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Ⅲ.敵

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 狐天は図星を突かれたと、伏せた目をを細めた。
「おめえも気付いてたのか」
 狐天は諦めたように大きく息を吐いた。
「狸磨の野郎、七妖衆をブッ壊そうとしてやがる」
 彼はそう吐き捨てて、ポテトチップスを何枚か一緒に口に放り込む。
「おめえも知ってるだろう。……御石山の妖は本来、人間と繋がりを持っていなけりゃならねえんだ。『御石』を護るためにな。それは、妖だけでは無理だ。いくら七妖衆とはいえ、人間が束になって掛かって来られたら勝ち目はねえ。そのために、悪意ある人間を寄せ付けないための砦として、この村はあるんだ――」

 冴は、その辺りの事情は聞かされてはいなかった。
 だが、予想はしていた――なぜ国費を投じてまで、この村を独立させておく必要があるのか。なぜ、少額な賄賂程度で、ダム建設という一大プロジェクトを頓挫させたのか。
 ――その理由は、御石の秘密を外に漏らす事なく、抱え込んでおく必要があったからに他ならない。
 つまりは、『情報の盾』である。
 閉鎖的な山村の集落という立地、そしてそこに住む人々と排他的なコミュニティを、何としても保つ必然性があったのだ。
 その『盾』は同時に、『鉾』である七妖衆をも護るものであった。
 御石の秘密という『利権』に群がる者を敵とするなら、その情報を漏らさない方が、敵は少なくて済む。

 ところが、ダム計画、そして特定外来妖物の出現を契機に、村人と七妖衆の間に致命的な溝が穿たれてしまった。
 その上、この先村は衰退の一途を辿るに違いない。
 そして、鬼族を失った七妖衆も……。

 御石を護るべき『盾』は、近い将来、完全に瓦解する。

 そうならないために、狸磨――神室統麿はじめ、多くの妖が役場に入り込み、七妖衆と村人が分断しないよう、働いているなのだ。
 ところが、その結果がこうだ。
 ――狐天をはじめとする七妖衆、そして冴と、別の意図で動いていたとしたらと、疑わざるを得ない。

「具体的には、何かあったのか?」
 冴の指が狐天の前のポテトチップスに伸びると、彼は苦々しい顔をした。
「あの村長だよ」
「確かに、不快な人物だが……」
「狸磨と繋がってる」
 冴はポテトチップスを口に入れたまま固まった。
「証拠はあるのか?」
 狐天はポテトチップスを平らげると、冷蔵庫から二本目のビールを持ってきた。
「棗さんを役場から追い出したのは、あいつだ。定年になったって、嘱託とかで残る方法はあっただろ? だが、狸磨の野郎が村長とつるんで、それを受けなかった」
「…………」
「俺は棗さんに残って欲しいと願ったし、棗さんもそうするつもりだと言ってたんだが――あいつに裏切られた」

 冴は缶を開ける狐天の手をぼんやりと眺めていた。
 ――棗の口からは言わなかったが、彼が冴を呼んだ理由は、そこにあるのかもしれない。

 狐天は缶を一気にあおり、赤らんだ目を冴に向けた。
「とにかくだ、おめえはあいつから目を離すな。――禁足地内の事は、俺らに任せろ。蟲族の縄張りで何かがあれば、すぐに知らせる。いいな?」


 ◇
 

 翌日。
 特殊治安係の本部に集った面々の表情は暗かった。
 身内を疑わなければならない状況が、五人の心に影を落としているのは必定だった。

 朝、野久保とあおいが、禁足地への入口に監視カメラを設置してきた――外側に向けて。
 人影を感知したらアラームが鳴るセンサー付きである。
 ……『人』に向けた警備など、考えたくもない事だ。

 その動作確認を終えた頃、突然坂口が言い出した。
「係長、まだ歓迎会をしてませんよね」
 すると、重い空気を晴らそうとするように、努めて明るくあおいが答えた。
「そうそう! いつ提案しようかと思ってました。どうです? 今週末あたり」

 戸惑ったのは冴だ。
「何も今でなくても……」
「今だから、なんですよ」
 坂口はそう言うと、バツが悪そうに頭を搔く。
「実は、嫁さんの妹が海外暮らしなんですが、今週末に、久しぶりに日本に戻ってくるんですよ。暁美あけみって名前ですけど、覚えてますか? 多分、係長と幼稚園の頃、同級生だったと思います」
「暁美……」
 冴の脳裏の奥底に、朧気おぼろげな影が浮かんだ気がした。
 これまで、村の記憶は一片たりとも覚えていないと思っていたのだが。

 坂口は照れたような表情を浮かべる。
「嫁さんが係長を連れて来いとうるさいんですよ。手料理を振る舞うからと」
「でも、準備が大変だろう」
「あいつ、とにかく料理好きで。でも最近俺が食事制限をしてるからつまらないようで」
「僕も歓迎会に呼んでいただきましたよ。料理の腕はプロですね」
 野久保が絶賛する。

 ……こんな時だからこそ、そういう機会も必要なのかもしれない。
 それに、暁美という名が気になる。
 冴は微笑みうなずいた。
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