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── 春の章 ──
(13)五脚目の椅子①
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翌日の放課後。
終業のチャイムと同時に、周防さくらはやって来た。
「人の心の沼とやらを覗いてみるのも一興と思って」
ひねくれているところは変わりなさそうだ。
しばらく無言で過ごす。お互いテーブルで過去の部誌を眺める。
すると、閉館間近で司書業務を切り上げた榛名先生がやって来た。
「悪い、ちょっと手伝って」
向かったのは、生徒会室横の倉庫。
「文芸同好会、映えある初日のミッションを申し渡す」
要するに、ここにある部誌を図書準備室に運ぶ作業だ。
カラーボックスから中身を段ボールに移して先に運んでから、カラーボックスも運ぶ。エレベーターがないから台車は使えない。四階の一番奥の生徒会室と図書館を往復するだけで、何の拷問かと思うほどの重労働だ。
三往復してようやく引越しは完了した。
「こっちの整理は……また明日で……」
榛名先生はそう言って腰をさすった。
「おつかれさんのお礼」と渡されたペットボトルのコーラを手に校門を出る。
夕焼けが学園坂を照らす情景を眺めながら、バス停のベンチに並んでコーラをプシュッと開ける。
父の監督下にあった頃は、「体に悪い」と、コーラなんか飲ませてもらえなかった。
だから、強烈な炭酸が喉の奥を刺激したのに驚いて、私は「ゴフッ」とむせ返った。
「不器用かよ……」
周防さくらは心配したりしない。呆れた目を向けただけで、我関せずとコーラを飲む。
何の干渉もされない彼女との距離感が、私には心地よかった。
同じバス停でも、行き先は別。
さくらの乗る「二本木坂行き」のバスが早く来て、私は手を振りもせず彼女を見送った。
その後来た、海岸通り行きのバスで帰宅する。
その途中、バス停を下りると、部活帰りの悠介に出くわした。
「高校生はいいよな、学校帰りにコーラを買えるもん」
私のカバンからはみ出したペットボトルを見て悠介は嘆いた。
「飲む?」
と差し出してみると、彼は顔を赤くして首をブンブン横に振る。
「女子高生と回し飲みとか、さすがにキツいわ」
「あっそ」
海岸通りの商店街に差し掛かった頃、ちょうど街路灯が点灯しだした。
商店街の入口にある本屋の照明がいつも明るくて、自然と目が行く。
「そういや、週刊ジャックの発売日、今日だっけ」
今どきの中学生でも週刊コミックは読むんだ……と思うと、私は少し興味が出た。
「何を読んでるの?」
「『ジュジュジュ大戦』。今学校でめちゃくちゃ流行ってる」
「面白いの?」
「俺的には、『デーモンスレイヤー・オンライン』の方が好きだけど、流行りモノは履修しとかないと、友達と話が合わないし」
⿻ ⿻ ⿻
友達、か……。
友達って、何だろう?
寄り合い、馴れ合い、取り繕い、自分を殺す。個性などいらない。その場にいるだけの距離感。ぼっちという羞恥心を誤魔化すための存在。
嫌われないよう細心の注意を払い、コミュニティの居場所を確保するために、自分の全てを犠牲にする。
それが普通なのだろうか?
ベッドから見上げる天井は、いつも以上にモヤモヤしていた。
考えれば、気を許せる人にこれまでに出会った事がない。
みんな、私とどこか違う。家族に遠慮なんかしないで、奔放でワガママで。
うちの家族は特殊なんだ……そう思って隠して繕ってるうちに、友達とは何か、分からなくなった。
極めつけに、アメリカで徹底的に拒絶されてから、私はそういう輪に入れない人種であると確信した。
だから、友達などいらないと思った。
けれど……もし、ほんとうの自分をさらけ出して許される相手がいるのなら、友達も悪くない気がする。
そう思った時、脳裏に浮かんだのは、周防さくらの愛想のない顔。
少なくとも、私がイメージする友達像とは違う。
でも、隣にいて焦らないのは、叔母と悠介の他には彼女だけだ。
それはもう、自分をさらけ出している、という事ではないのか?
⿻ ⿻ ⿻
いつも通りのお昼ご飯。
私の弁当袋から勝手に供物を取り出したココは、慣れた手つきでラップを剥がしておにぎりにかぶりついた。
「とりあえず、この部屋が確保できたのは良かった」
「そうね……」
確かに、一応は『文芸同好会』という形式は満たせたから、この部屋はこのまま使えるだろう。
午前中、榛名先生と二人で、倉庫から運んだカラーボックスを配置して部誌を並べた。
「榛名先生が書いた話は?」
と聞いても、断固として教えてくれなかったけど。
すると、殺風景だった壁際が少し賑やかになり、一脚余っている椅子が隅っこに押しやられた。
……そういえば、この余った一脚は何だろう?
