空を見上げる。「せっかくユイさんが動き出そうとしたのに?先を越されたわ!」
そして周りの連中はというと、それはもうパニック状態だ。
「(ユイ!計ったな。お前が呼んだのか)」冴えない顔色で男が私に迫る。
彼等が私の毒入り料理を食べ始めて約ひと月。最初の時とは比べものにならないほど弱っている。
「(冗談はよしてよ。私がどんなツラ下げて表の世界と繋がれるって言うの?)」笑いながら両手を広げて答える。
「(あなた達はもう終わりって事よ。人間、引き際が肝心よ?)」
そう言い終えてから、コルトを男に向けた。
「(こんな事をしている場合か?お前も巻き添えになるぞ!)」
上空に迫ったヘリの群れは、すぐにでも空爆を始めそうな勢いだ。
「(そうかもね)」
それでも私は、微動だにせず男に向かってコルトを構え続けた。
他の連中がクモの子を散らすように外へと逃れて行く中、不意に男が笑い出した。
「(いい度胸だよ、全くお前ってヤツは!さすがY・アサギリの娘だ)」
「(アイツの名を口にしないで!あんなヤツ、父親なんかじゃない)」
「(親子ゲンカは程々にしろよ?この先、お前はその大嫌いな親父さんに、どんなに助けられる事だろうな。ヤツの名声は半端じゃないぞ)」
「(塗り替えてみるんだな、Y・アサギリ!)」
そう言った直後、男は私の前から消えた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
この時、天井が崩れ落ちていたのだ。それは運良く私の手前まで!
「マズいわ、私も本気で逃げないとっ……」
心臓の激しい鼓動だけが、突然の衝撃を物語っていた。あと一歩ずれていたら、自分も下敷きになっていたのだから。
外に出ると、数百メートル先に薄汚れたジープが停まってるのに気づく。
「(ユイ!こっちだ!)」そこにいたのはエリックだった。
「(エリック!……ああ、無事で良かった!)」自分の事よりも、彼が無事だった事に安堵する。
「(それはこっちのセリフ!さあ、乗って!すぐに脱出だ)」手を取られて促される。
左腕を引っ張られた拍子に痛みを感じた。
「(ユイ?どうしたんだ。あっ……ケガしてるじゃないか!)」
エリックの言葉で、自分が左肩から血を流している事を知る。さっきの崩落した天井の一部が、どうやら私にも当たっていたらしい。
「(平気……このくらい)」左腕を庇って車に乗り込む。「(行きましょう)」
このアジトはその後降り立った軍隊に占拠され、弱りきった連中はほぼ無抵抗で降伏した。こんな肩透かしの状況に、軍の人達はさぞ不思議に思った事だろう。
「(ユイ。君の事、凄く気にかけていたよ。カレ)」運転しながらエリックが言う。
「(カレ、って?)」
「(君のカレさ!なかなかハンサムだけど、頼りない感じだな。やっぱり僕に乗り替えたら?)」
「(気にかけてたって、……新堂さんに会ったの?!)」
「(ああ。足のケガ診てくれてさ。いいヤツじゃないか。頼りないけど!)」
しつこくその〝頼りない〟の部分を繰り返す。
「新堂さんったら、帰らなかったの?待っててくれたって事?」疑問が次々に湧く。
「(ユイ、今何て言ったの?日本語は分からないよ)」
「(ああ、ごめんなさい、それで彼は今どこ?)」英語で言い直す。
「(さあ。急用ができたとかで。この車を譲ってくれた。それにしても、恋人の安否よりも大事な用なんて、あるもんかね!)」
エリックの嘆きを聞き流し、しばし考え込む。そしてまた別の疑問が湧き上がる。
「(ねえエリック。そう言えばあなた、どうやって牢屋から私に電話をかけたの?)」
「(え?)」
「(身ぐるみ剥がされてたはずよね?)」
私のこんな質問に、彼は驚くべき事を口にした。
「(何、簡単な事さ。捕まる前に電話したんだから!)」
「はぁ~?!何よ、それ!」また日本語になっていた。
「(だって、僕と一緒に、取って置きのお宝を盗みに行こうよ!って誘っても、君は来ないだろ?)」
「(だからって……)」
「(捕まってしまった!助けに来てくれ!だったら、ユイは絶対来ると思ったのさ。思った通りだった。その上君ったら、来るタイミングもバッチリ)」
本当に捕まるつもりはなかったが、有言実行した形になってしまったとの事。
何て人だ!私は頭を抱えた。
「(ところで。例のブツはどうした?)」嘆く私をよそに、エリックが聞いてくる。
この質問に答えるため、痛めた肩を気にしながらもポケットを探る。
「(これの事?)」と正面に掲げて見せる。
隠し場所は分かっていたから、再び奪うのは容易かった。
「ナイス、ユイ!」エリックは親指を立てて陽気に答えた。
そんな彼を見ながら思う。これだって、あの牢獄の中でどうやってエリックは隠し持っていたのか?この人はマジシャンにもなれそうだ。
「(あいつ等、すり替えられてる事に三日も気づかなかったみたいよ)」
「(やっぱりか。そりゃ笑止千万だな!)」手を叩いて大受けしている。
「(でもこれ、私にどうしろっていうのよ……)」
「(それは君への報酬なんだ。好きにするといい)」
「好きにって言われてもねぇ……」困り果てる私。
買い手は大勢いるだろうが。誰に売っても、間違いなく騒動が起きそうだ!
「(とにかく無事で何よりだ。どう?これから二人で乾杯しないか)」エリックが飲みの仕草をして誘ってくる。
「(遠慮しておくわ。すぐにでも帰りたいの)」
この言葉に、残念そうにエリックが頷いた。「(そのケガも心配だしね。早くカレに診てもらうといいよ)」
また今度の機会に飲もうと約束して、私達は別れた。
それからすぐに現地の診療所で応急処置をしてもらい、早急に帰国の準備をする。
新堂さんの急用というのは、もちろん仕事の依頼だろう。だが行き先が日本なのかは分からない。
それでも、何だが胸騒ぎがする……。とにかく早く帰りたい。
痛む肩を庇いながら、私は大急ぎで日本へと向かった。
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