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Ⅱ.半妖の巫女

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 ――翌日曜日。
 あおいと野久保は、預かっていた昨日の買い出しの荷物を冴の部屋に運ぶ。

「昨日は付き合わせちゃってごめんなさいね。足の具合は大丈夫?」
 冴に聞かれ、野久保は照れた様子で早口に答えた。
「だだだ大丈夫ッス! もう、この通り……」
 と答えた左足には、まだしっかりテーピングが巻かれていて、冴は苦笑した。

 木造体育館の構造を利用したこの職員住宅は、真ん中の通路の左右にメゾネットが並び、通路の上、切妻屋根の部分にも部屋がある。
 冴の部屋は、二階に当たるその部屋になっていた。
 古い梁がそのまま見える天井は、メゾネットに比べれば低いが、床面積はあるし、屋根裏部屋感覚で少しワクワクする。
 家具家電付きはメゾネットと同じだが、ここにはシャワールームしかなく、湯船がないらしい。

「それはちょっと寂しいですね。もし良かったら、うちのお風呂を使ってもらっていいですよ」
 自衛隊で共同生活に慣れているあおいは、プライベート空間という概念が薄いところがある。ズケズケと冴の部屋に上がり込むと、彼女の部屋で預かっていた冷凍食品を冷凍庫に詰めていく。
 その様子を、遠慮もせず眺めている冴も大抵である。

「あ、あの、衣装ケースは、ここに置いておきますね……」
 さすがに野久保は、部屋に入るのを遠慮している。タンクトップにサルエルパンツというルームウェアで強調される抜群のスタイルに、圧倒されているのかもしれない。

「本当ありがとう。助かったわ。これ飲んで」
 と、冴が差し出したのが缶ビールだったから、あおいと野久保は顔を見合わせた。
「昼間から呑んでていいんですか?」
「休みに飲まないでいつ飲むのよ」
 と、冴はプシュッと蓋を開け、口を付けた。
「クーッ! 起きがけのビールは目覚ましに最高ね」
 ……そんなに美味しいのだろうか? あおいも真似してみると……。
「プハーッ! たまんないですね、明るいうちに飲むお酒は!」
「なら僕も……」
「酔って階段を踏み外すと、足、悪化しますよ」
「…………」
 野久保はオレンジジュースを出され、一気飲みした。

「あとは、足りないものはないですか?」
「鍋とか包丁とかはないけど、自炊しないから問題ないわね」

 ぐるりを見返した冴の部屋は、まだ段ボール箱があちこちに置かれていた。必要な物だけ取り出した蓋の隙間から、片方だけの靴下がはみ出したりしているところを見ると、本当に家事が苦手らしい。

「あ、後で、僕こだわりの特製カレーを作ってきますから。ご飯炊いて待っててください」
 野久保が言うが、冴は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、炊飯器、ないんだ……」
「なら、うちで食べましょ? 二升炊けば足りますよね?」
「二升……どこの炊き出しなんだよ」
「野外炊具1号で炊き出し訓練をしましたから、サラダも作れます」
「サラダに炊き出しは関係なくない?」
「そうだ! 日曜市で材料を買いましょ」
「日曜市?」
「はい。役場の広場で、なかなか隣町まで行けない人のために、農家の方が農作物を売りに来るんです。隣町の移動販売車も来ますよ」

 それを聞いて、冴は首を横に振った。
「ごめんなさい。私、村の人たちに、あまり顔を出さない方がいいわ」
 そう言ってから、務めて明るい笑顔を二人に見せる。
「親切にしてくれるのは嬉しい。でも、この村でこの先もやっていくのなら、必要以上に私に関わらない方がいいわよ」


 ◇


 何となく会話が途切れたまま、あおいは野久保と朝市に向かった。

 かつては子供たちの歓声が響いていただろう場所には、ゴザやビニールシートが敷かれ、端の方には軽トラや移動販売車が並んでいる。
 週に一度繋がる、村の高齢者向けのライフラインである。

