上 下
1 / 82
1巻

1-1

しおりを挟む
 第壱話―――― 扉



【壱】犬神いぬがみ怪異探偵社


 ――大正十年、山茶さざんの頃。
 椎葉桜子しいばさくらこはウンザリしていた。
 目の前に座るこの男、見場みばはこの上なく良い。良いのだが……。
 切れ長ですずしげなんだまなこ、色白で整った顔立ちは浮世離れしており、はらりと流した長い前髪が魅惑的みわくてきにそれを引き立てている。その上、細身の長身にまとう、鮮やかな柄物がらものの着流しがいき洒脱しゃだつで、女と自覚する者なら、多くが一目で恋に落ちるだろう。桜子も例外ではなかった。
 ――ほんの少し前までは。
 男の言葉使いは丁寧だし、柔らかく微笑む表情に悪意は見えない。しかし、かれこれ三十分もつらつらと興味の引かれない話をされるのは、かなり辛い。
 徳川家康とくがわいえやすがどうとか、江戸の結界がどうとかという妙な話に、桜子は適当に相槌あいづちを打ちながら、テーブルに置かれた紅茶で場を持たせるのだが、これがあまりにしぶくて閉口する。
 ……何なのよ、この人。そう心の中で舌打ちしつつ、どうやって話を切り上げようかと、桜子はずっと考えていた。
 そもそも、ここに来るまでにも、彼女を不機嫌にする出来事が重なりすぎていた。


 ◇


 家出した桜子が上京して十日。
 田舎いなか生活せいかつに嫌気が差し、職業婦人にあこがれて東京にやって来た彼女だったが、ここが夢の都などではない事に気付き始めていた。
 求人面接に何度も落ち、母の箪笥たんすから拝借したお金も心許こころもとなくなった。家賃を払えなければ、せっかく入居できた下宿にも居られなくなる。
 そこで心機一転、有り金をはたいて断髪ボブにし、洋装を整えた。先進のモダンガールをよそおえば、田舎者だと馬鹿ばかにされることもなくなる、そう思ったのだが……。
 乗り込んだ市電がギュウギュウで、目的の駅を乗り過ごしてしまうし、次の万世橋まんせいばしで押し出されたものの、初めて見るモダンな駅舎に感嘆かんたんする余裕もない。神田川かんだがわから吹き上げる寒風に、クロッシェ帽とワンピースの裾を押さえてすくむ姿は、モダンガールとはほど遠い。
 慣れない革靴で足が痛む。桜子は求人チラシ片手にぎこちなく歩き出したものの、えない事この上ない。
 何とか目印の神田明神かんだみょうじんまで辿たどいたものの、その先の地図があまりに大雑把おおざっぱで、目的地が分からない。入り組んだ裏通りをぐるぐるとめぐり、疲れ果てた桜子は、鳥居の脇に置かれたベンチに腰を下ろした。

「もうちょっとマシな地図を描きなさいよ」

 チラシをうらめしくながめて、桜子はこの日何度目かの溜息を吐いた。
 このチラシは、下宿げしゅくの大家であるシゲが持ってきたものだ。東京に不慣れな桜子にとって、シゲ乃は頼もしい事この上ない存在だった。
 チラシの主は、シゲ乃の知り合いのご近所さんらしく、仕事の内容は雑用とお茶汲ちゃくみ。それで日給一円とは、悪くない条件だ。
 ……チラシのはしのある「探偵社」という言葉が、少々気掛かりではあったが。


