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Ⅲ.敵
⑳
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――冴が八束脛に会いに行っている頃。
「暴力反対!」
「税金の無駄遣い」
「部外者は帰れ!」
プラカードを掲げた村人たちが、特殊治安係の建物を取り囲んでいた。
「この部署のやっている事は法律違反だ!」
「違法者はとっとと村から出て行け!」
拡声器越しに投げられる声は、建物の周囲に取り付けられた監視カメラ越しに、建物の内部にも届く。
「多分、扇動してるのは村長ですよね……」
その様子をモニターで眺めながら野久保が呟いた。
「そうだろうな」
坂口が椅子にもたれて天井を仰ぐ。
そんな中で、あおいは我関せずと仕事をしている。
「……気にならない?」
野久保が囁くと、あっけらかんと彼女は答えた。
「自衛隊にいると、こういうの、ほぼ毎日ですから。気にしてたら仕事になりません」
「なるほど、ね……」
「にしても、うるせえなぁ。黙らせて来ようか」
坂口が立ち上がりかけるのを、猪岡が止めた。
「やめておけ」
「何で?」
「相手にすると、暴力だの暴言だのと、言質を取られる。後で裁判沙汰になると面倒だ」
……元警察官である猪岡の言葉には説得力がある。仕方なく、坂口は席に戻った。
だが間もなく抗議活動は、あっさりと解散になった。
「ごめん、連れて来ちゃった。何とかならない?」
防犯カメラ越しに見えたのは、スズメバチ用防護服姿の冴だ。ブンブンと飛び回る蜂の大群を引き連れている。恐れをなした村人たちが四散したのも無理はない。
発煙筒で蜂を退散させ、何とか冴は室内に入った。
「どこ行ってたんですか?」
呆れ顔の坂口に、冴は苦笑した。
「禁足地の、ちょっと奥まで」
「えっ……!」
「お友達に会ってきただけよ。それで、ひとつ分かったわ。――アヤカシの発生源は、ドローンで撮った、あの場所に違いない」
野久保が気を利かせ、モニターにドローンの写真と現地の地図を並べて表示する。
冴はそれを見ながら説明した。
「今行って分かったけど、防護服を着れば、蟲族の地域には難なく入れるわ」
――それに、禁足地の手前から防護服を着用すれば、狼哉の鋭い嗅覚をもすり抜けられる。
「という事は、あの召喚陣を使ったのは……」
「ええ。外部の『人間』の可能性が高い」
モニターを睨み、坂口が険しい顔で顎を撫でる。
「しかし、現場は鉄条網の向こうです」
「あの鉄扉の鍵は、いくつあるの?」
「三つです。係長用にひとつ、予備に俺が持ってるのがひとつ、念の為、課長にも渡してあります」
坂口はそう言って、南京錠の鍵を見せた。
――となると、アヤカシを召喚した犯人と思われる人物は、非常に限られる。
その事実を突き付けられ、だがその先の言葉を発するのは憚られ、一同は押し黙った。
◇
その昼過ぎ。
あおいと野久保は、いつもの日替わりランチを前に、だが会話は弾まなかった。
野菜たっぷりの豚汁と厚焼き玉子、そして五穀米とたくあん。ご飯のおかわりが自由なのは、あおいにとっては嬉しい。
黙々と食事を口に運んでいると、やがてボソリと野久保が言った。
「……神室課長が、黒幕って事、なんだよね」
あおいは厚焼き玉子を箸で割りながら返事した。
「鉄条網の入口の鍵の件を考えると、そうとしか……」
「でも、なんでそんな事を?」
それを、あおいはずっと考えていた。
――神室統麿。特殊治安係を配下に置く人物。
そんな彼が、駆除対象であるアヤカシを召喚するという事は、自作自演に他ならない。
そのような行為をする合理的な理由が、どうしても思い浮かばないのだ。
あおいが返事に窮していると、野久保が小さく息を吐いた。
「僕らは所詮余所者だから、ただ言われた事だけをしてきた。それも今考えれば、この村の込み入った事情を明かさないためだったんだよな。こっちは命懸けだっていうのに」
