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第一章 大嫌いな人を守る理由
ピンク色のユリ(3)
しおりを挟む私達三人を乗せた車は、間もなくレストランに到着した。
「ねえユイ、ここでしょ?あなたがアルバイトしていたお店って」
「そうよ。久しぶりに来たな~!」
「一度来てみたかったのよ!願いが叶ったわ」
母はここに来れた事をとても喜んだ。
店内にて。私達親子が新堂と向かい合って座る。
「こうして見ると、お二人は本当に良く似ていますね」新堂が私達の顔を見比べながらしみじみと言った。
「良く言われます」
母がそう答え微笑んでいるのを見て、私も嬉しくなる。
新堂の言葉に心から笑ったのは、これが初めてかもしれない。
「新堂先生は、おいくつでいらっしゃるの?」母が質問する。
「二十八です」
「まあ、そう!お若いのに本当に優秀なのね。その節は、娘共々大変お世話になりました。ほら、何してるの?ユイも!」私に無理やり頭を下げさせようとする。
「ちょっと……やめてよ!」
私の態度に母が怒り出す気配を察知して、すぐさま話題を変える。
「あ~あ!欲を言えば、プロポーションもお母さんに似たかったな!」
色白で美人の母に似ていると言われるのは嬉しいけれど、母はスラリと背が高くて胸も大きい。対する私はチビな上に、胸といえば……ほぼ筋肉。
「そうねぇ、どうしてあなたは背が伸びなかったのかしら」
「クソ親父のせいでしょ!」
突如罵り出した私に、ついに母のカミナリが落ちた。
「ユイ!あなた、まだそんな汚い言葉を使ってるの?何度言ったら分かるの!」
「だ~って、ホントの事じゃん」
「今日で学生は終わったのよ?これから社会人になるというのに……」
嘆く母を見て、新堂が言う。
「そういうお淑やかなところも、是非ミサコさんに似て欲しかったですね」
「ムカっ!新堂先生!?」
「誰を手本にしたかは分かっているわ。あの男よ!」母が怒り心頭の様子で訴える。
「それは、お父上の事ですか」新堂が不思議そうに聞き返す。
「いいえ。別の男よ」
「お母さん!その言い方、誤解招くってば……」
母が私の教育係のキハラの事を言っているのだとすぐに分かったが、何も知らない新堂は当然首を傾げる。
「あなたがそんなに攻撃的になったのは、あの男の仕業よ。困ったものだわ」
もちろんそれだけじゃなく、父義男の血だってある!
「この子ったらね、いつだってそうなんですよ。中学時代にも、学校の先生と何かと口論して!だから目をつけられたのよ?」
「お、お母さん!その話、今必要?」慌てて遮る。
まだまだ言い足りないといった様子の母を前に思う。むしろ新堂よりも手に負えないと……。こんな事を暴露され続けたら堪ったものじゃない。
母の性格を忘れていた。私の暴走は母に似たに違いない!
そうこうしながらも、どうにか冷や汗モノの食事会を無事に終えた。
店からの帰り道。車を近くのパーキングに駐車し、三人で並んで歩いて小さな公園に入る。
「ねえユイ、一緒に、向こうで住まない?」母が私を見て言う。
「え……、向こうって、イタリア?」私の問いに母が頷く。
「私が行っても迷惑でしょ。だってお母さん、男の人と暮らしてるんだったら……」
「そんな事ないわよ。学生の頃、海外留学した時に現地で知り合った人なの。数年前に偶然街で再会して」
「留学って、前に言ってた料理の勉強だよね」
その昔母は、料理好きが高じて、本格的なイタリアンを学ぶために留学していたと聞いた事がある。
「あの時は、結婚という雰囲気じゃなかったけれど。こういう状況になって、改めて考え直してみたの」
こういう状況。義男のせいで……いや、義男が結婚生活を壊してくれたお陰で、母は新たな生活を手に入れた。ここはプラス思考で行こう。
「急にこんな展開になってしまって、ごめんなさいね……」母が続ける。
「ううん!大丈夫だよ」
新堂は、私達のプライベートに立ち入るまいとの配慮からか、やや距離を置いた位置にいる。
「私は、お母さんに幸せになってほしいの。私が行ったら……」迷惑だと言おうとした。
「ユイ。あなたを一人ここに残して行くのは、とても心配なのよ」いつまでも先生に面倒を見てもらう訳には行かないわ、と続ける。
「やだ、お母さんったら!私もう、一人で生きて行けるわ。いつまでも子供じゃないのよ?」
母が何を心配しているのかなど、聞かなくても分かる。義男の動向に決まっている。あいつがどれだけ私達を傷つけてきたか……!