「――お嬢さん、どちらまで?」

 顔を上げると、目の前に人力車が停まっていた。車夫が愛想あいそくこちらを見ている。

「え? あ、あの……」

 ドキマギする桜子に、車夫は不機嫌な声を上げる。

「ここは車待ちの場所なんだよ。休憩なら他所よそでやりな」
「ご、ごめんなさい!」

 桜子は飛び上がるように頭を下げて、裏通りへと逃げ込んだ。

「……今日は散々だわ」

 境内の木々が目に入らなくなったところで、桜子は足を止めた。
 どうにも足が痛い。仕方なく、防火用水にもたれて靴を脱いでみる。

「嫌だ、靴擦れができてるじゃない」

 おまけに、長靴下が破れて無惨むざん有様ありさまだ。桜子は周囲をチラリと見渡し、人目がないと見るとそれを脱ぎ捨てた。傷の手当てをし、靴に足を戻したものの、みっともない姿にまた溜息が漏れる。
 ……その時、足元で「ニャー」と声がして、桜子は「ヒッ!」と息を呑んだ。
 見ると、金色の目がふたつ、桜子をじっと見上げていた。ツヤツヤとした毛並みの真っ黒な猫。鈴の付いた首輪をしているから飼い猫だろう。チョコンと座り、物言いたげな目をしている。
 ――ただ、奇妙なことに、ひたいに星の模様が描かれた紙切れを貼られているのだ。

「……な、何かご用?」

 桜子が問うと、猫はもう一度ニャーと鳴き、ついて来いと言わんばかりに背を向けた。

「…………」

 困惑こんわくする桜子をかすように猫が振り向く。桜子は不審に思いながらも心を決めた。

「このまま帰るのもしゃくだから、ついて行ってあげるわ」

 すると、猫は尻尾をピンと立て、トコトコと裏通りを歩き出した。
 下町の街並みをキョロキョロしながら猫に従う桜子の姿は、はたから見れば滑稽こっけいだろう。
 そうして向かった先、ある建物の前で猫は座った。その金色の目が見上げる、小さな板切れ。


犬神怪異探偵社いぬがみかいいたんていしゃ


 お粗末な筆書きでそう書かれた蒲鉾板かまぼこいたが、煉瓦塀れんがべいに貼られている。
 チラシと見比べる。間違いない、目的地はここだ。しかし、と桜子は眉根を寄せた。

「……やる気はあるの?」

 迷いながら何度も通った場所だ。こんな看板では気付くはずがない。

「ニャー」

 猫は桜子の足元に擦り寄った後、看板横の外階段をスタスタと上っていく。
 桜子は狐につままれた気分だった。信じがたいが、この猫は彼女をここへ案内したのだ。
 その背中を目で追い掛けて、桜子はさらに驚いた。
 外階段のある建物が、下町とは思えない、立派な洋館だったからだ。
 赤煉瓦と漆喰しっくいの壁につたからみ、年月を経た瀟洒しょうしゃたたずまいは、まるで御伽おとぎの世界のよう。それを囲う山茶花の生垣いけがきが、現実と空想の境目に見えた。

「ニャー」

 鳴き声にハッと視線を戻す。猫は二階から、「早く来い」と桜子を見下ろしている。
 不思議な洋館に不気味な猫。桜子は躊躇ちゅうちょした。けれど、ここまで来た苦労を思えば、引き返す気にもなれない。
 彼女は恐る恐る階段に足を進めた。
 煉瓦の手すり越しに庭が見える。手入れされた洋風庭園は絵画のようで、目に心地好い。
 階段を上り切ると、いつの間にか猫の姿は消えており、代わりに右手にあるかしの扉が半開きになっていた。
 桜子はソロリと顔をのぞかせる。
 中は小さな玄関ホールだった。ぼやけた絵画が飾られているだけで、人気ひとけはない。
 左右を見回すと、右手に扉があった。
 木のタイルに響く靴音を気にしつつ、桜子はその扉に向かった。そして、チラシを肩掛け鞄に仕舞い、身だしなみを整えていた時。
 貼り紙がしてあるのに気付いて、桜子は目を細めた。
『開店休業中』――子供の悪戯いたずらきのようだ。

「……は?」

 桜子は戸惑った。踵を返して帰るべきだろうか。
 しかし、それを実行に移す前に、真鍮しんちゅうのドアノブがガチャリと動いた。
 扉から顔を覗かせたのは、派手な着物の若い男。
 彼は長身から桜子を見下ろした瞬間、目を丸くする。そして――