あおいは冷めた豚汁に視線を置いた。
「――私たちよりもずっと長く一緒にやってきた棗係長は、どんな気持ちで仕事をしてきたんでしょう」
◇
冴は自分の席で、黄色い箱の携帯栄養食をかじっていた。
「係長は食堂に行かないんですか?」
坂口はそう言いながら、自席で愛妻弁当を食べている。元々体格は良いのだが、筋肉質な体型を目指したいらしく、茹でたササミとブロッコリーがいつもの定食だ。
「こういう食事に慣れてしまってね」
そう答えながら、冴の目はパソコンの画面を見ている。
野久保とあおいは食堂に向かい、猪岡はどこへともなく出ていくのが、昼休みのいつもの過ごし方だ。
坂口は弁当箱を空にすると、食堂の自販機にコーヒーを買いに行くのだが、この日は椅子にもたれてぼんやりとしていた。
「……失礼を承知で、ひとつ、聞いておきたいです」
ボソリと坂口が口を動かす。
「何?」
ようやくパソコンから目を離し、冴は坂口に顔を向けた。
「俺がこの仕事をしてるのは、何だかんだ言って、村が好きだからなんですよ。そうじゃなきゃ、こんな体を張る仕事なんかやってられません。野久保は別として、猪岡と巫は、警察官と自衛官という職業上、そういう立場です。……係長は、その……この村を、良く思ってませんよね。なのに、なぜ……」
坂口の顔を凝視したまま、その時、冴は固まった。言葉にできるような理由が彼女の中にないと、気付いた気がしたからだ。
村人に対する復讐だろうか。いや、違う。七妖衆への愛着、という訳でもない。責任感とも違う。父の遺言を継いで、という意思もない。
彼女を動かしている原動力は、一体どこにあるのだろうか?
「すいません、変な事を聞きましたね。忘れてください」
坂口はそう言うと、コーヒーを買うため、そそくさと出て行った。
ひとり残された冴は、心に沸き起こった……いや、坂口の言葉によって掘り起こされたわだかまりの正体を持て余し、じっとスクリーンセーバーを眺めた。
「暴力反対!」
「税金の無駄遣い」
「部外者は帰れ!」
プラカードを掲げた村人たちが、特殊治安係の建物を取り囲んでいた。
「この部署のやっている事は法律違反だ!」
「違法者はとっとと村から出て行け!」
拡声器越しに投げられる声は、建物の周囲に取り付けられた監視カメラ越しに、建物の内部にも届く。
「多分、扇動してるのは村長ですよね……」
その様子をモニターで眺めながら野久保が呟いた。
「そうだろうな」
坂口が椅子にもたれて天井を仰ぐ。
そんな中で、あおいは我関せずと仕事をしている。
「……気にならない?」
野久保が囁くと、あっけらかんと彼女は答えた。
「自衛隊にいると、こういうの、ほぼ毎日ですから。気にしてたら仕事になりません」
「なるほど、ね……」
「にしても、うるせえなぁ。黙らせて来ようか」
坂口が立ち上がりかけるのを、猪岡が止めた。
「やめておけ」
「何で?」
「相手にすると、暴力だの暴言だのと、言質を取られる。後で裁判沙汰になると面倒だ」
……元警察官である猪岡の言葉には説得力がある。仕方なく、坂口は席に戻った。
だが間もなく抗議活動は、あっさりと解散になった。
「ごめん、連れて来ちゃった。何とかならない?」
防犯カメラ越しに見えたのは、スズメバチ用防護服姿の冴だ。ブンブンと飛び回る蜂の大群を引き連れている。恐れをなした村人たちが四散したのも無理はない。
発煙筒で蜂を退散させ、何とか冴は室内に入った。
「どこ行ってたんですか?」
呆れ顔の坂口に、冴は苦笑した。
「禁足地の、ちょっと奥まで」
「えっ……!」
「お友達に会ってきただけよ。それで、ひとつ分かったわ。――アヤカシの発生源は、ドローンで撮った、あの場所に違いない」
野久保が気を利かせ、モニターにドローンの写真と現地の地図を並べて表示する。
冴はそれを見ながら説明した。
