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第肆話──壺
【捌】理由
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零は黙って話を聞いていた。
話が終わってからも、内容を頭の中で反芻しながらハルアキを眺めていると、彼は居心地悪そうに顔を逸らす。
「何かおかしいか?」
「まぁ、色々と突っ込みたいところはありますが、それは置いておいて……。つまり、あなたが転生を繰り返している理由というのは、その名無しという人物を探すため、という事ですか?」
「左様」
「何のために?」
零が聞くと、ハルアキはしばらく返答に悩んでいたようだが、やがてボソリと答えた。
「殺さねばならぬ」
「あなたを生き返らせた恩人をですか?」
「そうじゃ。……禁忌を犯した者は生かしてはおけぬ。これは、弟子の不始末に対する師匠としての責務じゃ」
「しかし……」
と、零は腕組みする。
「その人は不死なのでしょう? どうやって?」
「分からぬ」
「それに、不死であっても不老でないとあなたは仰った。ならば、容姿も大きく変わっているはずです。それをどうやって見付けるのですか?」
ハルアキは口を尖らせて膝を抱える。
「――余は、その者が不老をも得たのではないかと考えておる」
「どうして?」
すると、ハルアキは再び思案を挟んでから答えた。
「その秘術というのが、ある者を呼び出すものなのじゃ」
「ある者とは?」
「――太乙」
「…………」
「そなたも陰陽師であれば知っているじゃろう。『この世とあの世の番人』じゃ」
「えぇ、知っています」
「その者に魂と死を差し出し蘇生を願うのじゃが、魂は願う者とは別に用意せねばならぬ。魂を差し出した瞬間に死ねば、死を渡せないからの。ところが、余が生き返った後、その者以外に姿を消した者はなかった」
「……それはつまり、どういう意味ですか?」
零が眉根を寄せると、最後のひとつの団子を食みながらハルアキは答える。
「考えられる可能性はふたつ。……ひとつは、名無しが元々人間でなかった場合。人間より長命の妖の類であったのならば、魂を半分渡しても死は残る」
「…………」
「じゃが、その可能性は低い。あれほど身近に居りながら、余が妖の気配に気付かぬとは考えられぬからの。となると、もうひとつの場合――魂よりも重い代償を支払った」
「魂よりも、重い代償?」
ハルアキは串を空の皿に置き、長椅子に胡座をかく。
「それが何なのかは分からぬ。じゃが、その内容によっては、不老不死となっている可能性もなくはないと思うておる」
零は静かに組んだ腕を解いた。
そして膝に手を置きこう言った。
「それは、あなたの希望でしょう」
「…………」
「あなたがそうであって欲しいと願っているのでしょう」
ハルアキは靴下に包まれた爪先を眺めて動かない。
「あなたがその人物を探している理由は、殺すためだけではありませんね」
すると、ハルアキはボソリと呟いた。
「聞きたいのじゃ……何故、そうまでして余を生き返らせたのか、その理由を」
◇
団子を食べ、腹が膨れたら眠うなったと、ハルアキは長椅子にゴロンと横になるや否や、スヤスヤと寝息を立てだした。
東京に来てから、雨風を凌げる場所で休めなかったのだろう。安堵した穏やかな寝顔を見ていると、庇護欲をくすぐられるから、子供というのは厄介だ。
その小さな体に毛布を掛けてやり、さて……と零は事務椅子に腰を預けて思案に耽る。
――もし、この少年の言う事が真であるならば、己の正体がようやく判明したのかもしれない。
突如得られたその可能性に、零は少なからず動揺していた。顔に垂れる長い前髪をそのままに、窓の外を睨む。
平安より千年の時を生きている不死など、人違いするほど存在するはずがない。
――かつて安倍晴明の弟子であった名無し――それが彼の正体である可能性が高い。
だが、それが真であったとしても、認める訳にはいかない理由が、彼にはあった。
太乙。
彼の「主」たるその存在――あの世とこの世の番人が、禁忌を侵し、転生を繰り返して千年を生きているハルアキ少年を許す訳がないからだ。
零は、長い前髪がはらりと掛かる右目を軽く押さえる。……この目は、太乙の右目。自身の領域から出られない太乙が、この世の怪異を監視するために、彼に与えたもの。
幸い、まだ彼女はハルアキの話を「怪異」とは受け取っていないようだ。彼女もあれでいて多忙なのだ。話半分に、子供の戯言とでも思っているのだろう。
……ならばこのまま、ハルアキの話を「全て嘘」だという認識をすれば、彼を守れるのではないか。
それに零も、ハルアキにその身上が知られる訳にはいかなかった。太乙は、零の正体が他人に知られる事を許さない。万一ハルアキが見抜けば、零自身、あの暴君にどんな目に遭わされるか分からない。
いや、それだけではない。
万一、そうなった時には、零がその手で、ハルアキを殺さねばならないだろう。
かといって、この少年を放り出す訳にもいかない。この危険な少年を野放しにしたら、またどこでどんな事件を起こすか知れたものではない。
……それに、「安倍晴明」という存在に興味はある。これでも陰陽師である。彼の持つ知識と技に興味が湧かないはずがない。
それから……。
「……ん――」
寝返りをしようと身を揺らすハルアキを見て、零は慌てた。長椅子から落ちてしまう。
椅子を蹴倒す勢いで彼に駆け寄り、転がり落ちる寸前の少年を受け止める。そして起こさぬようそっと抱き上げた。
「やれやれ……」
