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── 春の章 ──
(1)桜の下の祠①
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桜は別れの花とも言いますが、別れはまた、出会いの始まりなのです――
中学を卒業した時、祝辞で校長先生が言っていた。
確かにその通り。
私が経験した別れも出会いも、全て桜の季節だった。
⿻ ⿻ ⿻
聖セシル学園女子高校は、丘の上にある。
坂の多い、港町の景色が広がる東浜市を一望できる、そんな場所。
校門から真っ直ぐ南へ延びる、通称「学園坂」の先には、入江に囲まれた港が見える。
今日みたいに天気が良い日には、波が陽光を穏やかに反射しているのが、校門に面した図書館の大きな窓からも見えるほど。
海なんか珍しくもないけれど、退屈だったから、私はずっとその光景を眺めていた。
私が眺める窓の前に座る千歳先生――私の担任になる人だ――は、そんな私にようやく顔を向けた。
「本当に、教室には来なくていいの?」
まだ若い。
二十代半ば。多分、教員になって三年目くらい。
ショートカットで、体育会系のサバサバした雰囲気がある。
私はこういうタイプの人が苦手だ。だからあまり関わりたくないと思いながらも、担任という立場の彼女にあまり素っ気なくするのもどうかと思い、最低限の礼儀を心がけて答えた。
「はい、教室には行かないで過ごしたいです」
「でも、高校二年なら、そろそろ受験も考えなきゃいけないし」
「勉強は自分でできますから」
すると、千歳先生の左隣の修道女が口を挟んだ。
「いいのですよ、この学校はどんな事情の子供でも通えるよう、広く門戸を開くのが理念ですから」
修道女だから、顔以外をすっぽりヴェールで覆っている。
髪という情報がないと、年齢や顔立ちといった判断基準があやふやになるから不思議なものだ。
この修道女は、シスター・カタリナ。この学校の校長先生。だから、それなりの年齢なのだろうけど、一般的な「おばさん」のイメージよりも若く見える。
彼女は穏やかな口調で続けた。
「あなたの希望は、叔母さまからお聞きしています。お友達を作りたくないと」
「はい」
「ですが一度、あなたの口から、どうしてお友達を作りたくないのか、聞かせてもらってもいいですか? ――石見雪乃さん」
私は机に視線を移す。
年季の入った木目には、落書きの跡がいくつもある。中には「ずっと一緒」と、友達同士だろう名前を書き連ねたものも。
……私だって、友達がいなかった訳じゃない。
けれど……
「疲れるから。どうせ一年しかこの学校にはいられないのに、頑張って友達を作っても、別れるだけだし」
「…………」
「一人でいたいんです、誰とも関わらないで」
シスター・カタリナは、灰色の目でじっと私を見ていた。
すると、私の右隣に座る叔母が言った。
「この子、昔から引越しばかりしてきて。その度に仲の良い子と別れなくてはならなかったのが、相当辛かったようで」
「お母様のお仕事の都合、ですね?」
「ええ……いきなり宇宙飛行士になんてなるものだから、家族みんなが振り回されて。実の姉ながら、もう少し家族に目を向けて欲しいと思うんですけど」
叔母は、母とは真逆の家庭的なタイプだ。二人姉妹の妹で、姉である母が家を出てしまったから、代々東浜で和菓子店を営む商売を継いだ。
今は、婿養子の叔父と店を切り盛りしている。
二人の息子……私にとっては従兄弟がいるのだが、兄の方は東京の大学へ出てしまい、中学生の弟を和菓子職人にしたいと思っているようだ。
そんな叔母が、私の境遇を見かねて、一年間、私を預かる事になったのだ。
この日は、これから通う事になる転入先の学校の面談。店は叔父に任せ、叔母が私に付き添ってくれた。
一応は保護者の立場の叔母に、千歳先生とシスター・カタリナは学校生活についての話をしていたのだが、やっぱり私のワガママが気になるようだ。
千歳先生が腑に落ちないといった表情をしながらも、
「では、保健室通学という事にしましょうか。今でも十人ほど、そうやって通学している生徒がいますので。仲間がいれば……」
と言ったのを、私は遮った。
「仲間とかいらないです」
私の意固地な態度に、千歳先生は表情を曇らせた。
「なら、どうすればいいの?」
「一人きりになれるところがいいです。誰にも話し掛けられない、一人きりの場所」
千歳先生とシスター・カタリナが顔を見合わせる。学校に入る前から注文の多い生徒に困っている様子だ。
すると。
「あの……」
と、別のところから声がした。
先生たちは顔を上げ、私は振り返る。
すると、図書館の貸し出しカウンターの奥にいる、分厚い眼鏡をした女性がこう言った。
「図書館は、どうですか?」
「…………」
「授業中は誰もいないし。解放中でも、図書館は私語禁止なので、誰にも話し掛けられません」
「図書館、ですか……」
シスター・カタリナが答えると、眼鏡の女性は大きくうなずく。
「私はずっとここにいますから、監督もできます」
「ですが……」
すると彼女は、眼鏡をクイッと上げて見せた。
