奇談屋「獄楽堂」

山岸マロニィ

文字の大きさ
上 下
10 / 12
CASE1 菅池しおりの場合

しおりを挟む
「――ですが、その前に。もうひとつだけ確認を」

 胡座をかいた膝に手を乗せ、獄楽は身を乗り出した。
「その古いトイレは、その後、どうなりましたか?」

 しおりは顔を上げ、記憶を探るように答えた。
「確か、あの事件があって間もなく、道路の拡張工事があって、壊されました。結局、あの『声』が何だったのか、分からずじまいで」
「……あなたはそれから、何事もなく?」

 そう言われ、しおりの顔は青ざめた。あの恐ろしい声を思い出したのだ。
 ――ユ る サ な ィ。
 しかし、記憶にある限り、怪奇現象はあの時だけで、あとはごく普通に過ごしてきた。

 どきまぎしながら、しおりは返事をした。
「……はい、何も……」
「分かります、分かりますとも」
「…………?」

 獄楽は細い目を更に細める。
「あなたが幼い頃にお亡くなりになった、お祖父様、お祖母様に、お会いになった事は?」
「何度か会った事はあるそうなんですが、記憶にないんです」
「なるほど、なるほど……」

 獄楽は着物の袖に手を入れて腕を組んだ。
「お祖父様、お祖母様の事を、常に心に置いて、お大事になさい」
「はぁ……」
「ずっと見ておられますよ。――あなたは、生まれてこのかた、ひとりぼっちだった事などないのです」

 顔も知らない祖父と祖母が、守ってくれていると言いたいのだろうか?

 だがそれを確かめようとする前に、獄楽は消しゴムを摘み上げた。
「では、この品をお預かりするお値段ですが……」
 と、文机から算盤そろばんを取り出す。
「あなたのお話は、なかなかお目に掛かれない、貴重なものでした。――という訳で、このくらいで」

 獄楽は柵越しに算盤を見せたが、しおりにはその数字が読めない。
 戸惑う彼女に、獄楽はゆっくりと口を動かした。
「――二千円、で、如何いかがですかな?」

「に、二千円?」
 しおりは驚いた。
「元の値段は百円くらいのものだと……」
「はい。うちはモノの価値ではなく、それに纏わる奇談を、評価させて頂きますので」
「はぁ……」
「本当はもう少し、評価を高く見積っても良いのですが、あなたはまだお若い。このくらいにしておいた方が良いと思いましてな」

 もう一度、消しゴムを示して、獄楽は念押しする。
「宜しいですかな?」
「は、はい。もちろん」

 すると、獄楽は文机の端に手を伸ばした。
 そこにあるものを取り上げ、頭の上にかざす。

 数珠、だろうか。
 小さな珠を連ねた、手首に巻けるほどの大きさの輪に、幾つかの鈴が通してある。
 彼は手首を振り、それを鳴らした。

 ――シャン。

 澄んだ音色が店内に響く。
 何の儀式だ? と、しおりが戸惑うと同時に、右手奥の暖簾が揺れた。

 ――そこから現れたのは、狐面きつねめんを顔に被った子供。
 彼岸花の模様の着物に真っ赤なはかまを履いている。袖口から細い腕を伸ばして、両手で朱塗りの高坏たかつきを掲げ、しずしずとこちらにやって来た。
 そして、足音もなくしおりの前に高坏を置くと、獄楽の隣に退がり正座をする。

「…………」
 不可解な子供の登場に、しおりは戸惑った。
 体の大きさから察するに、十歳くらい――ちょうど、しおりが奇妙な体験をした年齢と、同じくらいだろう。
 顔全体を覆う狐面の向こうで、どんな表情をしているのか分からない。
 そんな子供が、薄ら笑いを浮かべる獄楽と並んでいるのは、滑稽を通り越して不気味である。

「どうぞ、お確かめください」

 くぐもった声がしおりを促す。狐面の子供だ。感情の欠片もないその言葉からは、性別すらも窺えない。

 しおりが戸惑っていると、獄楽が子供を指し示した。
「あぁ、ご紹介しておきましょう。――この子は、ココと言います。アルバイトです」
「アルバイト……」

 こんな奇妙な店で働いている、しかも子供である。不思議に思わない方がおかしいだろう。
 だがココは、そんなしおりに赤く縁取りされた眼窩を向ける。
「どうぞ、お確かめください」
 抑揚のない調子でもう一度言われ、しおりはハッと高坏に目を向けた。

