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── 春の章 ──

(17)結界①

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 すったもんだあったけど、何とか金曜までに図書館新聞は間に合った……結局、パソコンにフリー素材で済ませてしまったけど。
 さくらの気持ちを考えて、『星になる』の紹介は省いたから、ミステリーばかりのラインナップになり、榛名先生は首を傾げた。

 それにしても、デビュー作はファンタジーなのに、どうしてそれからはミステリーばかり書いてるんだろう?
 貸出カウンター近くに設置された机に、図書館新聞で紹介した本を並べながら、私は不思議に思った。

 ――その週末は雨。
 こんな天気では、お店にお客さんも少ないので、手伝いの声も掛からない。
 出かける用事もないから、私は部屋でゴロゴロしていた。

 悠介は卓球の試合で朝早くから出かけて行き、二階は静かだ。
 雨が窓を叩く音を聞きながら、私は小説投稿サイトでめぼしい作品を探していた。

 ココはポテチをつまみつつ、この部屋の元主が押し入れに置いていったマンガを引っ張り出して読んでいる。一昔前に流行った和風ファンタジー。呪術を駆使して怪異を浄化していくバトルもの、だった気がする。
「なあ、この者、陰陽師と名乗っているが、陰陽師は指から光線を出したりしないぞ」
「マンガだからね」
「そもそも、陰陽師の使う式神とはこんな化け物ではない。口から火を吐いたら熱いではないか」
「マンガだからね……」

 上の空で答えてから、私はハッと起き上がった。
「陰陽師?」
「それがどうかしたか?」
「陰陽師……式神……」
「…………?」
「もしかして、陰陽師の知り合いがいたりする?」
 ココはキョトンとした。
「我は式神だからな、陰陽師にあの地に封ぜられてはおるが、それがどうかしたか?」

 ‪⿻‬ ‪⿻‬ ‪⿻‬

 もしかしたら、別の方向からココを解放する方法が見つからないだろうか。古い文献を調べれば、ココのルーツが分かるかもしれない。
 ……これ以上、さくらを傷付けたくない。もしそんな方法があれば……。

 そう考えた私は、午後から市立図書館に向かった。

 高台にある市役所のすぐ横にあるからバスの便がよく、蔵書もそれなりに充実しているようだから、一度来てみたいとは思っていた。
 学校の図書館ほど古くはないけど、改装を重ねた建物はそれなりに年季が入っている。あちこち建て増しされて、さながら迷路のようだ。
 館内案内のパンフレットをもらい、何とか目的地にたどり着く。
「郷土の歴史……か」
 陰陽師が式神を封じた由緒ある祠なら、記録に残っているかもしれない。そう思ったのだ。

 古そうな本を何冊か見繕って閲覧コーナーに運ぶ――そこで周防さくらにバッタリと出くわしたから驚いた。
 彼女はノートパソコンをテーブルに置いて眺めていた。英字のグラフィティのシールが貼られているから私物だろう。
 そして私服の彼女は、制服とは全く違った印象だった。ストレートヘアを下ろし、ガイコツ柄の黒のタンクトップにダブッとしたパーカーを重ねている姿は、ストリート系で近寄りがたい雰囲気だ。

 私が、
「よく来るの?」
 と尋ねると、さくらはヘッドホンを外した。
「家にいたくないから……テーブル、使ったら?」

 休日の午後。雨で遠出する人も少ないのだろう。それなりに席は埋まっていたから、さくらの申し出は助かった。
 私が本の山をテーブルに置くと、彼女は少し慌てた様子でノートパソコンを閉じた――一瞬、ディスプレイが目に入る。小説投稿サイトのようだ。
 作家である母を――小説を書くという行為を拒絶しながらも、血は争えないのかもしれない。

 けれど、さくらはその事には触れない。
「何? この本は」
 と、一番上の郷土資料集を手に取った。
「『シキガミさま』について、何か分からないかなと思って」

 私のその一言で察したらしい。さくらは
「手伝うよ」
 と本の山から何冊かを手元に運んだ。

 しばらく本と睨み合う。
 戦前戦後の古い写真や地図を眺めて、学校付近の情報はないか探す。
 何冊か空振りした後、ようやく開校当時の写真を添えた紹介記事に行き当たったけれど、あの祠については何も書かれていなかった。

「…………はぁ」
 目が疲れて眉間をつまむ。
 気付くと、さくらは荷物を置いたままいなくなっていた。
 そしてココは私の右隣に座って、暇そうに足をブラブラさせている。
「マンガが読みたい」
「図書館にはそういうのはないの」
 私は首を回してから、次の本に手を伸ばす。これは写真が古いどころか旧字体で書かれているから、内容が頭に入ってこない。
「はぁ……」
 また溜息が出る。

 すると、さくらが戻ってきた。
 そして、無言で本を差し出した。
「これは?」
「鎌倉時代のこの辺りの様子描かれた絵巻物をまとめたもの」
「鎌倉時代!?」
 目を丸くした私に、さくらは説明する。
「東浜のルーツは、源頼朝が伊豆に流罪になった事に始まる。彼の従者として京からついて来た八島やしま氏が、鎌倉幕府が開かれた後、その功績を認められてこの地に封ぜられた――とはいえ、鎌倉幕府は北条氏によって乗っ取られたから、八島氏もすぐに滅んでしまったけど」

「へえ……」
 歴史に詳しくない私は、半ば呆然と、さくらが示す絵巻物のページを眺めた。

「八島氏は、東浜を鎌倉みたいな町にしたかったようね。地形が似てると思わない? 南に開けた海と、北側は山になってるところなんか。八島氏は、京にいる当時は陰陽師で……」

「陰陽師!?」
 説明していないにも関わらず、唐突に出てきた言葉に私は仰天した。
「どうして、陰陽師が?」
「昔は、全てを占いで決めたの。町の作り方だってそう――『四神』って聞いた事がない? 東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武ってやつ。青龍は川、朱雀は海、白虎は道、玄武は山……そういう地形を四神相応しじんそうおうって呼ぶの。要するに、陰陽道的に縁起がいい場所って事ね。鎌倉もだけど、東浜もその条件に合致してる」

 さくらは頭がいいと思ってはいたが、勉強以外のこんな雑学にまで精通しているとは。
 目をぱちくりさせながら、私は先を促した。
「それで?」
「八島氏は陰陽師だったから、四神相応のこの土地に、末永く栄えるよう願いを込めて結界を張ったのよ……ここを見て」
 さくらが指したのは、東浜全体を俯瞰した図。
 そこに、四つの目印が記してある。

「東西南北に四つの祠を置いた、とある」

 さくらの言葉に私は息を呑む。
「祠……!」
「そう。そこに祀られたのは、四神――つまり、式神」
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