久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ

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1巻

1-2

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「……はあ……」

 彼女は大きな溜息を吐いてたたみに上がり、ペタンとへたり込んだ。
 ――いっそ、あの屋敷に引越してしまおうかしら。そうすれば……いやいや、あんな妙な奴につけ入る隙を見せたら終わりだわ。
 ふと浮かんだ発想を、桜子は首を振って否定した。
 そして契約書を読めと言われた事を思い出す。
 彼女は肩掛け鞄から封筒を取り出し、中の紙を開いた。
 そこには、探偵社の看板と同じく、ギリギリ読める程度の乱雑な文字が並んでいる。
 出退勤時間、仕事の内容、賃金について。それから……。
 桜子は最後の二行を読んで眉をひそめた。

『応接ノ奥ノ扉ハ決シテ開ケヌヤウニ』
「……応接の奥? 扉なんてあったかしら?」

 それから最後にこう書かれていた。

『同封ノ御守ヲ肌身離サズ持チ歩クヤウニ』

 そこで桜子は、封筒の中にまだ何かあるのに気が付いた。
 出してみると、神田明神の御守袋だ。

「……は?」

 意味が分からない。犬神零は結界がどうのとか将門公がどうのとか、妙な話ばかりしていたが、一体どういうつもりなのか。しかし、そのまま捨てるほど不信心ではない。桜子はワンピースのポケットに御守袋を納め、そのままゴロンと横になった。



【弐】扉ノ向コウニ棲マヒシ者


 ――翌朝。

「おはようございます!」

 靴音高く、椎葉桜子は犬神怪異探偵社の扉を開いた。長靴下を買い直し、洋装を貫いたのは、桜子なりの意地だ。
 だが、返事はなかった。事務所を見渡しても人影はない。

「……え?」

 桜子は仕方なく中に入り……そして、応接テーブルの置き手紙を見付けた。
 そこには、やはり読みにくい字でこうあった。

『出掛ケマス。掃除ヲヨロシク』

 そして最後に、こう付け加えてある。

『左ノ扉ハ絶対ニ開ケヌ事』

 そういえば、契約書にも扉を開けるなと書かれていた。
 桜子は辺りを見回し、窓とは反対側に目をやると、果たして、そこには扉があった。
 コート掛けの陰になり、長椅子からは死角になっていて、昨日は気付かなかったのだろう。
 桜子は扉に近付く。入口と同じく樫の扉。ピタリと閉ざされ、その向こうは窺い知れない。
 しかし、気になるからといきなり開けるほど、桜子は子供ではない。一旦テーブルに戻り、前掛けをして腰に手を当てた。

「さて、お仕事よ」

 ハタキで棚のほこりを落とし、ほうきちりを集める。机を拭き、窓を拭き、床を拭く。流しのティーカップを洗い、茶箪笥の整理をして、屑入くずいれにゴミをまとめる。
 ……しかしながら、客はおろか、主の犬神零も帰って来る気配はない。
 ポツンと一人きりの事務所。慣れない場所に無為むいに置かれるのは、心許ないものだ。
 そんな時はつい、余計な事を考える。
 ――あの扉の向こうには、何があるのかしら。……開けなきゃいいのよね。
 桜子は足音を忍ばせて扉に近付いた。扉に耳を当てて様子を窺う。
 すると、中で物音がした。カラカラと何かを転がすような音。そして、子供のつぶやごえ
 ――子供? もしかしたら、昨日の悪戯書きの犯人だろうか? ……ひょっとして、あの人の隠し子とか? 学校にも行かせないで部屋に閉じ込めておくなんて、許せないわね。
 桜子は一旦退がり、窓の外を確認する。通りに犬神零の姿がないと見ると、再び扉の前に戻った。
 ノブをつかみ、ゆっくりと引く。扉は音もなくスッと動いた。
 桜子が中を覗くと、そこは納戸なんどのようだった。
 六畳ほどの広さの小部屋。四方を棚に囲まれ、そこに雑然と物が置かれている。天窓からの光で、中は明るい。
 ……その天窓の下の床に、一人の子供がこちらに背を向けて座っていた。七、八歳くらいの男の子だ。毛先がクルンとした髪をツヤツヤさせ、白いシャツに紺色こんいろのチョッキを着て床を見下ろす。先程よりはっきりと聞こえる音から察するに、サイコロを転がしているようだ。そしてブツブツと独り言を呟く。

