奇談屋「獄楽堂」

山岸マロニィ

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CASE1 菅池しおりの場合

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 二人は、大きく見開いた目を見合わせた。
 そして、圭人が声を上げた。

「ちょ、ちょっと待てよ。……は? 消しゴム一個だぜ? 何で五万八千円に?」
「五年四ヶ月は長いですからな」
「計算方法がおかしくありません? 全部掛け算してましたよね?」
「うちの計算方法では、そうなります」
「は? 意味わかんねぇ。ぼったくりだろ」
「法令違反じゃありませんか?」

 獄楽は薄笑いを浮かべたまま、細い目で二人を見比べる。

「そもそも、私は消しゴムを二千円で買い取った訳ではないのですよ。中古の消しゴムなどに、価値があるとお思いか? 私は、あなたがたの不思議な話を――元手はタダのものに、お支払いしているのですよ。思い出話を取り締まる法律など存在しない事は、ご存知でしょうな?」
「…………」
「これでも、私の心ばかりの御祝儀として、割引させて頂いたのですがね。――ご納得頂けないようでしたら、このままお帰りくださって結構です」

 二人は反論できずに、むっつりとした顔を見合わせた。
「どうぞ、ご遠慮なく。お帰りくださって結構ですよ。そうすれば、この消しゴムは後ほど、こちらで処分させて頂きますからな。……あなたがたの、思い出と共に」

 しばらく悩んだ二人だったが、やがてしおりが顔を獄楽に向けた。
「分かりましたよ。……お預けする時に、確認しなかったのが悪いんです。お支払いします」
「それはそれは、ありがとうございます」

 しおりがバッグから財布を出すと、獄楽は高坏を手で示した。そこに金を置けと言うのだろう。
 すると、圭人がそれを遮る。
「待って。……ここは僕が払うよ」
「それは申し訳ないわ」
「僕に払わせてくれ」

 そう言うと、圭人は高坏に六万円を置き、ココを顎でしゃくった。
「あんたからの祝儀なんかいらない。……これでいいんだな?」
「それはそれは。ありがとうございました。またのご利用を……」
「二度と来るか!」


 ***


 二人が去った後、ココが高坏を引き寄せ、一万円札を揃えて袱紗に包んだ。
 そして、子供らしい無邪気な声で獄楽に言った。
「さすがお師匠、本当にあいつら払って行ったよ。さすがに吹っ掛け過ぎだと思ったけど」
「そうでしょうか? 私は彼らの顔を見た瞬間から、相当吹っ掛けても払うだろうと、思っていましたよ」
 そう言って獄楽はココから袱紗を受け取り、懐に納めた。
「どうして分かったの?」
 小首を傾げるココに、獄楽はニヤリと満悦の笑みを向ける。

「まず、彼女は大学生。いくら裕福な家庭とはいえ、小遣いは限られている。一方彼は、服装や髪型から見るに、社会人でしょう。高卒から地道に二年も働いていれば、それなりの蓄えがあってもおかしくない。そして、彼は彼女を相当意識している。彼女をモノにするために、いいところを見せたいに違いない。ならば、少々高くても払うだろうと、そういう予想です。……ブランド物のアクセサリーを買う気になれば、そんなものでしょう」

「なるほど……」
 ココは胡坐をかき、火鉢の縁に手を置いた。
「相変わらず悪どいね、お師匠は」
「人聞きの悪い事を言うものじゃありませんよ。質屋は商売ですから、如何いかに儲けるかを考えるのは当たり前じゃあないですか、――狐子ココ

 ココは寒そうに首を竦めると、ヒョイと立ち上がった。
 窓の外は夕焼けに染まり、藪を黒々と浮き上がらせている。
 クンクンと匂いを嗅ぐ仕草を見せて、ココは言った。
「今晩は冷えそうだ。晩飯は温かいモンがいいな。せっかく大金が入ったんだ。すき焼きにしようよ」
 そう差し出された小さな手に、獄楽は苦笑いして一万円を置いた。
「無駄遣いはするんじゃありませんよ」

 ――ココが買い物に出掛けた後、獄楽は店を閉めに外へ出た。
 路地裏を吹き抜ける風が頬を刺し、首を竦める。

 風の方角に目を遣れば、急坂の下に広がる町に、ぽつりぽつりと明かりが灯りはじめた。その向こうでは、碧かった湾が黒く沈み、連なるヘッドライトが橋を浮かび上がらせている。

 暖簾の竿を外し、戸の内側に掛ける。雨戸を閉めて、軒下にぶら下がる看板を裏返す。

 雨戸のくぐり戸が閉ざされた、静まり返った路地裏に街灯がついた。
 点滅するその明かりが、風に揺れる看板を照らす。


 ――本日の営業はここまで。またのお越しを――
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