「おやおや」

 と、穴が開くほど見つめてくるものだから、桜子はドキマギしながら言い返した。

「あの、何か?」
「いえ、昔の知り合いに似ていまして。失礼しました」

 気まずそうに目をらした男は、扉の貼り紙に気付くと、乱雑にがしてクシャッと丸めた。

「子供の悪戯です。お気になさらず。……どうぞ」

 通されたのは、木組みもあらわな武骨な部屋だった。入って左手に、応接テーブルを挟んで長椅子が二脚とコート掛け。中央のまきストーブには薬缶やかんが置かれ湯気を立てている。奥に茶箪笥と本棚が並び、右手の窓を背に置かれた事務机。装飾など一切ない。
 桜子は手前の長椅子に腰を下ろし、お茶の用意に奥に向かった男の様子を眺めた。
 年齢不詳な容姿ではあるが、落ち着いた物腰から察するに、歳の頃は二十代後半といったところか。そんな彼が言う知り合いとは? それに、こんな殺風景さっぷうけいな部屋に子供がいるのだろうか?
 ……そもそも、妖しげな風体ふうていのこの男。とてもこの洋館の主人には見えない。
 桜子がそんな疑問を脳裏に浮かべていると、ティーカップをテーブルに置きながら、男は心の声に返事をした。

「ここは間借りしているにすぎません。大家さんが女世帯なもので、用心のために住んで欲しいと頼まれまして。私自身は、正直、一文無しですね」

 桜子は驚愕きょうがくした。心を読まれるほど気味が悪い事はない。

「失礼します!」

 桜子が腰を浮かすと、今度は男が慌てた。

「驚かせてしまったのなら申し訳ありません! 私は決して、他人の心を読める訳ではないのです。探偵という職業柄、人の様子を観察するくせがついていまして。……あなたは先程、部屋の中の様子をご覧になった後で、私の格好に目を移した。きっと、立派な洋館に似つかわしくないと思われたに違いない。そう考えたのです」

 桜子をなだめながら、男は再び長椅子を勧めた。


 ……そうして桜子は仕方なく席に戻り、一方的にベラベラとしゃべられて、今に至るという訳なのだ。
 適当な相槌を打つのにもきて、窓に張り付くを眺める段になって、男はやっと我に返った。

「余計なお喋りが過ぎましたね。……要するに、鋼鉄の汽車が走ろうとも、煉瓦の建物が天をつらぬこうとも、あなたの悩みは決して不自然なものではない。むしろ、文明開化によりいにしえの結界が崩れつつある、そのための不可避な現象であるとお伝えしたかったのです。ただし、その怪異を呼び起こす要因は、必ず『人の心』にあります。そのため、解決するには、あなたやあなたに近しい方の秘密を明らかにしなければならない場合もあります。それは、あなたの立場や人間関係を崩壊させるかもしれない。その覚悟はおありですか?」

 ここで桜子はようやく気付いた。
 ――この人は勘違いをしているのだ。
 彼女は澄まし顔で男を見上げた。

「残念ながら、私にはそんな覚悟はないし、あなたの洞察どうさつには間違いがあります。……私は依頼人ではありませんの」

 桜子がかばんから取り出したチラシをテーブルに広げると、男はおやおやと頭をいた。

「これはとんだ失態でしたね。しかし、こちらも応募がなくて困っていました」

 クシャクシャと頭を掻く男を見て、桜子は思った。容姿はともかく、この饒舌家じょうぜつかと付き合っていくのは、とてもじゃないが面倒臭い。
 この求人は断ろうと心を決めた桜子は、容赦ようしゃなく突っ込んだ。

「こちら、とは?」
「いや、こんなご時世でしょう? いくら蘊蓄うんちくを垂れたところで、なかなか依頼人など来やしません。扉に貼ってあった悪戯書きは、満更嘘まんざらうそでないので、余計に腹立たしいです」
「仕事がないのに、どうして雑用係を募集するんです? ちゃんとお給料は払えるんですか?」

