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モテたい男
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「……ほう、モテたいと?」
「はい」
占い師の老女は、目の前で顔を伏せる男に、黒いヴェール越しに目をやった。
「なぜ?」
「ご覧の通り、四十を超えて、焦ってはいるんです。両親からは、早く孫の顔を見せて安心させてくれと、毎日のように言われて。けれども、職場は男ばかりで、そもそも出会いなんてなくて……」
「出会いがなくて、どうやってモテるんだい?」
「結婚相談所や婚活サイトですよ。いくら使ったか分かりません。でも、デートまでは何とかなっても、一度きりで連絡が取れなくなってしまって……」
「ふうん」
老女は皺だらけの骨張った指を顔の前で組んだ。
「幾ら出せる?」
心の奥底まで見抜く老練な目にまじまじと見据えられ、男はどぎまぎと視線を揺らした。
「い、一万、とか……」
「馬鹿だねぇ」
老女は大きな石の付いた指輪を撫でた。
「私ゃ魔女だよ。あんたの望みを、確実に叶えられる力を持ってる。だけどね、安売りはしないよ」
「じ、じゃあ、十万……」
「今まで女にどれだけ注ぎ込んだ?」
「百万、くらい、かな……」
「これまでに出会った女どもとこの私、どちらを信じる?」
男は歯ぎしりして、クレジットカードを、タロットカードが散らばったテーブルに投げた。
老女はニヤリとした。
「毎度あり」
全財産の代償に受け取ったのは、何の変哲もない封筒だった。表にそれっぽい文様が描いてある以外は、どこにでもある茶封筒。
男は手を入れ、中身を取り出した。そして叫んだ。
「……な、なんだこれは!?」
男の手にあるのは、メンズファッション誌数冊。コンビニでよく見る、ありきたりなタイトルの下で、粋がった表情の男性モデルが奇妙なポーズを取っている。
──騙された。
その認識に至るまでにしばらくかかった。手が震え、呼吸が乱れる。
「あああああ!!」
男は叫んで、雑誌を床に叩き付けた。それから、封筒を滅茶苦茶に破り、ゴミ箱に投げ込んだ。
そして、少し冷静になった。
そうだ、返品してやればいい。詐欺で訴える、弁護士の知り合いがいるとでも言えば、応じるだろう。
男は雑誌を拾い上げ、一目散に占い師の元へと急いだ。
──だがそこには、占い屋どころか、それがあった形跡すらなかった。
狐につままれた気持ちで、男は足を消費生活センターに向けた。
窓口の職員は首を振った。
「領収書はないんですか? 確かにお金を払ったという」
「……いや。で、でも、クレジットカードの利用状況を調べれば……」
「解約されてますね」
「…………」
「この操作が不正である、という確かな証拠がある、というのでなければ、私どもは何とも……」
「ちょ、ちょっと待……」
「そもそも、騙したという相手が特定できない限り、訴訟も無理でしょう」
「…………」
奥へと下がっていく職員の背を、男は黙って見送るしかなかった。
建物を出た男は、膝から崩れ落ちた。
アスファルトに突っ伏し、慟哭する男にチラリと視線を送るだけで、人々は通り過ぎていった。
「──本当に、馬鹿だねぇ」
老女は水晶玉に映る男の背中に蔑んだ目を向けた。
「あんたが欲しいのは、払った金に対する見返りだけなんだよ。自分を磨きもせずに、見返りだけを求めてちゃ、女は見向きもしないだろうよ
それに……」
老女が軽く撫でると、水晶玉から男の姿が消えた。
「私ゃ騙してなんかないさ。
本物の魔法をかけておいたんだけどねぇ、あの封筒に」
「はい」
占い師の老女は、目の前で顔を伏せる男に、黒いヴェール越しに目をやった。
「なぜ?」
「ご覧の通り、四十を超えて、焦ってはいるんです。両親からは、早く孫の顔を見せて安心させてくれと、毎日のように言われて。けれども、職場は男ばかりで、そもそも出会いなんてなくて……」
「出会いがなくて、どうやってモテるんだい?」
「結婚相談所や婚活サイトですよ。いくら使ったか分かりません。でも、デートまでは何とかなっても、一度きりで連絡が取れなくなってしまって……」
「ふうん」
老女は皺だらけの骨張った指を顔の前で組んだ。
「幾ら出せる?」
心の奥底まで見抜く老練な目にまじまじと見据えられ、男はどぎまぎと視線を揺らした。
「い、一万、とか……」
「馬鹿だねぇ」
老女は大きな石の付いた指輪を撫でた。
「私ゃ魔女だよ。あんたの望みを、確実に叶えられる力を持ってる。だけどね、安売りはしないよ」
「じ、じゃあ、十万……」
「今まで女にどれだけ注ぎ込んだ?」
「百万、くらい、かな……」
「これまでに出会った女どもとこの私、どちらを信じる?」
男は歯ぎしりして、クレジットカードを、タロットカードが散らばったテーブルに投げた。
老女はニヤリとした。
「毎度あり」
全財産の代償に受け取ったのは、何の変哲もない封筒だった。表にそれっぽい文様が描いてある以外は、どこにでもある茶封筒。
男は手を入れ、中身を取り出した。そして叫んだ。
「……な、なんだこれは!?」
男の手にあるのは、メンズファッション誌数冊。コンビニでよく見る、ありきたりなタイトルの下で、粋がった表情の男性モデルが奇妙なポーズを取っている。
──騙された。
その認識に至るまでにしばらくかかった。手が震え、呼吸が乱れる。
「あああああ!!」
男は叫んで、雑誌を床に叩き付けた。それから、封筒を滅茶苦茶に破り、ゴミ箱に投げ込んだ。
そして、少し冷静になった。
そうだ、返品してやればいい。詐欺で訴える、弁護士の知り合いがいるとでも言えば、応じるだろう。
男は雑誌を拾い上げ、一目散に占い師の元へと急いだ。
──だがそこには、占い屋どころか、それがあった形跡すらなかった。
狐につままれた気持ちで、男は足を消費生活センターに向けた。
窓口の職員は首を振った。
「領収書はないんですか? 確かにお金を払ったという」
「……いや。で、でも、クレジットカードの利用状況を調べれば……」
「解約されてますね」
「…………」
「この操作が不正である、という確かな証拠がある、というのでなければ、私どもは何とも……」
「ちょ、ちょっと待……」
「そもそも、騙したという相手が特定できない限り、訴訟も無理でしょう」
「…………」
奥へと下がっていく職員の背を、男は黙って見送るしかなかった。
建物を出た男は、膝から崩れ落ちた。
アスファルトに突っ伏し、慟哭する男にチラリと視線を送るだけで、人々は通り過ぎていった。
「──本当に、馬鹿だねぇ」
老女は水晶玉に映る男の背中に蔑んだ目を向けた。
「あんたが欲しいのは、払った金に対する見返りだけなんだよ。自分を磨きもせずに、見返りだけを求めてちゃ、女は見向きもしないだろうよ
それに……」
老女が軽く撫でると、水晶玉から男の姿が消えた。
「私ゃ騙してなんかないさ。
本物の魔法をかけておいたんだけどねぇ、あの封筒に」
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