「……八……十一……五……三……」

 桜子は察した。学校に行かせてもらえないから、サイコロの目を数えて、自分で勉強をしているのだ。こんな薄汚い部屋に閉じ込めるなど、虐待ぎゃくたいに他ならない。
 何て可哀かわいそうな子なの――と、桜子は声を掛けた。

「もう大丈夫よ、安心して。私が助けてあげるから」

 すると子供はビクッと振り返った。見開いた目は黒曜石こくようせきのように輝き、柔肌やわはだまばゆいばかりの美少年だ。
 桜子は手を差し伸べた。

「私に任せて。ここから出してあげる。さあ」

 だが、少年の口から飛び出したのは、子供らしからぬ言葉だった。

「無礼者! 無断で扉を開けるなとあれほど申しておいたのに、何故なにゆえ開いた!」

 キョトンとしたのは桜子の方だ。

「え? だってあなた、あの人の隠し子で、ここに閉じ込められてるんでしょ?」
「たわけが。思い込みもはなはだしい」

 少年はよいしょと立ち上がり、桜子を部屋から押し出して、バタンと扉を閉めた。
 桜子はそのまましばらくポカンと樫の木目を眺めた。
 ……何なの、あのガキンチョ。お公家くげかお武家みたいな話し方をして偉そうに。
 猛烈に腹が立ってきて、桜子は再びノブを引いた。
 扉はスッと開き、少年が苛立った表情をこちらに向けてくる。

「分かったわ。私があなたに礼儀を教えてあげる。さ、こっちに来なさい」
「嫌じゃ」

 桜子は少年の腕を引っ張った。

「嫌じゃないわ。さあ、来るのよ」

 いくら生意気を言っても、子供の腕力では大人にかなわない。

狼藉ろうぜきを働くとは許せぬ!」

 少年はジタバタと抵抗しつつもられ、挙句あげくに桜子の手を引っ掻いた。

「痛ッ!」

 桜子が手を緩めた隙に、少年は彼女の横をすり抜けて事務所に飛び出す。

「待ちなさいよ、コラ!」

 桜子が追い掛けると、少年は身軽に机を回り込む。そしてタタッと納戸に戻り、再び彼女の目前で扉を閉めた。

「……本気で腹が立ってきたわ」

 桜子は両手でノブを引っ張る。しかし、今度は内側からも引っ張っているようで、簡単には開かない。

「出てきなさいよ、このクソガキ! らしめてやるわ」
左様さように言われてノコノコ出ていく阿呆あほうがおるか!」

 しかし、引っ張り合いなら体が大きい方が勝つのが道理である。桜子がグイと体重を掛ければ――

「アアッ!」

 と扉に引かれて少年は転がり出た。
 桜子は腰に手を当てて睨み下ろした。

「覚悟なさい!」

 しかし、少年にひるんだ様子はない。彼は忌々いまいましげに舌打ちすると、ニッカポッカのポケットから何かを取り出した。

「致し方あるまい」

 少年が腕を振ると、ピンと伸ばした中指と薬指の間に挟まれた、紙切れのようなものが手から離れる。それはくるくると宙を舞い、桜子の目の前でピタリと静止した。
 白い和紙を人の形に切り抜いた人形ヒトガタ。おはらいに使うようなやつだ。しかしそれが、空中にピタリと留まっている状況は、桜子には理解できない。

「……え……?」

 動揺する桜子に、少年が吐き捨てる。

六合りくごうよ、いでよ」

 すると、人形がほむらに包まれた。黄金色の鮮烈な光を放ち、それはある形を象った。
 ――顔。柔和にゅうわ老爺ろうや。細めた目尻にしわが寄り、白い顎髭あごひげが揺れる。まるで、おきなの能面のよう。
 その顔だけが、桜子の目の前に生々しく浮いているのだ。そんな異常な状況を前にして、冷静でいられるはずがない。
 桜子は腰を抜かした。そして大きく目を見開いて息を吸う。それが絶叫ぜっきょうになる寸前。

