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第二章 いつの間にか育まれていたもの
予想外のトキメキ(2)
しおりを挟む数日後。片岡総合病院にて。
「ユイちゃん、まだ無理しちゃダメだよ?」見舞いに訪れていた私に片岡先生が言う。
新堂の輸血に必要な血を分け与えたせいで、私はまだ貧血だった。
来なくてもいいのにと言いたげな様子の先生に、小さく笑って答える。
「心配してくれてありがとう、ちゃんと分かってます」
「だけどこんな男のために二度も!全くユイちゃんはお人好しだね」
「私には、こんな事しかできないので……」
新堂は無事に助かった。あと数センチ銃口が下に向いていたら、命はなかったそうだ。軽口を叩きながらも、片岡先生も安堵の表情を見せている。
「ご面倒をおかけしました。また世話になってしまって、頭が上がらないとはこの事ですね」新堂が病室で、苦笑しながら片岡先生に頭を下げる。
「詫びなど結構。手術代と入院費さえきっちり払っていただければ?」
わざとらしく上から見下ろして言い放った片岡先生。
対する彼は、「それはもちろんです」と真剣な表情で返した。
そんな二人を見ていて妙におかしかった。
「二人って、実は仲いいんじゃない?」
こう投げかけると、彼と片岡先生が同じ言葉を同時に発したではないか。
「まさか!」
「まさか!」
「ほぉ~らね?」
三人で顔を見合わせ、束の間、微妙な笑いに包まれる。
「しかし君は良く撃たれるな。ま、自業自得だろうが!ユイちゃんのためにも、この際真っ当な職に就いたらどうかね?」
これは間違いなく、毎回私が血液を提供している事に対する嫌味だ。
「ご心配には及びませんよ」
そんな嫌味も全く気にする様子はない。
「私は一般の医者とは違います。組織に守られているあなた方と違って、責任は本来、全て自分で持つ」
私を巻き込んだのは、自分の意志ではないとでも言っているのか。
「そうは言ってもだね!僕が言っているのは……」
片岡先生の言葉を遮って、新堂が断言した。
「フリーの世界では、患者だけでなく医者だって生きるか死ぬかなんですよ」
そんな冷血外科医新堂を見て、首を横に振りながら大きなため息をつく先生。
「やれやれ!ユイちゃん、こんな男とはもう関わらん方がいいよ?」
こう言い残して、部屋を出て行ってしまった。
二人きりになった室内。窓からは、早くも初夏のような日差しが入ってくる。五月に入り一気に気温が上昇した。
「ユイ。まだ顔色が良くない。血を取り過ぎだ、こんなに無理をさせなくてもいいだろうに!」ベッド横に腰掛けた私を見て新堂が言う。
「私が頼んだのよ。気にしないで」
何しろ私は、あなたを守りきれなかった。何があっても死なせる訳には行かない。
例えこの血を、全部分け与えてでも……そんな心境だったのだ。
「さっきも言ったが、責任は自分で取るつもりだった。おまえをこんなふうに巻き込みたくはなかった」
「何言ってるの?私はあなたのボディガードなのよ?」
彼が小さく笑う。「また助けられたか……。不思議なものだ」
「助けてなんかない。私、ボディガード失格だ。名乗る資格なんてないわ。自分から提案しておいて悪いけど、あの依頼、辞退させて。もっと修行してから出直し……」
そこまで言って遮られる。「あの男に、礼を言わなくてはな」
「金髪野郎に?それは無理ね。もういないから!」……この世には。
言い終えてから窓の方に歩み寄り、半分開かれていたレースカーテンを勢い良く閉めて日差しを遮る。
「あの男、許嫁がどうとか言ってたけど何だったの?それに考えてみれば、なぜ私のマンションに……」
「祥子には親が決めた許嫁がいたんだ。あの男は、私があの部屋を購入した事を何かで知ったようだ」
「あそこが新堂さんの住居だと、勘違いしたって事?」
あのマンションを買わなければ、居場所を知られる事はなかった?それも彼が居合わせたあの日のあの時間を狙うなんて!
