大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第二章 いつの間にか育まれていたもの

17.ハイエナの功能(1)

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 冬の夜空は澄んでいるため一層星が美しく見えると言われるが、それは本当らしい。
 マンションの三十階から、ぼんやりと夜空を眺めている。目が慣れてくるに連れて、見える星の数はどんどん増えて行く。

「あの満天の星、また見たいなぁ……」
 この都会の空から見える星なんて、あの場所のとは比べ物にならない。
 そんな光景が頭に浮べば、必然的にあの男を思い出す。強引すぎて最初は戸惑ったけれど、魅力に溢れた愉快な人物だった。

 出会ってから約半年。そんなエリック・ハントの事を思い出した矢先に、また関わる羽目になった。


「新堂さん、ゴメン!私、これから海外に行かなきゃならなくなった」
 私の部屋を訪れていた彼に伝える。
「やけに急だな。さっきの電話は仕事の依頼だったのか」
 今さっき、国際電話を受けていたのだ。
「ええ……。ちょっとした知り合いが困ってて。助けに行って来る」

「仕事、なんだよな?」曖昧な答え方をしたからか、再度確認される。
「そう。先方は依頼と言ったわ」答えながらも旅の支度を進める。

 すると、唐突に新堂さんが言った。
「……ああそうだ、思い出した。私にもそっち方面から依頼が入っていたんだ。どうせなら一緒に行こう」それはどこか取って付けたような言い草に聞こえた。
 首を傾げるも、深く考えている時間はない。
「え?本当に?奇遇ね!」

 そんな訳で、私達は共に海外に飛び立つ事になった。
 行先はエジプト、ルクソール。私が急いでいると知って、新堂さんがプライベートジェットをチャータしてくれた。
 何て贅沢な旅だろう!半端のない経費のかけ方には圧倒されるばかりだ。

「で、どこぞのテロリスト集団に捕まったその男とは、どういう関係なんだ?」
「なっ、何でそれを?!」
 電話の内容はしっかりと聞かれていた模様。あの相当な早口の英会話を理解するとは、世界的ドクターを侮っていた!
 あまり聞かれたくはなかった。
「だから……、ちょっとした知り合いだったら」

 エリックとの事を暴露して反応を見てみるのもありだが、今はやめた。何しろこれから私は、そのテログループの元に乗り込まなければならないのだから。

 それにしても、エリックはなぜ私を呼び出したのだろう。世界を股に掛けるあの男ならば、もっと強力な助っ人がいくらでもいるだろうに?

「ま、私には関係のない事だが」彼が追求を放棄した。
 ほっとしたものの、この冷た過ぎるコメントにはため息が漏れた。
「ところで、新堂さんの方は?どんな患者さんなの」
「あ?ああ……向こうはテロが頻発してるだろ。ケガ人は大勢いる」
「それもそうだけど。そういう慈善活動みたいな依頼はいつも断るじゃない」

 新堂和矢は常に難病とか難しい手術とか、そういうものに挑んでいるイメージだ。
 もちろんそれは、その方が儲かるからに他ならない。

「金持ちの地主の依頼だ」まるで心を読まれたかのような回答だった。
「あ、そう」
 彼の仕事に、それ以上の興味はない。それこそ私には関係ない、だ!


 こうして長い長い十四時間のフライトの後、ついに現地に到着する。

 降り立った新堂さんが何やらブツブツ言っている。
「やはりこっちは暑いな……。暑いのは苦手なんだよ!」
 暑いのが嫌なら冬ど真ん中の日本にいれば良かったではないか。全く変な人だ。

 こんな言葉が喉まで出かかったが、それを飲み込んで伝える。
「私の方はいつ終わるか分からないから、そっちの仕事が済んだら構わず先に帰ってね。じゃ、グッドラック!」

 ホテルで別れると、早速エリックの居所を突き止めるべく行動に移った。

 まずは現地の通訳兼ガイドの調達だ。この国の公用語はアラビア語。私には不慣れな言語なのでガイドの存在は必須だ。ウラの情報にも通じていそうな者を探す。
 ここで人選をミスすると大変な事になるが、今回ばかりは正直不安だ。吟味する時間的余裕などないのだから!
 案の定、数日後にそのガイドの案内で向かった先で拉致された(!)。

 けれどこれは想定内だ。むしろ手っ取り早く現場に連れて行ってもらえて時間短縮になった。一刻も早くエリックの無事を確かめなければ!