この部屋が最後に使われたのが『メアリのために』が書かれた平成三年だとして、あのリレー小説に関わったのは四人。
椅子が五脚必要な理由が分からない。
ふと思って、私はココに聞いてみた。
「ココを呼び出した人が誰なのか分からないとして、何人なのかは分かるの?」
「式神召喚の儀式は、通常五人で行なわれる。あの紙に描かれていただろう、五芒星の配置に人を並べる必要があるからな」
「五人!?」
「それがどうかしたか?」
「いや……」
という事は、『メアリのために』の作者以外に、もう一人存在していた、という事だ。
私は部屋の隅に押しやられた椅子に目を向けた。
もし私に、近頃のミステリー作品によくあるような、場所やモノの記憶を読み取れる能力があるとしたら、この椅子に座っていたのが誰なのか、すぐに解決できるだろうに。
現実とは、実にまどろっこしい。
終業のチャイムと同時に、周防さくらはやって来た。
「人の心の沼とやらを覗いてみるのも一興と思って」
ひねくれているところは変わりなさそうだ。
しばらく無言で過ごす。お互いテーブルで過去の部誌を眺める。
すると、閉館間近で司書業務を切り上げた榛名先生がやって来た。
「悪い、ちょっと手伝って」
向かったのは、生徒会室横の倉庫。
「文芸同好会、映えある初日のミッションを申し渡す」
要するに、ここにある部誌を図書準備室に運ぶ作業だ。
カラーボックスから中身を段ボールに移して先に運んでから、カラーボックスも運ぶ。エレベーターがないから台車は使えない。四階の一番奥の生徒会室と図書館を往復するだけで、何の拷問かと思うほどの重労働だ。
三往復してようやく引越しは完了した。
「こっちの整理は……また明日で……」
榛名先生はそう言って腰をさすった。
「おつかれさんのお礼」と渡されたペットボトルのコーラを手に校門を出る。
夕焼けが学園坂を照らす情景を眺めながら、バス停のベンチに並んでコーラをプシュッと開ける。
父の監督下にあった頃は、「体に悪い」と、コーラなんか飲ませてもらえなかった。
だから、強烈な炭酸が喉の奥を刺激したのに驚いて、私は「ゴフッ」とむせ返った。
「不器用かよ……」
周防さくらは心配したりしない。呆れた目を向けただけで、我関せずとコーラを飲む。
何の干渉もされない彼女との距離感が、私には心地よかった。
同じバス停でも、行き先は別。
さくらの乗る「二本木坂行き」のバスが早く来て、私は手を振りもせず彼女を見送った。
その後来た、海岸通り行きのバスで帰宅する。
その途中、バス停を下りると、部活帰りの悠介に出くわした。
「高校生はいいよな、学校帰りにコーラを買えるもん」
私のカバンからはみ出したペットボトルを見て悠介は嘆いた。
「飲む?」
と差し出してみると、彼は顔を赤くして首をブンブン横に振る。
「女子高生と回し飲みとか、さすがにキツいわ」
「あっそ」
海岸通りの商店街に差し掛かった頃、ちょうど街路灯が点灯しだした。
商店街の入口にある本屋の照明がいつも明るくて、自然と目が行く。
「そういや、週刊ジャックの発売日、今日だっけ」
今どきの中学生でも週刊コミックは読むんだ……と思うと、私は少し興味が出た。
「何を読んでるの?」
「『ジュジュジュ大戦』。今学校でめちゃくちゃ流行ってる」
「面白いの?」
「俺的には、『デーモンスレイヤー・オンライン』の方が好きだけど、流行りモノは履修しとかないと、友達と話が合わないし」
⿻ ⿻ ⿻
友達、か……。
友達って、何だろう?
寄り合い、馴れ合い、取り繕い、自分を殺す。個性などいらない。その場にいるだけの距離感。ぼっちという羞恥心を誤魔化すための存在。
嫌われないよう細心の注意を払い、コミュニティの居場所を確保するために、自分の全てを犠牲にする。
それが普通なのだろうか?
ベッドから見上げる天井は、いつも以上にモヤモヤしていた。
考えれば、気を許せる人にこれまでに出会った事がない。
みんな、私とどこか違う。家族に遠慮なんかしないで、奔放でワガママで。
うちの家族は特殊なんだ……そう思って隠して繕ってるうちに、友達とは何か、分からなくなった。
極めつけに、アメリカで徹底的に拒絶されてから、私はそういう輪に入れない人種であると確信した。
だから、友達などいらないと思った。
けれど……もし、ほんとうの自分をさらけ出して許される相手がいるのなら、友達も悪くない気がする。
そう思った時、脳裏に浮かんだのは、周防さくらの愛想のない顔。
少なくとも、私がイメージする友達像とは違う。
でも、隣にいて焦らないのは、叔母と悠介の他には彼女だけだ。
それはもう、自分をさらけ出している、という事ではないのか?
⿻ ⿻ ⿻
いつも通りのお昼ご飯。
私の弁当袋から勝手に供物を取り出したココは、慣れた手つきでラップを剥がしておにぎりにかぶりついた。
「とりあえず、この部屋が確保できたのは良かった」
「そうね……」
確かに、一応は『文芸同好会』という形式は満たせたから、この部屋はこのまま使えるだろう。
午前中、榛名先生と二人で、倉庫から運んだカラーボックスを配置して部誌を並べた。
「榛名先生が書いた話は?」
と聞いても、断固として教えてくれなかったけど。
すると、殺風景だった壁際が少し賑やかになり、一脚余っている椅子が隅っこに押しやられた。
……そういえば、この余った一脚は何だろう?
この部屋が最後に使われたのが『メアリのために』が書かれた平成三年だとして、あのリレー小説に関わったのは四人。
椅子が五脚必要な理由が分からない。
ふと思って、私はココに聞いてみた。
「ココを呼び出した人が誰なのか分からないとして、何人なのかは分かるの?」
「式神召喚の儀式は、通常五人で行なわれる。あの紙に描かれていただろう、五芒星の配置に人を並べる必要があるからな」
「五人!?」
「それがどうかしたか?」
「いや……」
という事は、『メアリのために』の作者以外に、もう一人存在していた、という事だ。
私は部屋の隅に押しやられた椅子に目を向けた。
もし私に、近頃のミステリー作品によくあるような、場所やモノの記憶を読み取れる能力があるとしたら、この椅子に座っていたのが誰なのか、すぐに解決できるだろうに。
現実とは、実にまどろっこしい。
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