「黙らせよ」

 少年が言うと、老爺の顔がフッと微笑む。桜子の目は、その視線に捉えられた。
 途端に体が重くなる。意識が薄らぐ。

「あ……あれ……」

 このままだと眠ってしまう。桜子は必死で床をい、長椅子に半身を預けた。しかしそこで、彼女の意識は途切れた。


 ……目を開くと、知らない顔が桜子を覗き込んでいた。
 白髪しらがじりの結髪ゆいがみに、洗いざらしの割烹着かっぽうぎの、恰幅の良い婦人。彼女はたるんだ目元を細めて、桜子に話しかける。

「やっとお目覚めかい? 仕事始めから昼寝とは、いい度胸だね」

 その言葉にハッとして、桜子は飛び起きた。
 ……毛布が掛けられている。かなりの長時間、寝入っていたという事だろう。しかし、桜子に昼寝をした覚えはない。

「あ、あの、私、そんなんじゃ……」

 否定したいが、眠る前の行動が一切思い出せない。それに、この婦人が誰かも分からない。
 すると、奥から聞き覚えのある声がした。

「隣家のサダさんです。お裾分すそわけを持ってきてくださったところ、あなたが寝ていたので、毛布を貸してくれたんですよ」

 そう言いながら、犬神零は湯気の立つティーカップをテーブルに置いた。

「目覚ましにどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」

 桜子は礼を言って毛布をサダに返し、舌がしびれるほど渋い紅茶を一気に飲み干した。

「シゲちゃんの紹介って言うから、どんな子かと思ったけど、なかなか大した子だね」

 サダが嫌味を言う。桜子はむくれて見せたものの、反論できない。

「しかし、桜子さんがきちんと掃除をなさったのは、見れば分かります。何か、特別な事情があったのでしょう」

 零にそう言われて、サダは渋々引き揚げていった。

「さて……」

 呆然ぼうぜんとする桜子の向かいに、零は腰を落ち着けた。

「あの扉を開けたのでしょう?」

 彼の指が示す方向にある扉。
 混乱する桜子の様子に、零は苦笑した。

「無理もありません。あの方に術を掛けられたのでしょうから」
「……術?」

 零はわざとらしく周囲を見回し、声をひそめた。

「明治の世になってからは、名乗る事を禁じられていますから、こんな話が他に漏れると、私はお縄になってしまいます。ですから、内緒ですよ?」
「はぁ……」
「私、陰陽師おんみょうじの一族でして」

 キョトンとする桜子の前に、零は一枚の名刺を置いた。

「犬神『怪異』探偵社――昨日は詳しく説明しませんでしたが、私、ただの探偵ではないのです。もちろん、人捜しや浮気調査、飼い猫の捜索なんて事もします。ですが、私が専門とするのは、人が起こした事件ではなく、呪いが引き起こす『怪異けい』です」
「け、い……?」
「普通は怪異かいいと読みますけどね。我々の業界では『怪異けい』と呼びます。常識では説明のつかない不可解な現象、とでも言いますか。それもそのはず。何せ犯人は、人の『心』ですから」
「…………?」
「その不可解な現象の原因を取り除くのが、我々陰陽師の仕事です。その原因は、大抵『あやかし』や『鬼』と呼ばれる存在です。妖と鬼は何が違うのかと言うと、妖は積極的に人に害を為さない存在、鬼は害を為す存在。人間側の都合でそう呼び分けているだけで、元は同じものです。そして、妖や鬼を呼び寄せるものは、必ず、人の負の感情、つまり『呪い』なのです」

 昨日と同じく、零はベラベラと口を動かし、桜子はポカンとそれを眺める。

「ですから、鬼を退治するだけでは、怪異は終わりません。呪いがまた別の鬼を呼び寄せますから。人の心の形を完全に解明し、呪いを解かなければ、真に解決とは言えないのです」

