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第一章 大嫌いな人を守る理由
目覚めたパイソン(3)
しおりを挟む翌朝。私が目を覚ました場所は、病院ではなかった。
「いかがお目覚めですか?朝霧ユイさん」
そう声をかけてきたのは……。「し、新堂先生……?!」この男がこの場にいる事に驚きを隠せない。
「気分はどうだ?ここは俺の会社の医務室だ」
神崎さんが腰を落とし、私と同じ目の高さになって顔を覗いてくる。
相反して、新堂は腕組みをして立ったまま、いつもの冷ややかな目で私を見下ろしている。
この態度の違いが、明らかに私への想いの深さを表していると思う!
「昨夜、食事中にお前が倒れて。居合わせたこの方に診ていただいたんだ。何でも、お前の主治医だったんだって?凄い偶然だな!」
「あの場所にいた?ふう~ん。やっぱり自分はいい店行ってるんじゃない」
あんな高級レストランにいたなんて?私とはいつも定食屋だったのに!
偶然居合わせたという事の信憑性よりも、こんな事に腹を立てる。
「こらユイ、先生にその口の利き方はないだろ?」神崎さんから、なぜか母のような指摘を受ける。
「主治医ったって、勝手にその人が……!」
「ユイ!本当に済みません、先生」そしてなぜか神崎さんは新堂に謝罪する。
「お構いなく」と素っ気ない新堂。
「だが……お前、やっぱりどこか悪いんだろ。少し前も、酷い顔色してたよな。まさか主治医の先生が付いてるとは。どこの病院だ?」
「私は勤務医ではありません。個別に依頼された、とでもいいましょうか」私の方を見て新堂が言う。
「依頼?どういう事だ」
神崎さんの質問に、待ち兼ねたように饒舌に語り始める新堂。
「母親からの依頼です。この朝霧ユイがあまりにも言う事を聞かないからですよ。言わば監視役のようなものです。何せ病床の母のためとは言え、見境もなく……」
「ああ~っ、ストップ!そこまでにしてっ」
慌てて遮る私を見ておかしそうに笑う新堂は、明らかにこの状況を楽しんでいる。
「神崎さん、ご迷惑をかけて本当にごめんなさい」新堂を無視して、体ごと神崎さんに向けて詫びを入れる。
「気にするな。また今度、穴埋めしてもらうよ。それより、なあユイ……」
神崎さんが何か言おうとした。
「何?」
尋ねてもその先を言おうとしない。新堂には聞かれたくない話だろうか?
「……まあ、また今度でいい。取りあえず、今日は帰ってゆっくり休め」
「ありがと。ごめんね、もしかして寝てないとか……」心配になって問いかける。
昨夜私をここへ運んで朝早くから会社にいるのだから、その可能性だってありそうだ。
ところが、神崎さんは新堂の方に視線を向けて言った。
「俺よりもこちらの先生が、だな」
……そう来たか。この男には謝りたくないし、礼も言いたくない!
上目遣いで新堂を見上げていると、すぐに視線は反らされた。
「さあ帰るぞ。それとも、これ以上、迷惑をかけるつもりか?」
そう言われて慌てて起き出し、横の台に置かれたバッグを掴む。神崎さんに再び頭を下げて、新堂の後を追い駆けた。
会社を出て、私達は並んで歩いた。
沈黙を破ったのは新堂だった。
「なぜ出て行った。あんな置手紙なんか残して。何度も連絡を入れたんだが?」
何も言えずに、ただ黙り込む私に続ける。
「〝お世話になりました、もう大丈夫です、家に帰ります〟って何だ?何度も言っているが、大丈夫かどうか決めるのは君じゃない」
まだ無言のままの私に、さらに続ける。
「まあ……。別にどこへ行こうと、そんなのは君の自由だがね」鼻で笑いながら言う。
「だったらいいじゃない!」
やっと反応を示した私に、新堂がため息をついた。
「それから。私は、無断で君の主治医をしている訳ではないからな」
先ほど神崎さんに言ったセリフを思い返す。「それはそれは!」
「ミサコさんと、君の治療の約束をした。その責任は果たさなきゃならないんでね」
母からの依頼という話は本当だったらしい。
新堂の話を無視して、マンションの鍵を差し出す。「鍵、返し損ねてて悪かったわね」
「まだ、その必要はないだろう?」
彼のこの言葉が、戻っていいという意味だと察する。
私は深呼吸を一つしてから答えた。「そうね。もう逃げたりしないわ。あなたから離れる訳には行かなくなったので」
新堂は朝霧義男の次のターゲット。命を張ってでもこの人を守る。
それはこの人が、母の恩人だからという理由だけじゃない。何よりも憎き父親の思い通りにはさせないという意味だ!
「それは、私が狙われているからか?」不意に新堂が言い出した。
「どうしてそれを!」
「中里から連絡が入った。君の家の大体の事情は聞いたよ。まあ、私の事は心配するな」
「そうは行かない!あの男は本当に危険なのよ?先生じゃ太刀打ちできない!」
「大袈裟だな」
この答え方からして、取り合ってくれそうもない。
それでも「何かあったら私に連絡して。私が絶対に、あの男から先生を守るから」と真剣に伝えた。
「守るか。威勢だけはいいな!」
そう呟いた新堂は、手にしたドクターズバッグから何かを取り出した。
出てきたのは私の拳銃コルトだった。
「それ!どうしてあなたが……!」
「君の鞄から失敬した。こんな物を女子高生が持つ必要はない。左手の震えは治まったのか?」皮肉な笑みを浮かべて言う。
「何よ、子供扱いしないで。それ、大事なものだから返してくれる?」
すぐさま言い返して、相棒コルトを取り戻そうと手を伸ばす。
「こういう類の物は私には必要ないが……君に渡す訳には行かないな」
そう言って、私の手の届かない高い位置まで持ち上げる。
「なぜ?それはあなたが決める事じゃないわ」負けずに散々言われたセリフを言い返す。
「これは私が持っていよう。君は私から離れないんだったよな。だったら問題ないだろう?」
私はため息をつく。「いいわ。その代わり絶対に失くさないでね」ここは折れるしかない。
返事もせずに話題を変える新堂。「ところで。あの神崎コーポレーションの若社長とは、どういう関係だ?」
「気になる?」
「ああ」返ってきたのは珍しく素直な答え。
実際この男がこんな事を気にしているのかは定かではないが、わざと意味ありげに微笑む。
そしてこう言った。「私のお得意様よ!」
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