「確かに私は弱視ですけど、人がいるかいないかくらいは見えてます。そう簡単にサボれませんよ」
――それが、図書館司書の榛名先生との出会いだった。
中学を卒業した時、祝辞で校長先生が言っていた。
確かにその通り。
私が経験した別れも出会いも、全て桜の季節だった。
⿻ ⿻ ⿻
聖セシル学園女子高校は、丘の上にある。
坂の多い、港町の景色が広がる東浜市を一望できる、そんな場所。
校門から真っ直ぐ南へ延びる、通称「学園坂」の先には、入江に囲まれた港が見える。
今日みたいに天気が良い日には、波が陽光を穏やかに反射しているのが、校門に面した図書館の大きな窓からも見えるほど。
海なんか珍しくもないけれど、退屈だったから、私はずっとその光景を眺めていた。
私が眺める窓の前に座る千歳先生――私の担任になる人だ――は、そんな私にようやく顔を向けた。
「本当に、教室には来なくていいの?」
まだ若い。
二十代半ば。多分、教員になって三年目くらい。
ショートカットで、体育会系のサバサバした雰囲気がある。
私はこういうタイプの人が苦手だ。だからあまり関わりたくないと思いながらも、担任という立場の彼女にあまり素っ気なくするのもどうかと思い、最低限の礼儀を心がけて答えた。
「はい、教室には行かないで過ごしたいです」
「でも、高校二年なら、そろそろ受験も考えなきゃいけないし」
「勉強は自分でできますから」
すると、千歳先生の左隣の修道女が口を挟んだ。
「いいのですよ、この学校はどんな事情の子供でも通えるよう、広く門戸を開くのが理念ですから」
修道女だから、顔以外をすっぽりヴェールで覆っている。
髪という情報がないと、年齢や顔立ちといった判断基準があやふやになるから不思議なものだ。
この修道女は、シスター・カタリナ。この学校の校長先生。だから、それなりの年齢なのだろうけど、一般的な「おばさん」のイメージよりも若く見える。
彼女は穏やかな口調で続けた。
「あなたの希望は、叔母さまからお聞きしています。お友達を作りたくないと」
「はい」
「ですが一度、あなたの口から、どうしてお友達を作りたくないのか、聞かせてもらってもいいですか? ――石見雪乃さん」
私は机に視線を移す。
年季の入った木目には、落書きの跡がいくつもある。中には「ずっと一緒」と、友達同士だろう名前を書き連ねたものも。
……私だって、友達がいなかった訳じゃない。
けれど……
「疲れるから。どうせ一年しかこの学校にはいられないのに、頑張って友達を作っても、別れるだけだし」
「…………」
「一人でいたいんです、誰とも関わらないで」
シスター・カタリナは、灰色の目でじっと私を見ていた。
すると、私の右隣に座る叔母が言った。
「この子、昔から引越しばかりしてきて。その度に仲の良い子と別れなくてはならなかったのが、相当辛かったようで」
「お母様のお仕事の都合、ですね?」
「ええ……いきなり宇宙飛行士になんてなるものだから、家族みんなが振り回されて。実の姉ながら、もう少し家族に目を向けて欲しいと思うんですけど」
叔母は、母とは真逆の家庭的なタイプだ。二人姉妹の妹で、姉である母が家を出てしまったから、代々東浜で和菓子店を営む商売を継いだ。
今は、婿養子の叔父と店を切り盛りしている。
二人の息子……私にとっては従兄弟がいるのだが、兄の方は東京の大学へ出てしまい、中学生の弟を和菓子職人にしたいと思っているようだ。
そんな叔母が、私の境遇を見かねて、一年間、私を預かる事になったのだ。
この日は、これから通う事になる転入先の学校の面談。店は叔父に任せ、叔母が私に付き添ってくれた。
一応は保護者の立場の叔母に、千歳先生とシスター・カタリナは学校生活についての話をしていたのだが、やっぱり私のワガママが気になるようだ。
千歳先生が腑に落ちないといった表情をしながらも、
「では、保健室通学という事にしましょうか。今でも十人ほど、そうやって通学している生徒がいますので。仲間がいれば……」
と言ったのを、私は遮った。
「仲間とかいらないです」
私の意固地な態度に、千歳先生は表情を曇らせた。
「なら、どうすればいいの?」
「一人きりになれるところがいいです。誰にも話し掛けられない、一人きりの場所」
千歳先生とシスター・カタリナが顔を見合わせる。学校に入る前から注文の多い生徒に困っている様子だ。
すると。
「あの……」
と、別のところから声がした。
先生たちは顔を上げ、私は振り返る。
すると、図書館の貸し出しカウンターの奥にいる、分厚い眼鏡をした女性がこう言った。
「図書館は、どうですか?」
「…………」
「授業中は誰もいないし。解放中でも、図書館は私語禁止なので、誰にも話し掛けられません」
「図書館、ですか……」
シスター・カタリナが答えると、眼鏡の女性は大きくうなずく。
「私はずっとここにいますから、監督もできます」
「ですが……」
すると彼女は、眼鏡をクイッと上げて見せた。
「確かに私は弱視ですけど、人がいるかいないかくらいは見えてます。そう簡単にサボれませんよ」
――それが、図書館司書の榛名先生との出会いだった。
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