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おまけ②
吾輩はクロである。①
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吾輩は猫である。
名前はクロ。
黒猫だからクロと名付けたのだろう。全くもってセンスがない。もう少し何かなかったものかと、未だに思っている。
吾輩が人間界にやって来て三年になる。
山茶花に囲まれたこの洋館を住処と定めてはいるが、ここでの吾輩の境遇がいかなものであるかを、読者諸氏に明かしておこうと思う。
それには、この屋敷の住人を紹介するのが、最も手っ取り早い方法であろう。
まず、この館の主である、楢崎多ゑなる人間。
吾輩は賢い猫であるため、女主人たるこの者に逆らえばどうなるか、よく承知している。
目は見えぬが、吾輩の気配を感じ取り、気まぐれに好意を向けてくる。その誘いに従い、膝の上で背を撫でられていれば、吾輩の住処は安泰なのである。
次に、使用人姉妹の姉であるカヨ。
ぶっきらぼうではあるが、毎日忘れずに食事を用意するところは信頼している。
そして時折、吾輩に笑顔を見せるのだ。
「クロちゃんは今日も可愛いでちゅねー♪」
という猫なで声は、吾輩しか聞けぬ特権である。
……ただ、毎日出汁ガラの煮干しは飽きる。
そこに気付けば、もう少し上位と認めてやっても良い。
それから、カヨの妹のキヨ。
これは駄目だ。猫を馬鹿にしている。
掃除をしている足元を通れば、ホウキで横腹を突いておいて、
「あら、いたの」
と、こうだ。
吾輩に全く関心がない。
その癖、気持ち良く外遊びをして帰れば、
「何て汚い猫なの!」
と、吾輩を風呂に入れようとする。
全くもってけしからん。
……と、ここまでは、まだ許容範囲なのだ。
問題は、この屋敷に後からやって来て、二階に居座る三人。
一番新入りの断髪女。
吾輩を見る目がおかしい。
常に、顔に何か付いていないか、探るような目付きなのだ。
そして時折吾輩を捕まえては、頭をゴリゴリと確認する。そうやって一通り探っておいて、
「やっぱり何もないわね」
と吾輩を離し、何事もなかったかのように去っていく。
極めて不届きである。
吾輩は猫なるぞ?
猫に対して「可愛いでちゅね♪」以外の声掛けが許されるとでも思っているのだろうか。
それから、あの子供。
癖のある髪に桃色の頬の、可愛らしい顔立ちをしているにも関わらず、可愛げというものを知らぬ目をしている。
そして、吾輩の姿を見る度に、何やら不穏な笑顔を見せる。
……その後気付けば、全く心当たりのない場所にいたりする。
そういう時は必ず、非常に体が重いのだ。
あの子供に、近寄ってはならない。
近頃は足音を聞き分けて、あの子供から逃げるようにしている。
しかし、それにも増して許せないのが、背のヒョロ長い貧相な男である。
――吾輩には分かる。あの人間は、極度の猫嫌いだ。
吾輩の姿を視認すれば、ギョッとした顔で足を止める。それから引き攣った笑顔を取り繕って我輩に寄ってくる。
「おやおや、クロさんではありませんか……」
どうやら、吾輩に取り入らねば、この屋敷の居候という身分が危うい、という認識はあるらしい。
……だが、あの者に、決して近付いてはならない。
どういう訳か、とんでもなく恐ろしい犬の気配がするからだ。
そのため、あの人間からは、全力で逃げる事にしている。
そんな感じで、不満はあるものの、吾輩はこの屋敷に居てやっている。
何より、二階の屋根から見下ろす神田の下町の風景は、吾輩から見ても実に良いものなのだ。
……それに、あの場所に近い。
吾輩が最も信頼を置く人間。それは……。
「あらー、クロちゃん。今日も来てくれたんだねー。はい、鰹節だよ」
神田明神の参道にある蕎麦屋の女将。
上等な鰹節を無償で吾輩に捧げるあの者こそ、吾輩が最も心を許す人間である。
「相変わらず可愛いでちゅね~♪」
