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Ⅲ.敵
⑱
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何とか役場に帰った一同は、微妙な顔を付き合わせていた。
「変なチョッキを着たデカい狼が、僕を背中に乗っけて走ったんですって!」
野久保が必死で訴えるが、その現場を、先に軽トラに戻った三人は見ていないのだ。
「俺は信じるぜ。一度見てるからな、七妖衆らしきのを」
坂口がコーヒーのカップを手に椅子に背を預けた。
「見てみたかったわー。大きなモフモフって、夢がありますよね!」
目を輝かせるあおいに、野久保は抗議する。
「確かに大きなモフモフだったけど、夢じゃないって!」
「…………」
猪岡は肯定も否定もせず、ペットボトルの水を飲んでいる。
冴はしばらく、何とか持ち帰ったタブレットの映像を確認していたが、やがて壁のモニターに映し出した。
「ドローンは残念だったけど、成果はあったわ。――見て」
池の周囲を旋回した時の映像である。湖畔を映す位置で静止し、拡大していく。
「ここの草地。不自然に草が枯れているわ。まるで焼けた跡みたいに」
「焚き火でもしたのか?」
「禁足地の奥だし、あの辺りは七妖衆の一角である蟲族の縄張り。迂闊に足を踏み入れればどうなるかは、先程見たわよね」
「…………」
「もう少し画像をクリアにしてみましょうか」
野久保が操作すると、望遠でぼやけていた景色が、よりくっきりと映し出された。
「AIで画像処理しましたけど、どうです?」
それを見て、あおいが眉をひそめた。
「まるで何かの図形みたいですね」
よく見れば、円の中に、直線を組み合わせたような模様があるように見える。ふと思い、冴は呟いた。
「――召喚陣、のように見えるわ」
冴のその言葉に、他の四人は顔を見合わせた。
「召喚陣?」
「魔法陣の一種。召喚魔法を使う時に必要な陣形。この国で言うところの、呪術結界のようなものね」
とはいえ、馴染みがなさすぎて、理解できるものではない。冴自身も、西洋魔術にはあまり詳しくなく、確信があるわけでもなかった。
しかし、状況を考えれば、納得できるものではある。つまり――。
「何者かがこの場所で、召喚陣を利用して、アヤカシを導いている」
戸惑いが一同を包む。
「そんな事を、誰が?」
坂口の疑問に、答えられる者などいない。
「それに、目的も分からないわ。……ただ言える事は、これが召喚陣だとしたら、この陣の向こう側にも、誰かがいるということ。つまり、敵は複数――何らかの目的を共有した組織である」
部屋がシンと静まり返る。
皆一様にモニターの画像に目を固定し、それぞれの表情で口を閉ざす。
やがて、冴が静かに沈黙を破った。
「とにかく、今日は危ない目に遭わせてしまって、申し訳なかったわ。それに、野久保君のドローンも」
「あ……」
「いくらしたの?」
「そんなに高いのじゃないですが、五万くらい……」
ドローンの弁償は、はじめは冴が払うと言ったが、結局皆で一万ずつカンパする事になった。
「ついでに聞くけど、誰か、スズメバチ用の防護服なんて持ってない?」
こんな無理難題にすぐに答えるところは、さすが坂口である。
「猟友会の備品にありますよ。スズメバチが出たんなら、猟友会の連中と駆除に行きますよ」
「あ、え……、しょ、職員住宅の屋根のところに、最近、スズメバチがよく来るから、巣を作るのかもしれないかも、と」
さすがに本当の使用目的は言えない。
「まだ巣はないんですか?」
「巣ができる前に追い払えたら、と思って。そのくらいなら自分でやるから、防護服だけ借りたいんだけど」
◇
スズメバチ用防護服を借り、冴が一人で向かった先は、再び禁足地である。
黒い森の手前で、まるで宇宙服のような完全防備のそれに着替える。
「……まさか、行く気か?」
狼哉がやって来て、冴の姿で意図を察して唖然とした。
「昨日も狐天に言われただろ?」
「それでも、行かなきゃならない。昨日の詫びをしなければ」
「フン。俺は付き合いきれねえからな」