 こうして私は、運良くエリックの留置される場所に連れて来られた。それはまさに狙い通りの展開だ。

【以下カッコ内英語】
「(ユイ!こんなに早く、また君に会えるとは思わなかったよ!)」
「(早かったでしょ?)」
「(嬉しいよ……!)」私に抱きついて、エリックが言う。

 至近距離の吸い込まれそうな青い瞳につい見惚れてしまうも、すぐに体を離して上から下まで見下ろす。
「(どうやら、今のところ無事のようね)」
 所々殴られてアザになってはいたものの、一先ず無事は確認できた。

「(ごめんよ。こんな場所に呼び出して)」
「(連絡が入れられるなら、軍隊とか警察にでも通報した方が良かったんじゃない?)」
 呆れた調子で言い放った私に、エリックは首を横に振る。
「(それはダメだ。この足じゃ、僕も捕まってしまうよ)」
「(えっ!足って、ヤダ……ケガしてるの?ちょっと、大丈夫?)」

 思わず大声を出した私に、見張りの男が何やら叫んだ。

「(あの人、今何て?)」
「(……ああ。黙ってろってさ)」
 エリックはアラビア語が分かるらしい。

 私達は監視の目を気にしつつ、小声で作戦会議を開く。

「(で、なぜ敵はあなたを殺さないのかしら)」
「(利用価値があるからだろ。もちろん、それは君にも言える事だが)」
「(それってどんな?)」
「(何しろ、僕は有名人だから!)」と胸を張る。
「(……なるほどね。とすると、連中は何か、大きな事をやらかそうとしてるとか?)」
 有名人を捕まえれば話題になる。宣伝には打って付けだ。

 私の言葉を受けて、彼が手の平にギリギリ収まっている黒い塊を差し出した。
「(何それ)」と覗き込む。ただの黒い石に見える。
「(奴等からいただいた。これがあれば、軍事業界で一儲けできるぞ!)」笑いを隠せないといった様子で言う。

 何でもその石は、ある物質と結合すると強力な妨害電波を発するらしい。そんな物が世に出回ったら大変だ。
 テロ集団が世界を掌握する事になるかも?ダメだ、絶対にダメだ!

「(なぜそんな物が、こんな所に……?)」
「(さあ。僕も経緯は良く知らないんだ。でも連中は今、これがなくなって大騒ぎさ)」
「(あなたが奪ったって、気づいてないの?)」
「(さあ……!)」
 とぼけた表情を見せるエリックに、質問を変える。「(じゃあ、なぜ捕まったの?)」

「(潜入がバレた。今回の変装はイマイチだったな~、僕とした事が!)」
 変装も彼の特技の一つだと聞いている。
 そんなおどけていた彼だったが、急に真剣な表情になり石を私に握らせてくる。
「(何よ……。いらないわよ?こんな物!)」
 私の声に見張りの男がジロリと睨んできて、思わず小さくなって顔を背ける。

「(今回の報酬って事で。ダメかな?相当の額になるよ)」ウインクを飛ばすエリック。
「(だって、これのためにここに来たんでしょ?)」今度は慎重に小声で答える。
「(命を捨ててまで手に入れたくなんてない。世界中の女が泣く姿を見たくないしね)」
 こんな状況でこんなセリフを吐くとは。大したヤツだ、エリック・ハント!

 複雑な心境ではあったが、この場は受け取る事にした。


 それから三日程が経った昼下がり。見張りの男が持ち場を離れたのを見計らって、策を練る。

「(足の具合、どう?)」
「(ああ、だいぶマシにはなったよ。そろそろ脱出を考えないとな)」
 この言葉に私も頷く。
「(当然、君の相棒も持ってかれたよね……)」と私を見て続ける。
 コルトの事だ。あれがあったらとっくに鍵を壊して飛び出している!

「(それにしても、見張りの男、戻って来ないわね。どうしたのかしら)」
 二人で顔を見合わせる。
「(逃げるなら、今じゃないか?)」
「(そうよ!エリック、鍵開けるの得意でしょ?)」鍵の方に顔を向けて促す。
「(道具がないとさすがの僕も無理だな)」

 そんな彼の前で、おもむろに髪から金属製の髪留めを外して見せる。
「(それっ!ちょっと貸して!)」エリックがそれを奪う。

 そして数分後には、南京錠型の鍵はあっさりと開けられていた。

「(どんなもんだい!)」
 自慢げな彼をよそに、「(さあ、逃げるわよ。歩ける?)」と彼に手を差し出す。
「(歩くのは問題ないが、走るのは無理そうだな……)」痛そうに顔を歪めて言う。
「(仕方ないわ、行ける所まで行きましょ)」

 敵に見つからない事を祈りつつ脱出する。
 ところが外へ出たすぐの所で、いくつものカラシニコフ銃に出迎えられた。

 どうやら、罠だったようだ。


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