「ゴロゴロゴロ……」
壁|- ·̫ -)ฅ『第肆話──壺』で、またお会いするニャ
名前はクロ。
黒猫だからクロと名付けたのだろう。全くもってセンスがない。もう少し何かなかったものかと、未だに思っている。
吾輩が人間界にやって来て三年になる。
山茶花に囲まれたこの洋館を住処と定めてはいるが、ここでの吾輩の境遇がいかなものであるかを、読者諸氏に明かしておこうと思う。
それには、この屋敷の住人を紹介するのが、最も手っ取り早い方法であろう。
まず、この館の主である、楢崎多ゑなる人間。
吾輩は賢い猫であるため、女主人たるこの者に逆らえばどうなるか、よく承知している。
目は見えぬが、吾輩の気配を感じ取り、気まぐれに好意を向けてくる。その誘いに従い、膝の上で背を撫でられていれば、吾輩の住処は安泰なのである。
次に、使用人姉妹の姉であるカヨ。
ぶっきらぼうではあるが、毎日忘れずに食事を用意するところは信頼している。
そして時折、吾輩に笑顔を見せるのだ。
「クロちゃんは今日も可愛いでちゅねー♪」
という猫なで声は、吾輩しか聞けぬ特権である。
……ただ、毎日出汁ガラの煮干しは飽きる。
そこに気付けば、もう少し上位と認めてやっても良い。
それから、カヨの妹のキヨ。
これは駄目だ。猫を馬鹿にしている。
掃除をしている足元を通れば、ホウキで横腹を突いておいて、
「あら、いたの」
と、こうだ。
吾輩に全く関心がない。
その癖、気持ち良く外遊びをして帰れば、
「何て汚い猫なの!」
と、吾輩を風呂に入れようとする。
全くもってけしからん。
……と、ここまでは、まだ許容範囲なのだ。
問題は、この屋敷に後からやって来て、二階に居座る三人。
一番新入りの断髪女。
吾輩を見る目がおかしい。
常に、顔に何か付いていないか、探るような目付きなのだ。
そして時折吾輩を捕まえては、頭をゴリゴリと確認する。そうやって一通り探っておいて、
「やっぱり何もないわね」
と吾輩を離し、何事もなかったかのように去っていく。
極めて不届きである。
吾輩は猫なるぞ?
猫に対して「可愛いでちゅね♪」以外の声掛けが許されるとでも思っているのだろうか。
それから、あの子供。
癖のある髪に桃色の頬の、可愛らしい顔立ちをしているにも関わらず、可愛げというものを知らぬ目をしている。
そして、吾輩の姿を見る度に、何やら不穏な笑顔を見せる。
……その後気付けば、全く心当たりのない場所にいたりする。
そういう時は必ず、非常に体が重いのだ。
あの子供に、近寄ってはならない。
近頃は足音を聞き分けて、あの子供から逃げるようにしている。
しかし、それにも増して許せないのが、背のヒョロ長い貧相な男である。
――吾輩には分かる。あの人間は、極度の猫嫌いだ。
吾輩の姿を視認すれば、ギョッとした顔で足を止める。それから引き攣った笑顔を取り繕って我輩に寄ってくる。
「おやおや、クロさんではありませんか……」
どうやら、吾輩に取り入らねば、この屋敷の居候という身分が危うい、という認識はあるらしい。
……だが、あの者に、決して近付いてはならない。
どういう訳か、とんでもなく恐ろしい犬の気配がするからだ。
そのため、あの人間からは、全力で逃げる事にしている。
そんな感じで、不満はあるものの、吾輩はこの屋敷に居てやっている。
何より、二階の屋根から見下ろす神田の下町の風景は、吾輩から見ても実に良いものなのだ。
……それに、あの場所に近い。
吾輩が最も信頼を置く人間。それは……。
「あらー、クロちゃん。今日も来てくれたんだねー。はい、鰹節だよ」
神田明神の参道にある蕎麦屋の女将。
上等な鰹節を無償で吾輩に捧げるあの者こそ、吾輩が最も心を許す人間である。
「相変わらず可愛いでちゅね~♪」
「ゴロゴロゴロ……」
壁|- ·̫ -)ฅ『第肆話──壺』で、またお会いするニャ
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