「結構よ。……でも、もし私が帰らなかったら、みんなに私が逃げたと、伝えてくれる?」
狼哉には伝わっただろう。彼女が命を懸けていると。
彼は灰褐色の目で、冴をじっと見つめ、
「分かった」
と答えた。
狼哉と別れ森へ踏み込む。すると、昨日の出来事で気が立っていたのだろう、すぐに洗練がやって来た。
前が見えないほどの虫の群れ。
蜂、虻、イナゴ、カブト虫、コオロギ……。
この森に棲むありとあらゆる虫たちが、一斉に冴に襲い掛かる。
だが、滑りやすい防護服の表面には歯が立たないとみえ、ぶつかってはポトンポトンと落ちていく。
「…………」
こうも死んでは可哀想だと、冴は手にしたビニール袋からバナナやリンゴを取り出して地面に置く。その甘い香りに誘われ、カブト虫やコオロギの類は、一斉にそちらに向かった。
若干取り巻きが少なくなったところで、冴は歩みを進める。
だが少なくなったとはいえ、穀物が主食のイナゴは冴から離れない。
それに増して、地面にも虫たちが集まってきた。ムカデや蜘蛛が地面を埋めて蠢いている。
さすがの冴でも鳥肌が立つ光景だ。しかし、できるだけ踏まないように配慮しながら、分厚い腐葉土を踏み締めて歩を進める。
しばらく行くと、虫たちの動きが変わるのが分かった。蜂やイナゴは姿を消し、ムカデと蜘蛛が、一列になって奥へと歩きだす。――導いているのだろう。冴は感じた。
やがて景色が変化する。
黒暗い森の奥深く。木々一面に蜘蛛の巣が張り巡らされ、白くなっている。
歪な白いトンネルを抜けた先――そこは、蜘蛛の糸が編み込まれ、ハンモックのようになっていた。
そこに寝そべる影。
白い肌を漆黒の毛皮で包み、細かく編んだ長い髪は、地面にまで垂れている。
だらんと腹に置いた腕には、奇妙な模様の腕輪が幾重にも巻かれ、無数の指輪に彩られた手の黒い爪は、鋭く光っていた。
「誰だい? 昼寝の邪魔をするのは」
顔がこちらを向く。黒い点が渦を巻いた模様の刺青がこめかみにあり、細く見開いた目は、白目が見えないほどに黒い。
そして、冴の姿を認めると、黒く塗られた唇をニッと動かし、お歯黒をした牙を見せた。
――八束脛。蟲族の長である。
「変なチョッキを着たデカい狼が、僕を背中に乗っけて走ったんですって!」
野久保が必死で訴えるが、その現場を、先に軽トラに戻った三人は見ていないのだ。
「俺は信じるぜ。一度見てるからな、七妖衆らしきのを」
坂口がコーヒーのカップを手に椅子に背を預けた。
「見てみたかったわー。大きなモフモフって、夢がありますよね!」
目を輝かせるあおいに、野久保は抗議する。
「確かに大きなモフモフだったけど、夢じゃないって!」
「…………」
猪岡は肯定も否定もせず、ペットボトルの水を飲んでいる。
冴はしばらく、何とか持ち帰ったタブレットの映像を確認していたが、やがて壁のモニターに映し出した。
「ドローンは残念だったけど、成果はあったわ。――見て」
池の周囲を旋回した時の映像である。湖畔を映す位置で静止し、拡大していく。
「ここの草地。不自然に草が枯れているわ。まるで焼けた跡みたいに」
「焚き火でもしたのか?」
「禁足地の奥だし、あの辺りは七妖衆の一角である蟲族の縄張り。迂闊に足を踏み入れればどうなるかは、先程見たわよね」
「…………」
「もう少し画像をクリアにしてみましょうか」
野久保が操作すると、望遠でぼやけていた景色が、よりくっきりと映し出された。
「AIで画像処理しましたけど、どうです?」
それを見て、あおいが眉をひそめた。
「まるで何かの図形みたいですね」
よく見れば、円の中に、直線を組み合わせたような模様があるように見える。ふと思い、冴は呟いた。
「――召喚陣、のように見えるわ」
冴のその言葉に、他の四人は顔を見合わせた。
「召喚陣?」
「魔法陣の一種。召喚魔法を使う時に必要な陣形。この国で言うところの、呪術結界のようなものね」
とはいえ、馴染みがなさすぎて、理解できるものではない。冴自身も、西洋魔術にはあまり詳しくなく、確信があるわけでもなかった。
しかし、状況を考えれば、納得できるものではある。つまり――。