「あら、ナギちゃん」
 近くの老婦人に声を掛けられる。かんなぎのナギらしい。
 彼女は、裁縫の得意なハツさんだ。八十近いが、足腰も頭もしっかりしている。農家が多いこの地域で、ミシンが使える人は貴重なため、服の修繕や丈直しを頼まれたり、小物を作って市に出店したりしている。
 今日も、ゴザに財布やポーチを並べて、その奥に座っていた。

「あら、おはようございます。今日もお元気ですね」
「元気でなきゃ、この村では生きていけないさ」
 ……その通りである。病院すらなく、介護のためのネットワークも届いていないこの村では、動けなくなるという事は、死に等しい。

 だが村の人々は、そんな厳しい状況であっても明るいものだ。
「ナギちゃんこの前、スマホポーチが欲しいと言ってただろ? 試しに作ってきたよ」
「あら、嬉しい。ハツさんコレクションの新作、見せてくださいよ」
 するとハツは、奥に置いてあるショルダーポーチをあおいに渡した。
 彼女の作るものは、基本、着物の古布のリメイクである。だから、見た目はかなり渋い。しかし、そのクタリとした生地感が使いやすく、村人には大人気だ。
 あおいはポーチを肩に掛け、スマホを入れてみる。
「スマホなんて物を持った事がないけど、ちゃんと入るかね?」
「ピッタリです。ファスナー付きのポケットもあるんですね。小銭も入って便利だわ。おいくらです?」
「ナギちゃんだから、特別に五百円にしとくよ」
「ありがとう、ハツさん」
 購入してから、あおいは野久保を振り返った。
「凄くいいですよ。先輩もどうですか?」
「いや、僕は……」
「ハツさんの小物を持ってるのが、この村のステータスなんですよ」
「じ、じゃ……」

 野久保が品定めしていると、ハツがあおいに囁く。
「――神社の娘が役場に来てるって、本当かい?」
 ……やはり。小さなコミュニティである。状況の伝達速度は尋常ではない。
 あおいは少し迷った後、隠す必要もないと判断し、答えた。
「ええ、そうみたいですね」

 結局、野久保は財布やらぬいぐるみやらを数点買わされていた。……冴にプレゼントをする気かもしれない。

 その後、あおいたちは数人の村人に声を掛けられ、荷物を自宅へ運ぶのを手伝った。
 休日とはいえ、村人たちにとっては役場の職員という認識しかない。これも公務員の仕事なのだ。

 だが、朝市が閉まる頃には、お礼にともらった野菜の数々で両手が塞がるほどになった。
「これで十分、カレーが作れるよ」

 ――その夜は、あおいの部屋でカレーパーティーとなった。
 冴は戸惑いつつも、何の捻りもない、ルーの箱に書いてあるレシピ通りの野久保のカレーを頬張っている。
 やはり冴へのプレゼントだった、酷く渋い柄のテディベアが座るローテーブルを囲みながら、少々ぎこちない会話が続く。

 すると、冴が再び言った。
「聞いたでしょ? 私の身の上。だから、私にはあまり……」
 あおいは缶チューハイをテーブルにガンと置く。
「係長、そういうの、良くないと思います」
 頬を紅潮させた彼女は、酔っていた。
「村の人にどう思われてようが、係長は、私たちの係長です!」
「そうですよ! 係長は係長。美人である事に変わりありません!」
 だが、野久保の方がもっと酔っているようだ。唐突に正座をすると……。
「僕、係長を初めて見た時から恋に落ちました。付き合ってください!」

 ……これには、あおいも酔いから醒めた。
 一種緊迫した異様な空気の中で、冴は戸惑ったように微笑んだ。
「ありがとう。お気持ちは嬉しいわ。でも私、あなたを恋愛対象として見るのは無理」
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