 朱塗りの丸皿の上に、丁寧に畳まれた紺の袱紗ふくさ
 金色のふさの付いた角を開くと、そこには千円札が二枚置かれていた。

 そっと手に取る。
 すると獄楽が声を掛けた。
「お間違い、ありませんかな?」
「……確かに」
 しおりが答えると、獄楽は満足気にニヤリとした。

「原則、お預かり期間は三ヶ月なのですがね、あなたを見るに、もう少し、期間が必要かと思われます」
 獄楽は細い目をじっとしおりに向ける。居心地の悪いその視線に、彼女は軽く身を引いた。

「そうですね。――五年と半年、お待ちしましょう」

 獄楽は消しゴムを、ココが回収した高坏に置く。
「それまででしたら、いつお越し頂いても、質草はお引き取り頂けます。……まぁ、お支払いした金額に、利息は上乗せさせてもらいますが」
「…………」
「もし、五年と半年を過ぎても、お引き取りに来られなければ、こちらで処分させて頂きます。一日でも過ぎれば、それ以上はお待ちできませんので、お忘れなきよう。お引き取りの際は、先程お渡しした名刺と引き換えです。くどいようですが、くれぐれも失くされないよう、お気を付けください」
「わ、分かりました……」

 そう答えてから、しおりは訝しい目を獄楽に向けた。
「……失礼ですけど」
「何か?」
「百円のものを二千円で買い取って、商売になるんですか?」

 獄楽は細い目尻を下げて、ククク……と笑い声を漏らす。
「それは、またお会いした時のお楽しみ、としましょう」

 そう言うと、獄楽は背筋を伸ばし、頭を下げた。
「この度はご利用、誠にありがとうございました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

401号室

ツヨシ
ホラー
その部屋は人が死ぬ

追っかけ

山吹
ホラー
小説を書いてみよう!という流れになって友達にどんなジャンルにしたらいいか聞いたらホラーがいいと言われたので生まれた作品です。ご愛読ありがとうございました。先生の次回作にご期待ください。

呟怖あつめ

山岸マロニィ
ホラー
━━━━━━━━━━━━━━━      呟怖ORG.加入       呟コラOK ご希望の方は一声お掛けください ━━━━━━━━━━━━━━━ #呟怖 タグでTwitterに掲載したものをまとめました。 #このお題で呟怖をください タグのお題をお借りしています。 ── 呟怖とは ── 136文字以内の恐怖文芸。 【お題】…TL上で提供されるテーマに沿って考えたもの 【お題*】…自分が提供したお題 【自題】…お題に関係なく考えたネタ ※表紙画像は、SNAO様(pixiv)のフリー素材作品を利用しております。 ※お題の画像は、@kwaidanbattle様 または フリー素材サイト(主にPAKUTASO様、photoAC様)よりお借りしたもの、もしくは、自分で撮影し加工したものを使用しております。 ※お題によっては、著作権の都合上、イメージ画像を変更している場合がございます。 ※Twitterから転載する際の修正(段落等)により、文字数がはみ出す場合もあります。 ■続編『呟怖あつめ【おかわり】』の連載を開始しました。  そちらも良しなに。 ノベルデイズ他でも公開しています。

飢餓

すなみ やかり
ホラー
幼い頃、少年はすべてを耐えた。両親は借金の重圧に耐え切れず命をとうとしたが、医師に絶命された少年にはその後苦難が待っていた。盗みに手を染めてもなお、生きることの代償は重すぎた。 追い詰められた彼が選んだ最後の手段とは――「食べること」。 飢えと孤独がもたらした行為の果てに、少年は何を見出すのか___…

占い師、世良涼介のショートショート集

佐賀かおり
ホラー
一話完結の短編集です。【最新話、旧家の悪しき血】人相や手相を鑑定する世良の店を滝田が訪れる。滝田の祖先の男性達が心を病んでいたからだ。しかも彼らと滝田の顔には似ているところがあった。はたして世良の鑑定は?

亡者の唄と森の幻味亭

O.K
ホラー
「亡者の唄と森の幻味亭」は、森の奥に突如現れたおでん屋「森の幻味亭」を舞台に、主人公夜城が不気味な歌声と妖精の魔法により人々の魂を奪われる恐ろしい物語です。数年後、蓮という若者が夜城の幽霊と出会い、彼を救うために奮闘します。最終的にお札を使い妖精の歌声を封じ込め、町と森の和やかな関係を取り戻すことに成功しますが、未だに時折「亡者の唄」が聞こえることで、その不気味な歴史を思い起こすこととなります。

【1行文ホラー】世の中にある非日常の怖い話[完結済]

テキトーセイバー
ホラー
タイトル変更いたしました 恐怖体験話を集めました。かなり短めの1行文で終わります。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

処理中です...