「何者かがこの場所で、召喚陣を利用して、アヤカシを導いている」
戸惑いが一同を包む。
「そんな事を、誰が?」
坂口の疑問に、答えられる者などいない。
「それに、目的も分からないわ。……ただ言える事は、これが召喚陣だとしたら、この陣の向こう側にも、誰かがいるということ。つまり、敵は複数――何らかの目的を共有した組織である」
部屋がシンと静まり返る。
皆一様にモニターの画像に目を固定し、それぞれの表情で口を閉ざす。
やがて、冴が静かに沈黙を破った。
「とにかく、今日は危ない目に遭わせてしまって、申し訳なかったわ。それに、野久保君のドローンも」
「あ……」
「いくらしたの?」
「そんなに高いのじゃないですが、五万くらい……」
ドローンの弁償は、はじめは冴が払うと言ったが、結局皆で一万ずつカンパする事になった。
「ついでに聞くけど、誰か、スズメバチ用の防護服なんて持ってない?」
こんな無理難題にすぐに答えるところは、さすが坂口である。
「猟友会の備品にありますよ。スズメバチが出たんなら、猟友会の連中と駆除に行きますよ」
「あ、え……、しょ、職員住宅の屋根のところに、最近、スズメバチがよく来るから、巣を作るのかもしれないかも、と」
さすがに本当の使用目的は言えない。
「まだ巣はないんですか?」
「巣ができる前に追い払えたら、と思って。そのくらいなら自分でやるから、防護服だけ借りたいんだけど」
◇
スズメバチ用防護服を借り、冴が一人で向かった先は、再び禁足地である。
黒い森の手前で、まるで宇宙服のような完全防備のそれに着替える。
「……まさか、行く気か?」
狼哉がやって来て、冴の姿で意図を察して唖然とした。
「昨日も狐天に言われただろ?」
「それでも、行かなきゃならない。昨日の詫びをしなければ」
「フン。俺は付き合いきれねえからな」
「結構よ。……でも、もし私が帰らなかったら、みんなに私が逃げたと、伝えてくれる?」
狼哉には伝わっただろう。彼女が命を懸けていると。
彼は灰褐色の目で、冴をじっと見つめ、
「分かった」
と答えた。
狼哉と別れ森へ踏み込む。すると、昨日の出来事で気が立っていたのだろう、すぐに洗練がやって来た。
前が見えないほどの虫の群れ。
蜂、虻、イナゴ、カブト虫、コオロギ……。
この森に棲むありとあらゆる虫たちが、一斉に冴に襲い掛かる。
だが、滑りやすい防護服の表面には歯が立たないとみえ、ぶつかってはポトンポトンと落ちていく。
「…………」
こうも死んでは可哀想だと、冴は手にしたビニール袋からバナナやリンゴを取り出して地面に置く。その甘い香りに誘われ、カブト虫やコオロギの類は、一斉にそちらに向かった。
若干取り巻きが少なくなったところで、冴は歩みを進める。
だが少なくなったとはいえ、穀物が主食のイナゴは冴から離れない。
それに増して、地面にも虫たちが集まってきた。ムカデや蜘蛛が地面を埋めて蠢いている。
さすがの冴でも鳥肌が立つ光景だ。しかし、できるだけ踏まないように配慮しながら、分厚い腐葉土を踏み締めて歩を進める。
しばらく行くと、虫たちの動きが変わるのが分かった。蜂やイナゴは姿を消し、ムカデと蜘蛛が、一列になって奥へと歩きだす。――導いているのだろう。冴は感じた。
やがて景色が変化する。
黒暗い森の奥深く。木々一面に蜘蛛の巣が張り巡らされ、白くなっている。
歪な白いトンネルを抜けた先――そこは、蜘蛛の糸が編み込まれ、ハンモックのようになっていた。
そこに寝そべる影。
白い肌を漆黒の毛皮で包み、細かく編んだ長い髪は、地面にまで垂れている。
だらんと腹に置いた腕には、奇妙な模様の腕輪が幾重にも巻かれ、無数の指輪に彩られた手の黒い爪は、鋭く光っていた。
「誰だい? 昼寝の邪魔をするのは」
顔がこちらを向く。黒い点が渦を巻いた模様の刺青がこめかみにあり、細く見開いた目は、白目が見えないほどに黒い。
そして、冴の姿を認めると、黒く塗られた唇をニッと動かし、お歯黒をした牙を見せた。
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