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第一章 大嫌いな人を守る理由
ピンク色のユリ(2)
しおりを挟む一週間後。風邪もすっかり回復し、いつもの日常が戻ってきた。
普段の生活をするうちに気づいた事だが、どういう訳か私の肺活量は以前よりも大幅に増えたようだ。
例の〝高山トレーニング〟の成果か?そう思えば、あれらの苦しみは価値あり!
このポジティブ思考は母譲りだ。母は極度の心配性でありながら、かなりのプラス思考の持ち主。一見矛盾しているけれど、そこが魅力なのだと思う。
「ひっど~い!」
私の机に広げられた期末試験の英語の答案用紙を見て、多香子が嘆いた。
それもそのはず……。点数は四十二点。もちろん百点満点の試験だ。
「赤点ギリギリじゃん」知子も横から覗き込んでくる。
「だってだって!ここんとこ調子悪くて……勉強できてなかったんだもん!」
「だから言ったじゃん?マラソンで優勝するより、こっちの方が大事だって」
知子様のおっしゃる通りでした……。
「マラソン張り切って、風邪引くなんてねぇ」多香子も困り顔だ。
「え~ん!」もう泣くしかない。
「だけど変だよねぇ。ユイってば、会話はあんなにベラベラできるのに!」
「全くよ。アンタって、帰国子女とかじゃないよね?先生よりレベル高いよ」
そう。会話だけなら大得意。でも、文法やら何やらはチンプンカンプンなのです!
「何でテストには、会話ってのがないの!」
「ヤダヤダぁ!私苦手なんだから。勘弁して~!」知子が透かさず返す。
かく言う知子の英語の得点は八十八点だ。
「何なら、フランス語でもロシア語でも。会話ならばこのユイ様にお任せあれ!」
「マ、マジ……?よし!そんじゃ、海外旅行に行く時は、ユイを連れて行こう!」
驚く事なかれ。我が師匠キハラは、英、仏、露、独、伊の五ヵ国語をマスターしていたのだ!それはつまり、私も伝授されているという事。
ただしテストは落第だけど?そこは問題ないのですか、キハラ師匠!
そうこうするうちに、高校生活最後の貴重な日々はあっという間に過ぎて行き、ついに卒業式の日がやってきた。
あんな点数を取っていた私だが、何とか無事に卒業証書をいただく事ができた。
校門付近にはたくさんの車が停まっていて、いつもとは違う光景が広がっている。
「今日はお迎えの人数が凄いね~。私もカレに迎えに来てほしかったな!な~んて、いないんだけどねぇ~」チエがボヤく。
さらに私を見て、「ユイはいいな~」とまた始まる。「来てるんでしょ?あのイケメン先生!」
やれやれ……。事情を知れば、絶対に羨む事なんてなくなるはずだが?
「来てないったら。何で来るのよ?」
即答するも、チエの恨めしそうな顔は続いた。
「チエ、これからだよ!私達、花の女子大生活が始まるのよ?合コンしよ、合コン!」
知子が場を盛り立てる。チエと知子は女子大に進学するのだ。
「ごめんね、ユイ。悪気はないのよ……」進学しない私に気を遣ってくれる多香子。
「いいって!気にしなくて。その分あなた達は、勉強だって大変なんだし?私は学校、あんまり得意じゃないからさ……」
散々私が遅刻や早退を繰り返していた事を知る多香子は、苦笑いした。
こうして私達仲良し四人組は、また集まろうと約束を交わして解散となった。
「さて、と……。先生、今日は用事があるって言ってたし……」
今朝の話では、来てくれるとは言っていなかった。だから来ないのは本当の話だ。
親や恋人と楽しげに語らう周囲の人達。そんな光景を羨ましく思いながら見渡す。
「こら。待ってても誰も来ないぞ?」自分で自分に言い聞かせる。
あんな冷酷人間でも、誰も来ないよりはマシだったかもとさえ思い始めてしまう。
「やめやめっ!私ったら何考えてるの?」
こんな自分に嫌気が差して、早足で校門に向かった。
その時、多くの車の中に見覚えのある一台を発見。その前では談笑する男女。一見どちらもスラリとしていて、見栄えのするカップルだ。
近づいて行くと、男性の方が新堂で、もう一人は何と母だった。
「お母さん?!」
私の呼びかけに、母が顔をこちらに向けた。
「本当に来てくれたのね!」私は真っ先に母の胸に飛び込んだ。