小さく溜息を吐き、零は居室としている部屋へ彼を運ぶべく、事務所を後にした。
話が終わってからも、内容を頭の中で反芻しながらハルアキを眺めていると、彼は居心地悪そうに顔を逸らす。
「何かおかしいか?」
「まぁ、色々と突っ込みたいところはありますが、それは置いておいて……。つまり、あなたが転生を繰り返している理由というのは、その名無しという人物を探すため、という事ですか?」
「左様」
「何のために?」
零が聞くと、ハルアキはしばらく返答に悩んでいたようだが、やがてボソリと答えた。
「殺さねばならぬ」
「あなたを生き返らせた恩人をですか?」
「そうじゃ。……禁忌を犯した者は生かしてはおけぬ。これは、弟子の不始末に対する師匠としての責務じゃ」
「しかし……」
と、零は腕組みする。
「その人は不死なのでしょう? どうやって?」
「分からぬ」
「それに、不死であっても不老でないとあなたは仰った。ならば、容姿も大きく変わっているはずです。それをどうやって見付けるのですか?」
ハルアキは口を尖らせて膝を抱える。
「――余は、その者が不老をも得たのではないかと考えておる」
「どうして?」
すると、ハルアキは再び思案を挟んでから答えた。
「その秘術というのが、ある者を呼び出すものなのじゃ」
「ある者とは?」
「――太乙」
「…………」
「そなたも陰陽師であれば知っているじゃろう。『この世とあの世の番人』じゃ」
「えぇ、知っています」
「その者に魂と死を差し出し蘇生を願うのじゃが、魂は願う者とは別に用意せねばならぬ。魂を差し出した瞬間に死ねば、死を渡せないからの。ところが、余が生き返った後、その者以外に姿を消した者はなかった」
「……それはつまり、どういう意味ですか?」
零が眉根を寄せると、最後のひとつの団子を食みながらハルアキは答える。
「考えられる可能性はふたつ。……ひとつは、名無しが元々人間でなかった場合。人間より長命の妖の類であったのならば、魂を半分渡しても死は残る」
「…………」
「じゃが、その可能性は低い。あれほど身近に居りながら、余が妖の気配に気付かぬとは考えられぬからの。となると、もうひとつの場合――魂よりも重い代償を支払った」
「魂よりも、重い代償?」
ハルアキは串を空の皿に置き、長椅子に胡座をかく。
「それが何なのかは分からぬ。じゃが、その内容によっては、不老不死となっている可能性もなくはないと思うておる」
零は静かに組んだ腕を解いた。
そして膝に手を置きこう言った。
「それは、あなたの希望でしょう」
「…………」
「あなたがそうであって欲しいと願っているのでしょう」
ハルアキは靴下に包まれた爪先を眺めて動かない。
「あなたがその人物を探している理由は、殺すためだけではありませんね」
すると、ハルアキはボソリと呟いた。
「聞きたいのじゃ……何故、そうまでして余を生き返らせたのか、その理由を」
◇
団子を食べ、腹が膨れたら眠うなったと、ハルアキは長椅子にゴロンと横になるや否や、スヤスヤと寝息を立てだした。
東京に来てから、雨風を凌げる場所で休めなかったのだろう。安堵した穏やかな寝顔を見ていると、庇護欲をくすぐられるから、子供というのは厄介だ。
その小さな体に毛布を掛けてやり、さて……と零は事務椅子に腰を預けて思案に耽る。
――もし、この少年の言う事が真であるならば、己の正体がようやく判明したのかもしれない。
突如得られたその可能性に、零は少なからず動揺していた。顔に垂れる長い前髪をそのままに、窓の外を睨む。
平安より千年の時を生きている不死など、人違いするほど存在するはずがない。
――かつて安倍晴明の弟子であった名無し――それが彼の正体である可能性が高い。
だが、それが真であったとしても、認める訳にはいかない理由が、彼にはあった。
太乙。
彼の「主」たるその存在――あの世とこの世の番人が、禁忌を侵し、転生を繰り返して千年を生きているハルアキ少年を許す訳がないからだ。
零は、長い前髪がはらりと掛かる右目を軽く押さえる。……この目は、太乙の右目。自身の領域から出られない太乙が、この世の怪異を監視するために、彼に与えたもの。
幸い、まだ彼女はハルアキの話を「怪異」とは受け取っていないようだ。彼女もあれでいて多忙なのだ。話半分に、子供の戯言とでも思っているのだろう。
……ならばこのまま、ハルアキの話を「全て嘘」だという認識をすれば、彼を守れるのではないか。
それに零も、ハルアキにその身上が知られる訳にはいかなかった。太乙は、零の正体が他人に知られる事を許さない。万一ハルアキが見抜けば、零自身、あの暴君にどんな目に遭わされるか分からない。
いや、それだけではない。
万一、そうなった時には、零がその手で、ハルアキを殺さねばならないだろう。
かといって、この少年を放り出す訳にもいかない。この危険な少年を野放しにしたら、またどこでどんな事件を起こすか知れたものではない。
……それに、「安倍晴明」という存在に興味はある。これでも陰陽師である。彼の持つ知識と技に興味が湧かないはずがない。
それから……。
「……ん――」
寝返りをしようと身を揺らすハルアキを見て、零は慌てた。長椅子から落ちてしまう。
椅子を蹴倒す勢いで彼に駆け寄り、転がり落ちる寸前の少年を受け止める。そして起こさぬようそっと抱き上げた。
「やれやれ……」
小さく溜息を吐き、零は居室としている部屋へ彼を運ぶべく、事務所を後にした。
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