 随分ずいぶんと失礼な物言いだが、男はハハハとティーカップを手にした。

「一度依頼があれば、報酬ほうしゅうは大きいので。今も一件、依頼を受けていましてね。調査で事務所を空ける事が多いのです。その間に他の依頼人に来られても、留守では申し訳ない。そんな訳で、留守番兼雑用係をお願いしたいのです」

 そう言って、男は冷めた紅茶を口にした。
 この不味まずい紅茶を平然と飲む味覚が信じられない。そう思いながらも、桜子は考え直した。
 この仕事は間違いなく暇だ。それで給料を貰えるのなら申し分ない。それに、これまで彼女が会った面接官と比べれば、目の前の男は紳士的な態度ではある。変な人なのは妥協だきょうすべきか。
 そんな桜子の様子をどうとらえたのか、男は愛想良く笑った。

「いつから来ていただけますか?」

 桜子は少し勿体もったいぶってから返事をした。

「明日からでも」
「ではお願いします」

 ……あまりに呆気あっけなく仕事が決まるのも、逆に不安なものである。余計な事だと自覚しつつ、桜子は質問した。

「あの……家出者ですが、大丈夫ですか?」
「おやおや」

 男は再び桜子をまじまじと見つめた。

「育ちの良いお嬢様に見えますが、随分と思い切った事をなさいましたね。早いところ、故郷へ帰られた方がよろしいのでは?」

 その言葉に、桜子はカチンときた。

「余計なお世話です」
「ごもっとも、ごもっともですけどね……」

 男は苦笑する。

「何かと物騒ぶっそうですからね、女性の一人暮らしは。そうだ、この屋敷に住まいを移すというのはいかがです? 部屋は余っていますし、ご主人にお願いしますよ。それに、ここは関東の鎮守ちんじゅである将門公まさかどこうまつった神田明神がすぐそこです。あなたには相応ふさわしいと思いますよ」

 桜子は眉をひそめた。
 ――妙な言い草だが、もしかしたら、口説くどいてるつもりだろうか?
 認めたくはないが、桜子は容姿に自信がなかった。だからこそ、簡単に落とせると思われたのだろうか。随分と甘く見られたものだ。
 桜子は毅然きぜんとした態度で言い放つ。

「やっぱりお断りしますわ。失礼します」
「待って! お気にさわりましたのなら謝ります。紅茶をれ直しますから」
「結構です」
「なら、二円、二円にしましょう。一日二円。それでもう一度、考え直してくれませんかね」

 あまりにも必死に引き留めてくる男の様子を不審に思い、桜子は首をかしげた。
 すると男は所在なげに頭を搔いた。

「正直に言いますと、求人を頼んだのが、良くしていただいているおとなりさんでして。その方が知り合いに頼んでくださり、あなたが来た。つまり、この求人が上手くいかないと、私は気まずいのです」
「……なるほど」

 しかし、日給二円とは好条件だ。桜子はオホンと咳払いをした。

「そこまでおっしゃるのなら、仕方ありませんわ。このお仕事、お受けいたします。ただし、私は下宿を出る気はありませんの。それに、二円のお約束、忘れないでくださいね」
「もちろんです」

 男は安堵あんどした顔で、桜子に封筒を差し出した。

「契約書です。後でお読みください。それから……」

 と、男はニコリと笑顔を見せた。

「素足では寒いでしょう。靴下代もバカになりませんから、着物でお越しいただけば大丈夫ですよ。私がこんな風ですし」

 それを聞いて、桜子はカッと顔を赤らめた。この男は、乙女の恥じらいを見て見ぬ振りをするという気遣いができないらしい。

「失礼します!」

 桜子は封筒をひったくり、扉に向かった。

「あと、もうひとつ」

 男が呼び止めた。桜子はキッと振り返る。

「まだ何か?」
「帽子とコートをお忘れですよ。それと、自己紹介を忘れていました」

 男は桜子に歩み寄り、握手あくしゅを求めた。

犬神零いぬがみれいです。どうぞよろしく」


 ◇


「……あのような言い訳をしてまで、何故なにゆえ斯様かよう女子おなごこだわる?」

 事務所に奇妙な声が響く。老人のような、青年のような、子供のような。零の他に人影はない。しかし、彼は不可解に思う様子もなくそれに答えた。

変化へんげして覗き見とは、悪趣味ですね」
「そなたの女子おなごを見る目には及ばぬ。気付いておらぬ訳ではなかろう。あの者は……」
「はい。あれだけの憑依体質ひょういたいしつの方は初めて見ました。よくもここまで、怪異に関わらずに生きてこられたものです」
「ならば何故なにゆえ雇った?」

