25 / 117
第一章 大嫌いな人を守る理由
偶然という必然(3)
しおりを挟む新堂が私の携帯に連絡をしてきたのは、二ヵ月後のクリスマスだった。
あえてクリスマスに会う約束なんて、偶然なのか狙ったのかは全くもって不明だ。
「こんばんは」
「いらっしゃい。時間ぴったりね」
彼は約束の時間きっかりにやって来た。
本当に時間を守る人で、いつも徹底している。通学の送迎をしてもらっていた時も、大抵時間に遅れて現れる私に相当不満そうだった。遅いぞ!と究極に不機嫌な顔で言われた日々が懐かしい。
こんな遅刻魔の私は、この人とは絶対に付き合えない気がする。
新堂は生真面目で几帳面な性格のよう。対する自分は真逆か。同じ血液型のはずなのに、こうも違うのはなぜだろう?
これで血液型占いは当てにならない事が証明された。
「プレゼント・フォー・ユー」
流暢な発音でそう言うと、後ろに隠し持っていた豪勢な花束を差し出す。それも深紅のバラの花束を!
「すっご~い……。どうしたの、これ」私は驚いて、ただただそれを見つめた。
「受け取ってくれないのか?」手を出さない私に彼が言う。
「これ、私に?」
「他にここに、誰かいるか」
「そう、よね……。せっかくだからもらっとく。ありがと」
この人に花をもらうのは、卒業式以来二度目だ。それにしても真っ赤なバラなんて?どういうつもりなのか。
彼を部屋に入れ、リビングのソファーに案内する。
「ねえ、先生。ワインでもいかが?」冷蔵庫を開けて見せる。
中身を占めているのはほぼワイン。大人への第一歩は何と言ってもアルコールだ!
この行為には大した意味はないが、少しでも早く大人になりたいという願望が強すぎて、いつしかこうなった。
新堂が驚いた様子で冷蔵庫を眺めている。
「いただきたいが……、車なんだ」
「今夜はここに泊まれば?ベッド、二つあるし。今日はもうお仕事ないんでしょ」
意味深な誘いだが、私としては全く下心はない。
案の定新堂もそれほど気にしていないらしく、こんな質問をしてくる。
「なぜ二つあるんだ?」
「変に思わないでよね、二つとも私のよ。少し前に、スウェーデン製のとてもいいウォーターベッドを見つけてね。極上の寝心地よ」
そんな高価なシロモノを、思わず衝動買いしてしまった。そんな資金が今では余裕にある。これだから闇の家業はやめられない!
「それは是非試してみたいね」
予想外にも彼が乗って来たので嬉しくなる。「でしょ!」
「どうせなら一緒に寝るか」
この言葉には思考が固まった。本気のはずがないが、こんな冗談を言える人だったか?
その表情からは真偽が全く読み取れない。
「困ったな、冗談、だったんだが……」妙な空気の中、ポツリと呟いた新堂。
……バカ!ドギマギしてしまった自分が恥かしくて、気の利いた返答が浮かばない。
「それじゃワイン、いただこうかな」新堂がいつもよりも陽気な声で続ける。
なかなか返事を返さない私を見て、「どうかしたか?」と不思議そうだ。
「いっ、いいえ。喜んで!」気を取り直して、笑顔でそう答えた。
ワイングラスを二つ出してリビングへ運び、並べてそれぞれへ注ぐ。
「そう言えば……おまえ、いくつだっけ?」
忘れていていいものを探りを入れてくる。私が二十歳を迎えるのは二ヵ月後だ。
「イヤだわ、もう成人よ。もう、すぐ……?」
彼が疑わしげにこちらを見ている。
私はにっこり笑いながら、自分で注いだワインを一気に飲み干して見せた。
それからしばらく主治医の経過観察が始まった訳だが、飲酒後の私に何の変化も見られなかったため、問題なしと判断された模様。
「ま、いいか。美味いじゃないか、このワイン!」ようやく彼が飲み始めた。
「本当?良かった!ラベルの好みだけで選んだんだ」
「おいおい……」
十九歳のユイさんに、ワインの良し悪しなんて分かる訳がないじゃない?
「ところで新堂先生。どうして真っ赤なバラなんて選んだの?」
空き瓶に生けた、今飲んでいるワインのように真っ赤なバラに顔を向けて尋ねる。
普通、こういうのは恋人に贈るものだ。
もしかしてこの人は私の事を……?!
「ちょうどクリスマスだろ。だからな」意味不明の答えが返ってくる。
「は?何それ」この人はクリスマスを何だと思っているのだろう。
それ以上、答えは返って来なかった。
私はバラを見つめながら別の質問をしてみる。
「ねえ先生?深紅のバラの花言葉、知ってる?」
「いいや」
これは想定内の答えだったのだが、次に彼はこんな事を言った。
「私は誰とも恋愛をするつもりはない。この先もずっとな」
「え、何で……?」ちぐはぐすぎる答えに戸惑うばかり。
「女の裏切りはもうたくさんだ。そんなくだらない事には関わりたくない」
「裏切られたの?女に」
面白そうな展開となって身を乗り出すも、あちらは何だか気が立っている様子。
問い返してもそれ以上の答えはない。残念だったが追及を諦めた。
「ああそうですか!何があったか知らないけど、そんな事言われなくてもね、私だって……」あなたなんかと恋愛なんてゴメンよ!と続けたかったのだが……。
「始めに言っておくよ。おかしな期待をされても困るからな」
先を越されてしまった。
真っ赤なバラをプレゼントしておきながら、何という言い草?冗談じゃない。こっちから願い下げだ!何て失礼なオトコ!
「そうやってね、あなたの言動は矛盾しすぎてるの!そもそもよ?その整いすぎてる顔が悪い!」
酒の勢いもあって、溜まっていた鬱憤やら文句を洗いざらいぶちまけたのだった。
いつものように、全く相手にされていなかったけれど……。
そして翌朝。新堂は早くに部屋を出て行った。さすがは超ご多忙の有能外科医、朝から超難関のオペがあるらしい。
昨夜に一体何本ワインを空けたのか。冷蔵庫の残りの本数を見て驚いた。
「これだけ飲んでも翌朝ケロリとしてるあの人って、かなりの酒豪!」
自分の事を棚に上げて、こんな事を呟いた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる