大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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◇ ◇ ◇


 私の視線に気づいて、彼が問いかける。
「どうした?」
 レースのカーテン越しから、陽光が白い光となって部屋を満たしている。その光が私の白い肌に反射して眩しいのか、彼は目を細める。
「ううん。ただ、幸せだなって思ってただけ」私はこう答えて微笑んだ。

 いつの間にか、ウエストに届くまでに伸びた髪。その長い髪を指先で弄びながら、私は彼をひたすら見つめ続ける。
 男性にこんな表現はどうかと思うけれど、彼はとても美しくて、いつまででも見ていられるのだ。

 中でも私が特に気に入っているのは彼の髪だ。オリーブ色と黒を混ぜたような不思議な色をしている。とても柔らかなのに適度な弾力も備えていて、そのうねり方は緩いパーマでも掛かっているよう。
 こんな彼に異国の血が混じっているのかは不明だが、やや色白で彫りの深い顔立ちや、スラリとした長い手足を見るに、どこか西欧やギリシャ神話の世界を思わせる。

 私はいつだって、そんな彼をうっとりと見つめてしまう。出会って以来、かなりの年月が経った今でも変わる事はない。それはもしかすると、彼も同じかもしれない。
 なぜなら私もいつだって、彼の視線を感じるから。

「幸せ、か……」
 そう言った彼の表情に、影がかかったように見えた。
「そう思っちゃ、ダメだった?」不安を隠しきれずに問い返す。

「いいや。光栄だよ。これでやっと、おまえの母さんに胸を張って会いに行ける」
「お母さんに?」突然の展開に驚く。
 私の母は再婚してからもう何年もイタリアにいるため、そんなに面識はないはずだ。
「昔、約束したんだ。幸せにするってな」
「昔って?」

 彼に出会ったのは、私が高校三年生の時。場所は母の入院先の病院だ。彼が母と話せたとすれば、その病院でか、私の卒業式の日くらいだろう。
 そうすると彼は、あの最悪の出会いを果たした時から、私とのこんな未来を想定していたという事になるが……?

 そんなはずはない!何せ、私達の出会いはまさにサイアクだったのだ。
 あの当時の私に対するこの人の態度は、あまりにも冷酷だった。愛情なんて欠片も感じられないくらいに!

「納得行かないわ!」
 唐突に不満を口にした私に、今度は彼の方が驚く。「何だって?」
「あなたが、あの時から私をなんて………」私は言いかけて口をつぐんだ。

 思えば私は、いつからこの人を好きになったんだろう?今ではこんなにもかけがえのない存在だけれど……。
 そして、彼はいつから私を?

 私はじっくりと、当時の事を思い返してみる事にした。
 あれだけの〝大嫌い〟が、今の〝大好き!〟に変わった瞬間を見極めるために。


◇ ◇ ◇
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