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①
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――時折、奇妙な夢を見る。
それは、私が子供の頃からだった。
とある屋敷。
自宅ではない。古いけれど、手入れの行き届いた洋館の一室。
窓から差し込む夕日に照らされているそこには、カチカチと振り子を揺らす柱時計、煉瓦のマントルピースが据えられ、丸窓からは庭に咲く百日紅が見える。
小ぶりの丸テーブルには高級そうなティーセットが二人分置かれ、紅茶が湯気を立てている。
……その向こう。
倒れたゴブラン織りの一人掛けソファーの向こうに、誰かが倒れている。
それを見る私の手は震え、息は乱れ、どうしようもない罪悪感が、胸を締め付けていた。
――私は、人を殺してしまった――
全身を汗が濡らす。
その動揺の中でも、私はどこか冷静に考えていた。
隠さないと、隠さないと、隠さないと――!
どうやって、それを隠したのかは分からない。
場面が切り替わり、何事もなかったかのように、ごく普通に帰宅すると、
「おかえり」
と微笑む母の顔を見て、私は発狂しそうになるのだ――。
***
「――うわあっ!」
ベッドの上で飛び起きると、パジャマをぐっしょりと汗が濡らしていた。
夫が、隣のベッドで寝返りをうち、苛立ちを隠しもしない声を上げた。
「いい加減にしろよ」
「ご、ごめんなさい……」
私は洗面所に行って顔を洗い、パジャマを着替えた。
そして、鏡を見てギョッとした。
そこにあったのは、夢に出てきた、母にそっくりな顔だった。
親子だから、似ているのは当然だ。
だが母は、私が中学の頃に亡くなっている――自らの意思で。
するとあの夢の母は、私と同じくらいの年齢、つまりは、亡くなる少し前、という訳だ。
とするならば、夢の中の主人公は、息子と同じくらい、中学生かそこらだろう。
――翌朝。
夫と息子を送り出し、私は寝ざめの悪い体をリビングのソファーに投げ出した。
酷く体が重い。産後、体調を崩してからというもの、睡眠薬に頼る事が多く、午前中は常に体が重いのだが、夜中に目を覚ました事もあり、今日は特に酷い。
……それにしても、あの夢は何なのか。
子供の頃から何度も見ている。
何度も見ているから、家具の配置から絨毯の模様に至るまで、詳細に記憶に残っている。
もちろん、そんな洋館は知らないし、倒れているのが誰なのかも知らない。
どうやって殺したのかも分からない。
夢の中の、被害者に当たる人物のイメージだけが、すっぽりと記憶から抜け落ちているのだ。
しかし、あの後味の悪い感覚は、ぎゅっと心を掴んだままだ。
子供の頃は、私の記憶にないだけで、本当に人を殺した事があるのではなかろうかと、しばらくビクビクと怯えていた。
大人になってからは、さすがにそんなはずはないと思いながらも、だがこの気分の悪さは、簡単には拭い切れない。
あまりに詳細で現実的な夢のため、万が一……と、つい考えてしまう。
かと言って、誰かに相談できる内容でもない。
聞かされた方だって、どんな反応をすればいいか分からないだろう。
結婚してから最初に夢で飛び起きた時、夫には話したが、不機嫌そうに布団に潜りこんでしまっただけだった。
気晴らしにテレビを点け、全く興味のない連続ドラマを流していたら、いつの間にかウトウトしていたらしい。
電話の鳴る音で、私はガバッと身を起こした。
慌てて受話器を取る。
そして、警察の名を告げられ、私は息を呑んだ。
「息子さんが、特殊詐欺の受け子の容疑で、補導されました」
それは、私が子供の頃からだった。
とある屋敷。
自宅ではない。古いけれど、手入れの行き届いた洋館の一室。
窓から差し込む夕日に照らされているそこには、カチカチと振り子を揺らす柱時計、煉瓦のマントルピースが据えられ、丸窓からは庭に咲く百日紅が見える。
小ぶりの丸テーブルには高級そうなティーセットが二人分置かれ、紅茶が湯気を立てている。
……その向こう。
倒れたゴブラン織りの一人掛けソファーの向こうに、誰かが倒れている。
それを見る私の手は震え、息は乱れ、どうしようもない罪悪感が、胸を締め付けていた。
――私は、人を殺してしまった――
全身を汗が濡らす。
その動揺の中でも、私はどこか冷静に考えていた。
隠さないと、隠さないと、隠さないと――!
どうやって、それを隠したのかは分からない。
場面が切り替わり、何事もなかったかのように、ごく普通に帰宅すると、
「おかえり」
と微笑む母の顔を見て、私は発狂しそうになるのだ――。
***
「――うわあっ!」
ベッドの上で飛び起きると、パジャマをぐっしょりと汗が濡らしていた。
夫が、隣のベッドで寝返りをうち、苛立ちを隠しもしない声を上げた。
「いい加減にしろよ」
「ご、ごめんなさい……」
私は洗面所に行って顔を洗い、パジャマを着替えた。
そして、鏡を見てギョッとした。
そこにあったのは、夢に出てきた、母にそっくりな顔だった。
親子だから、似ているのは当然だ。
だが母は、私が中学の頃に亡くなっている――自らの意思で。
するとあの夢の母は、私と同じくらいの年齢、つまりは、亡くなる少し前、という訳だ。
とするならば、夢の中の主人公は、息子と同じくらい、中学生かそこらだろう。
――翌朝。
夫と息子を送り出し、私は寝ざめの悪い体をリビングのソファーに投げ出した。
酷く体が重い。産後、体調を崩してからというもの、睡眠薬に頼る事が多く、午前中は常に体が重いのだが、夜中に目を覚ました事もあり、今日は特に酷い。
……それにしても、あの夢は何なのか。
子供の頃から何度も見ている。
何度も見ているから、家具の配置から絨毯の模様に至るまで、詳細に記憶に残っている。
もちろん、そんな洋館は知らないし、倒れているのが誰なのかも知らない。
どうやって殺したのかも分からない。
夢の中の、被害者に当たる人物のイメージだけが、すっぽりと記憶から抜け落ちているのだ。
しかし、あの後味の悪い感覚は、ぎゅっと心を掴んだままだ。
子供の頃は、私の記憶にないだけで、本当に人を殺した事があるのではなかろうかと、しばらくビクビクと怯えていた。
大人になってからは、さすがにそんなはずはないと思いながらも、だがこの気分の悪さは、簡単には拭い切れない。
あまりに詳細で現実的な夢のため、万が一……と、つい考えてしまう。
かと言って、誰かに相談できる内容でもない。
聞かされた方だって、どんな反応をすればいいか分からないだろう。
結婚してから最初に夢で飛び起きた時、夫には話したが、不機嫌そうに布団に潜りこんでしまっただけだった。
気晴らしにテレビを点け、全く興味のない連続ドラマを流していたら、いつの間にかウトウトしていたらしい。
電話の鳴る音で、私はガバッと身を起こした。
慌てて受話器を取る。
そして、警察の名を告げられ、私は息を呑んだ。
「息子さんが、特殊詐欺の受け子の容疑で、補導されました」
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