 零は事務机に腰を預けて、まど硝子ガラスはねを揺らす、季節外れの蛾に目を遣った。

「放っておけないんですよ。あのように無防備にこの魔都を歩き回ったら、この先どんな目にうか」
「そなたの近くに置けば災厄さいやくが防げると? 人助けとでも思うたか。浅はかな。そなたが対峙する怪異が、あの者にいたら如何いかがする?」

 蛾は鱗粉りんぷんを撒き散らしながらパタパタと羽ばたく。

「その時は、小丸に助けてもらいます」

 零はそう言うと、帯の煙草たばこれから根付ねつけを外し、てのひらに置いた。
 獣の骸骨がいこつかたどったそれは、カタカタとあごを鳴らす。まるで主人にじゃれ付くように。

「犬神などという下等な鬼に頼っておるから、そなたは成長せぬのじゃ」
「情け容赦のない式神しきがみよりは、私は好きですね。それに、猫を使って彼女をここへ導いたのは、あなたではないですか」

 零が反論すると同時に、蛾がけむりと化した。
 その煙は床の近くに寄り集まり、小さな人の形を成す。
 毛先にくるんと癖のある髪の少年は、不遜ふそんな目で零をにらんだ。

「客だと思うたのじゃ。そなたに商売気がないから、かせぎ時を見失わぬようにじゃな」

 少年は苛立いらだった様子で、茶箪笥から煎餅せんべいの袋を取り出す。

「とにかくじゃ。何があっても余は知らぬぞ、ナナシ

 彼はそう吐き捨てると、袋を抱えて応接の奥の扉へと姿を消した。

「――人助け、ですか……」

 それを見送り、零は渋い顔で肩を竦めた。

「分かってますよ、ハルアキ様」


 ◇


 浅草の片隅。遠く凌雲閣りょううんかくを望む場所に、桜子の下宿はある。
 木造二階建ての長屋の階段に向かう途中、一階の窓辺で大家のシゲ乃が煙管キセルくゆらせている。そして桜子に気付くと、ニヤリと金歯を見せた。

「面接はどうだった?」
「おかげ様で採用されました。明日から勤めます」
「そりゃあ良かった」

 シゲ乃は人情に厚く、東京暮らしに困っていた桜子が世話になれたのは、幸運というより他ない。……少々お節介なきらいはあるが。
 それからシゲ乃は、興味深々な顔で半纏はんてん羽織はおった身を乗り出した。

「サダちゃんの話だと、探偵さん、絶世の美男だそうじゃないか。実際どうだった?」

 サダとは恐らく、犬神零が求人を頼んだという隣人だろう。桜子は苦笑して答える。

「確かに、容姿はこの上なく良いんですけど、私は、ちょっと苦手かな……」
「おや、随分と面食いだね」

 シゲ乃はニヤニヤと桜子を眺めた。いや、容姿の問題じゃなくて……と言い掛けたが、せっかくの仲介に水を差してはいけないと、桜子は愛想笑いに留めた。


 桜子はシゲ乃に丁寧に礼を言ってから、二階の部屋に向かう。
 そして扉を閉めた途端とたん、どっと疲れに襲われて、彼女は立ち尽くした。
 四畳半の部屋を見渡せば、行李こうりひとつと煎餅布団。あまりに殺風景な部屋は、冬の空気以上に寒々としていた。
 彼女の故郷は北国だ。けれど家は裕福で、火鉢ひばちの火は絶えず、寒いと感じた事がなかった。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。