「今行って分かったけど、防護服を着れば、蟲族の地域には難なく入れるわ」
――それに、禁足地の手前から防護服を着用すれば、狼哉の鋭い嗅覚をもすり抜けられる。
「という事は、あの召喚陣を使ったのは……」
「ええ。外部の『人間』の可能性が高い」
モニターを睨み、坂口が険しい顔で顎を撫でる。
「しかし、現場は鉄条網の向こうです」
「あの鉄扉の鍵は、いくつあるの?」
「三つです。係長用にひとつ、予備に俺が持ってるのがひとつ、念の為、課長にも渡してあります」
坂口はそう言って、南京錠の鍵を見せた。
――となると、アヤカシを召喚した犯人と思われる人物は、非常に限られる。
その事実を突き付けられ、だがその先の言葉を発するのは憚られ、一同は押し黙った。
◇
その昼過ぎ。
あおいと野久保は、いつもの日替わりランチを前に、だが会話は弾まなかった。
野菜たっぷりの豚汁と厚焼き玉子、そして五穀米とたくあん。ご飯のおかわりが自由なのは、あおいにとっては嬉しい。
黙々と食事を口に運んでいると、やがてボソリと野久保が言った。
「……神室課長が、黒幕って事、なんだよね」
あおいは厚焼き玉子を箸で割りながら返事した。
「鉄条網の入口の鍵の件を考えると、そうとしか……」
「でも、なんでそんな事を?」
それを、あおいはずっと考えていた。
――神室統麿。特殊治安係を配下に置く人物。
そんな彼が、駆除対象であるアヤカシを召喚するという事は、自作自演に他ならない。
そのような行為をする合理的な理由が、どうしても思い浮かばないのだ。
あおいが返事に窮していると、野久保が小さく息を吐いた。
「僕らは所詮余所者だから、ただ言われた事だけをしてきた。それも今考えれば、この村の込み入った事情を明かさないためだったんだよな。こっちは命懸けだっていうのに」
あおいは冷めた豚汁に視線を置いた。
「――私たちよりもずっと長く一緒にやってきた棗係長は、どんな気持ちで仕事をしてきたんでしょう」
◇
冴は自分の席で、黄色い箱の携帯栄養食をかじっていた。
「係長は食堂に行かないんですか?」
坂口はそう言いながら、自席で愛妻弁当を食べている。元々体格は良いのだが、筋肉質な体型を目指したいらしく、茹でたササミとブロッコリーがいつもの定食だ。
「こういう食事に慣れてしまってね」
そう答えながら、冴の目はパソコンの画面を見ている。
野久保とあおいは食堂に向かい、猪岡はどこへともなく出ていくのが、昼休みのいつもの過ごし方だ。
坂口は弁当箱を空にすると、食堂の自販機にコーヒーを買いに行くのだが、この日は椅子にもたれてぼんやりとしていた。
「……失礼を承知で、ひとつ、聞いておきたいです」
ボソリと坂口が口を動かす。
「何?」
ようやくパソコンから目を離し、冴は坂口に顔を向けた。
「俺がこの仕事をしてるのは、何だかんだ言って、村が好きだからなんですよ。そうじゃなきゃ、こんな体を張る仕事なんかやってられません。野久保は別として、猪岡と巫は、警察官と自衛官という職業上、そういう立場です。……係長は、その……この村を、良く思ってませんよね。なのに、なぜ……」
坂口の顔を凝視したまま、その時、冴は固まった。言葉にできるような理由が彼女の中にないと、気付いた気がしたからだ。
村人に対する復讐だろうか。いや、違う。七妖衆への愛着、という訳でもない。責任感とも違う。父の遺言を継いで、という意思もない。
彼女を動かしている原動力は、一体どこにあるのだろうか?
「すいません、変な事を聞きましたね。忘れてください」
坂口はそう言うと、コーヒーを買うため、そそくさと出て行った。
ひとり残された冴は、心に沸き起こった……いや、坂口の言葉によって掘り起こされたわだかまりの正体を持て余し、じっとスクリーンセーバーを眺めた。
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