この人が撃たれた事が、どうしても自分が招いた事のように感じてしまう。
「やっぱり私のせいだ……」
再び謝罪の言葉を口にしかけるも、それを打ち消すように強引に話題を変えられた。
「記憶、取り戻せたんだろ?言わば、あいつのお陰じゃないか」
「結果的にはね。でも、あなたがこんな目に遭ったら意味がない!本当に死んじゃうと思ったんだから……っ」カーテンにしがみ付いて声を絞り出す。後半は涙声だ。
「心配かけたな」目を細めて私を見ながら彼が言った。
その後、事の詳細を説明してくれた。フォード家は代々優秀な家系で、祥子も優秀な子孫を残すべく両親が許嫁を決めていた。大学を卒業し国に帰ったものの新堂の事が忘れられず、家を飛び出し会いに来た。
だがそこに、目障りな私がいる事が発覚した。
「待って待って!私は恋人なんかじゃないんですけど?」飛んだとばっちりだ。
「早とちりなんだよ、あいつはいつもそうだ。カッとなると止まらない」
あの女を何一つ知りもしないのに納得してしまう。「そんな気がする!」
そして出て行ったきりいつまでも戻らない。許嫁が連れ戻すために来日したが、何らかの形で祥子が死んだという情報を掴み、元恋人の彼に復讐に来た。
「でも、新堂さんだって優秀じゃない?あの金髪男の方が、よっぽど下品で下等な人間に見えたけど」窓の方に寄りかかって呟く。
すると彼が片側の口角を上げた。「それはそれは!私の優秀さをようやく分かったか。そんなに褒めても何も出ないぞ?」
思わぬ返しに体勢を起こして訴える。「んな……っ。別に褒めてないし!」
誤魔化されそうになったが、彼はどこかで祥子を庇っている。憎いはずの金髪男に対して、ここで嫌味が炸裂しないのはおかしい。
「ねえ、さっき、責任は自分で取るつもりだったって言ったけど……」殺されても良かったという事?そう聞こうとしたがやめた。どうせ本心など聞き出せない。
一応この人は重傷なのだ。今は勘弁してやろう。
少ししてようやく彼が口を開いた。
「あの時、ユイがあの男を撃ったのをおぼろげに見た。だがその後、ヤツは自分の足で出て行った。殺さなかったんだな」
そう言った彼は、まるで殺さなかった事を喜んでいるように見えた。やっぱり庇うのか。
「いいえ……」先に否定の言葉だけを発する。残念だけど違う。
「言ったでしょ、敵をみすみす逃がしたりしないって」
あの時の会話を覚えていないのか、彼は無言だ。
そこで私は続けた。「だって、引越したばかりの部屋で死なれたら、後味悪いじゃない!」おどけて反応を見る。
「おまえってヤツは……恐ろしいヤツだ!一体どこでそんな術を覚えた?」
私が時間差で男を殺した事に気づいた様子。それが分かってしまうあなただって、負けてないわよ、新堂先生?
だがそんな事、今はどうでもいい。一転してうな垂れる。
「私って全然ダメね。依頼人をこんな目に遭わせて」
軽く頭を振ったはずが強烈に眩暈を感じる。「ううっ……」思わずよろめいてカーテンにしがみ付く。
「おい、大丈夫か?」彼が辛そうに体勢を起こそうとする。
「新堂さんは絶対安静!動かないで!私は平気だから……」
「とにかく……立ってないでそこに座ってろ」そう言って、私がさっきまで座っていた椅子を顎で示す。
「ゆっくりでいい、移動できるか?」
何だか冷血新堂が優しい。それにも戸惑うが、ケガ人に優しくされても困る!
困惑しながら彼を見つめる。
「ユイ?」しゃがみ込んだままの私に、再び声がかかる。
「大丈夫よ、ありがと」
ゆっくり立ち上がると、示された椅子の方へ向かった。
「おまえが落ち込む事はない。元々、本調子ではなかった上に起きた事だ。現に私はこうして生きてる。ユイはちゃんと助けてくれた」
彼はそう言って、近づいた私の腕を引っ張ると、額にキスをした。
驚きのあまりすぐに離れる。でも嫌な気はしなかった。
そして動揺した自分に後悔した。キスなんて海外では挨拶代わりだ。また子ども扱いされてしまうではないか!
またもクラクラし始めて、彼に一歩近づいて中腰のまま頭を預けた。
「……ありがとう、ユイ」彼の手が私の頭を撫で始める。
解決しない謎が山積する中、ここがあまりに心地良くてどうでも良くなる。
この時、私は確かに安らぎを感じていた。
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