 昨日も、勘違いした零が『覚悟』が何とか喋っていたが、それはこういう意味だったのかと、桜子は理解した。

「そして、桜子さんも聞いた事はありますかね、『式神』という名を。一部の陰陽師が使役する鬼の事ですが、なぜ鬼を『神』と呼ぶのか。それは、鬼と神もまた、根源は同じものだからです。人にとって都合良く作り変えた鬼を神と呼ぶ場合があるんです。もちろん、太古より存在する原初の神もいます。そういう存在は、我々には祓う事が困難でしてね、触らぬよう、たたられぬよう、ご機嫌を取り続けている。人と神との関係は、そういう……」

 黙っていたら、いつまでも話は終わらないだろう。桜子はコホンと咳払せきばらいをした。

「それとあの扉と、どういう関係が?」

 すると零は気まずそうに頭を掻いた。

「つい余計な話を。あの扉の向こうには子供がいまして。親族の子供なんですがね、あまりに能力が高くて、持て余した末に、私が預かる事になったのです」
「へぇ……」
「陰陽師というのは、基本的には占い師や祈祷師きとうしたぐいです。ですが時折、異能を持つ者が現れる。先程言った『式神』です。式神は本来、人に害を為す鬼ですから、それを手懐てなずけるというのは並大抵の事ではありません。自由自在に操れるのは、ごく一部の異能を持つ者のみ。もちろん、私はそんなもの使えません」
「はぁ……」
「それは便利であると同時に、とても恐ろしいものです。悪意のある使い方をすれば、人を傷付けたり、世の中を混乱におとしいれたりもできる。先程、桜子さんを眠らせたのも、式神の能力です。……そんな事情で、仕方なく預かったものの、ひねくれ者で手を焼いていましてね。自分の城とばかりに納戸に引きこもって、私も入れてもらえません」
「ふうん……」
「ですから、あまり刺激しないように。良いですね?」

 そう言って零は、テーブルに置かれた小鉢を桜子に勧めた。

「サダさんに頂いたハゼの佃煮つくだにです。江戸っ子らしく、口は悪いですが、佃煮の味は絶品です」

 釈然しゃくぜんとしないまま、桜子はハゼをまんだ。濃い目の味付けは、なるほど美味おいしい。

「ところで……」

 零も一匹摘まみながら、軽く腕を組んだ。

「若い女性にお伺いしたいのですがね」
「何ですか、急に」

 二匹目を手に取り、桜子は零にチラリと目を向けた。

「女性にとって、衣装とは、沢山持っていた方が良いものですか?」

 唐突な質問をいぶかしく思い、桜子は犬神零を観察するが、その薄笑いからは何一つ読み取れない。
 彼女は仕方なく答える。

「うーん、手入れや片付けが大変だし、私は、気に入ったのが何枚かあればいいわ」
「そうなのですね、なるほど……」

 零はわざとらしい仕草で手を顎に当てた。桜子に聞かせたい話があるが、自分から話すのは秘密保持の立場上良くない。だから、桜子に聞かれて仕方なく……という体裁を作りたいのだろう。
 その思惑おもわくに乗るのは癪だったが、好奇心には勝てず、桜子は三匹目のハゼを口に運びながら尋ねた。

「何で、そんな事を聞くんですか?」

 すると案の定、零はニヤリとして話しだした。

「いえね、今依頼を受けている方が、言わば衣装中毒のような方でして……」


 ◇


 ――御影みかげ弥生やよいが犬神怪異探偵社を訪れたのは、七日前の事だった。
 歳の頃は十七、八だろう。長く下ろした黒髪に、斬新な柄のワンピースが目を引く。しかしそのよそおいに負けないほど、彼女自身の容姿も非常に整っていた。
 赤いハイヒールを鳴らして応接に進み、長椅子にドカリと座ると、弥生は零に言った。

「扉を開けてほしいの。お金ならあるわ」

 ――おやおや、随分な物言いをなさる。零は紅茶を淹れながら応えた。

「建て付けが悪いのなら建具屋に、鍵を失くしたのなら錠前屋じょうまえやに行かれては?」
「もちろん行ったわよ。でも全部断られたわ。だからここに来たの」

 不機嫌に零を見据みすえるその容貌ようぼうは、絵画から飛び出てきたように美しい。ただ、あまりに整いすぎているため、人間味に欠ける印象を受ける。
 零は弥生の前にティーカップを置き、自分も向かいに腰を下ろした。