「お母さん。私ね、こっちでやってみたい事があるの。自分を試したいんだ」
「あなた、まさか危険な事をしようとしていないわよね?」
「……っ、まさか!この間面接に行った会社から、内定をもらえたのよ」さり気ない嘘をついた。
「あら!凄いじゃない、どんな会社?」
「色々と、調べ物をする会社よ。知識を広めるのに、とてもいいと思うの」
即答した私に納得したらしく、母が折れてくれた。
「そう。それなら頑張りなさい」
微笑んだ後、母が離れた位置にいた新堂を呼んだ。
「新堂先生。そろそろ参ります。娘の事、これからも、どうぞよろしくお願いします」
母は先生に深く頭を下げて言う。
「ええ。もちろんです。お任せください」新堂も快く答えている。
「ってちょっと?さっきと言い分違うじゃない!私、新堂先生とはもう……」
慌てて拒絶するも聞く耳持たぬ二人。仕舞いには再び談笑を始めたのだった。
「どうなってるの!」仲良さげな二人を前に、一人うろたえる。
だって二人は、それはお似合いのカップルだったから……。
空港で母を見送った後、私はその日に新堂のマンションを出た。
彼が荷物と共にアパートまで車で送ってくれた。
「空港まで付き合ってもらった上に私まで。今日は新堂先生に、本当に運転手みたいな事させちゃったね。ごめんなさい」
気にするな、と言うように肩を竦めてから、彼が口を開く。
「で。これからどうするんだ?就職の話は嘘だろ」そう言いながら、車から降りた私を目で追う。
「聞いてたの!」地獄耳というヤツか……。
気を取り直して礼を述べる。
「さっきはありがと。色々黙っててくれて」案外話の分かる人になったじゃない?と、心の中だけで続ける。
新堂の様子を見るも、相変わらず何を考えているのか分からない表情だ。
「どうするって、もちろん働くのよ。あなたよりも稼いでみせるんだから!」
「まあせいぜい、うまくやるんだな」
彼も車から降りてドアを閉めた。
高級車ならではの重厚なドアの閉まる音が響く。
私はこの音が結構好きだ。家にあるようなヤクザのベンツではなく、本物の高級車(!)のこういう音が……。
ぼんやり車を見つめている私に探りが入れられる。「どうした?」
「ううん、別に!車、いつも綺麗にしてるなって思って」
「それはどうも」どことなく機嫌良く新堂が答えた。
車を褒められるのは嫌いじゃないらしい。
「いい?先生。今度私に救出を依頼したら、きちんと報酬をいただきますから。そのつもりで!」
左手をピストルの形にして、前に立つ彼に向けて撃つ真似をしてみせた。
「それはこっちのセリフだ。ケガでもしたら呼んでくれ。いつでも行ってやるよ。ただし代金は値引きなしでね」
この言葉に、私達は笑い合った。
しばしの沈黙の後、新堂が口を開いた。
「朝霧ユイ。母親を、あまり心配させるなよ」
「そんなの言われるまでもない。でも、新堂先生には関係ないんじゃない?」
冷たく言い放ったこの言葉。自分が発したものなのに、まるで新堂の言葉のようだと思う。
「それもそうだな」
新堂は何事もなく両手をポケットに入れたままあっさり答えた。
そうそう!冷血男はこうでなくては?
「それじゃ、これは正式にお返しするわ」
預かっていた部屋の合鍵と携帯電話を差し出す。
「ああ」
「お世話になりました」私は丁寧に頭を下げて言った。
こうして一人暮らしに戻った私は、誰にも縛られない自由な生活を大いに満喫する。学生ではない、念願の〝社会人〟としての第一歩をようやく踏み出した。
「想定内、想定内!」届けられた不合格通知を手に、大声を出す。
母にも語ったように、私の夢は警察官になる事。試しに受けた採用試験は、予想通りの結果に終わった。
―――「いやぁ~、朝霧さん!身長が、足りないんですよ。仕方ないですね、こればっかりは!身長は、どうにもなりませんから!」
担当者はそう説明してきた。やけに〝身長〟と強調しながら!問題が別にあるのは見え見えだ。
「素質は大いにあるんですがねぇ。全く残念です」―――
大っぴらに義男の事が話題に出されるはずもなく、私はこんな理由で不採用となった。そんな事はもちろん分かっていたから、こんな事で挫けたりはしない。
ワルの家に生まれてしまったからには、潔くその道に入るだけだ。
何しろ〝朝霧義男の娘〟というだけで一目置かれるのだ。当てにするつもりはないが、使えるものは何でも使う。
その上で自分がやれる事をするのみだ。
幸いキハラ師匠に徹底的に鍛えられたお陰で、かなりの戦闘能力を持っていると自負している。義男のライフル射撃の才能を受け継いだのか、射撃の腕にも自信がある。
他にも、肝が据わっているところや妙な時に働く直感、悪知恵(!)など、裏社会で役に立ちそうな能力の数々も。
例えこんな血が流れていても、私は絶対にヤツのような悪にはならない。
正義も悪も紙一重。警察じゃなくても悪を正す事はできるはず。だからこうなったら、こっちの裏側の世界からこの腐った世の中を変えてやる。
私は秘かに、こんな野望を抱いている。
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