「ユイ。卒業、おめでとう。色々あったけど、この日を迎える事ができて、私も本当に嬉しいわ」私の顔をしみじみと眺めて母が言う。
「私からも、おめでとう」
新堂が横からピンク色のユリの花束を私に差し出した。
「私に……?」不自然なくらいに驚いてしまう。
「早く受け取れ」
やや照れながらそう呟くこの人が、今初めて可愛く見えた。
「きれい……。ありがとう、新堂先生!」受け取って素直に礼を言う。
「新堂先生ね、それ、とっても真剣に選んでたのよ」母が微笑みながら教えてくれる。
「ミ、ミサコさん!そんな事は言わなくても……」新堂が慌てて母の話を遮った。
「何なに?詳しく教えて、お母さん!」
こんなピンクの可愛いらしい花を、新堂が選んだなんて予想外だ。
でも意外な反面、かなり嬉しかった。私の体調以外の事について、この人が時間をかけて考えてくれた事が……。
照れ隠しのためか、新堂が再び口を開く。
「それから、もう一つ卒業祝いだ。自宅に戻る事を許可しよう」
「ホントに?!やった~!!」私は文字通り、飛び上がって喜んだ。
こんな私の態度にため息をつきながらも、新堂の表情は穏やかだ。
「あら新堂先生、ユイはまだ先生のお世話に?」
母が不思議そうに尋ねているのを見て、しまった……と思わず呟いてしまう。
「ひと月ほど前に、風邪をこじらせましてね。様子を見るためにしていただけです」
新堂がさり気なくそう説明してくれた。
「まあ……そうなの」
「なあユイ?君が体育の授業で、無茶して五キロも走ったりするからだろう?」
これはきっと嫌味を言ったつもりだったのだろう。
ところが母はこんなコメントを吐く。「まあ、五キロ?案外少ないじゃない」
「新堂先生、分かった?そういう事!」後ずさる新堂の背中を叩いて笑った。
「どうしたの、二人とも」
事情が分からない母は、不思議そうな顔をしていた。
「ねえ、これから三人で、ユイの卒業祝いにお食事にでもって思ってるんだけど、どうかしら?」母が話題を変えた。
「さっ、三人て、この三人で?」指で示して再確認する。
「そうよ。他に誰かいる?」
口をあんぐりと開けたままの私に新堂が言う。「親子水入らずで行ってらしては?私は遠慮しますよ」
良く言った、新堂先生!そうそう、それでいいのよ、と思ったのも束の間。
「ダメよ!新堂先生も来ていただくわ。先生にもきちんとお礼しないと。今日はご予定入ってらっしゃらないって、ちゃんと確認しましたわよね?」
新堂に向かって念を押している。
はあ、と困った様子で答える新堂だが……。
「お母さん、先生困ってるわ。私達にこれ以上巻き込んだら悪いよ?」
私がこんな発言をした途端に、「私は別に困ってはいない。そこまでおっしゃるなら、喜んでお供しますよ」今度は手の平を返したように、誘いに乗ってきた。
これはもう観念するしかない。
私はすぐに新堂を母から遠ざけて口止めにかかる。「いい?絶~っ対に余計な事、言わないでよね?」
「例えばどんな?」新堂がとぼけて聞き返してくる。
「あ~ん、もうっ!とにかく、先生は喋らないで!」言ってほしくない事だらけだ!
こうして突如、予期せぬ食事会が開かれる事となった。
「悪いわ、新堂先生に運転手みたいな事させてしまって」
移動中の車内で、助手席に乗った母が言う。
「いいのいいの!この人実際、私の運転手だったから」後部席から声を出す私。
「まあ、何?先生が運転手って」
「おい、ユイ。自分で口止めしておいて、いいのか?」
二人に指摘され、マズい事を言ったかも……と気づく。
「え……だから、ちょっとよ、ちょっと!」
「ユイ。口止めって、何の事かしら?」
「あの……何ていうか、その……」
私が口籠もっていると、新堂が意外な助け舟を出してくれた。
「ユイさんは、あなたを心配させたくないだけですよ。私に免じて、大目に見てあげてください」
これを受けて、母が嬉しそうな声で答えるのが聞こえた。
それから二人は何とも楽しげに会話を始めた。この打ち解け具合は並みではない。
私は前のめりになった姿勢を後ろに倒して、シートに寄りかかった。
「もう……!私、もしかして除け者?二人で食事に行けばいいじゃない!」
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