「お受けできる保証はありませんが、どのような扉なのか、お聞かせ願えますか?」

 すると弥生は、黒いタイツに包まれた形の良い脚を組んだ。

「土蔵の扉よ」
「ほう、どのような土蔵で?」
「うちは昔からの地主で、代々の家宝とか、村の祭りの道具なんかが収められてるらしいわ」
「いつから開かないんです?」
「私が物心つく前から」
「それは随分ですねえ」

 弥生が手を付けないので、零は自分のティーカップを手にした。

「どうして開かないのですか?」
「大きな錠前が五つ、ぶら下がってるの」
「しかし、錠前ならば錠前屋……」
「だから、錠前屋には断られたの。蔵の前まで来たけれど逃げ帰ったわ」

 零は目を細めて弥生を見据えた。

「なぜ?」

 弥生は少し躊躇を見せた後、うつむき加減に答えた。

「異常なの。おかしいのよ。けれど、なぜそうしているのか、両親に聞いても答えてくれないの。鍵を失くしたとしか」
「具体的には、どう異常なんです?」

 弥生は組んだ脚を解き、膝を揃えて手を置いた。

「御札よ。御札が、元の扉が見えないほど貼り重ねられているの」
「……なるほど」

 確かに尋常じんじょうではない。
 つまり、そうまでして隠しておきたい何かが、その蔵には眠っているという意味だろう。
 零のところに持ち込まれるべき案件には違いない。
 今度は零が脚を組んだ。

「異常なのは御札だけですか? 奇妙な現象などはありませんか?」
「音がするわ」
「音、というと?」
「小さい頃から、あの蔵が怖かった。夜になると、妙な物音がして」
「どんな音です?」
「ガサッ、とか、ゴトッ、とか」
「それだけ?」
「それだけよ」

 ……おかしい。扉を封印する理由としては、怪異が小さすぎる。
 零は目を細めた。
 その態度が不満だったのか、弥生は刺々とげとげしい声を出した。

「この依頼、受けるの、受けないの?」
「真の解決を望むか否か、あなたのお心次第です」
「……どういう意味?」

 零は膝の上で手を組み、弥生を真っ直ぐ見据えた。

「扉を開けば、あなた、そしてご両親の知られたくない過去、隠さねばならない秘密を解き放つ事になるでしょう。……あなたに、それを受け止める覚悟はおありですか?」

 弥生はくっきりとした目を大きく見開き、零を見返した。
 そしてフッと視線を逸らして立ち上がると――

「いいわ。そうやって断るのね。他を当たるわ」

 そう言って出ていってしまった。
 客を取る気がまるで感じられないその物言いでは、当然の結果である。
 しかし、本当に悩んでいるのであれば、その程度で諦めたりはしないだろう――この時零はそう確信していた。


 果たして翌日、弥生は再びやって来た。
 彼女は昨日とは打って変わって、しおらしく長椅子に納まると、零を見上げる。

「やっぱり、お願いする事にしたわ」

 黒のセーターに黒のスカートというひかえめな衣装の中で、ベレー帽に飾られた薔薇ばらのコサージュが、鮮やかに自己主張をする。

「では、お聞かせ願えますか?」

 ティーカップを弥生の前に置き、零はうながした。

「――あなたの、真の目的を」

 彼女はカップを手に取り、じっと紅い液体を見つめる。

「……お金が欲しいの」
「ほう……」
「だって、開けもしない蔵に、家宝を入れっ放しにしておくなんて、勿体ないじゃない」

 顔を上げた弥生の目は、零を見ると揺らめいた。

「そのお金を、何に使われるので?」

 弥生は恨めしそうに零を睨み、やがて諦めた様子で答えた。

「服が欲しいの。上等な服を何枚買っても、全然足りないの。普通じゃないとは、自分でも分かってる。両親は病気か狐憑きつねつきかと、医者や祈祷師にせたわ。でも、治らないの」


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