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Ⅰ.特定外来妖物
④
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――午後一時。
元は運動場だった場所に停まった軽トラの前に集まる。
紺色ベースにオレンジ色の切り替えの入った防災服の上下に、登山靴と村章の入った帽子。
全員同じ格好に着替えている。
……ただ、この防災服が他と少し違うのは、『特殊治安係』の文字が大きく背中に入っている事と、左腕に撒かれた腕章である。
五芒星と格子模様。
――セーマンドーマン。魔除けに用いられる紋章だ。
しかし、ここでの役割は魔除けではなく、在来種――御石山地一帯に古来より生息する妖怪たちに、禁足地へ踏み入る許可を得ている事を示すものである。
御石村とは、そういう地なのだ。
御石山地の奥にある小さな村落ではあるが、その歴史は、日本書紀の時代にまで遡るという。
ここには神話が残っている。
葦原中国平定の際、荒ぶる国津神を封じるため、天津神は各地に巨大な柱を埋めた。
――要石と呼ばれるそれらの役割は、禍から国を守る事。
その中でも大黒柱に当たる最も重要な要石が、ここ、御石山にあるというのだ。
その要石――御石を守るため、天津神はこの地に、六柱の獣の神を住まわせた。
そして彼らの仕事ぶりを監視する役目として、『鬼』を置いた――。
かつてはその神話を、「御石神社」という村外れにある神社が伝承し、六柱と鬼の七柱の神――七妖衆を祀ってきた。
ところが神社は、だいぶ前に廃社となった。
今ではその伝承を知る者は、村の長老クラスのみである。
あおいがその神話を知っているのは、趣味のトレッキングの最中に、たまたま御石神社の廃墟を見付けたからだ。
剥げ落ちた看板を写真で撮り、棗係長に見せたところ、そんな話を聞かせてくれた。
そうでなければ、彼女は何のためにこんな仕事をしているのかすら知らなかっただろう。
棗課長の話では、七妖衆は現在も御石山地の奥に存在しており、その役目を全うしているらしい。
そのため、彼らの領域に踏み入れば、排除のために攻撃を仕掛けてくる。
それを避けるため、村の人々は、御石のあるとされる御石山周辺を禁足地として封じてきた。
……ところがである。
二十五年ほど前から、その禁足地の中に、本来この地に存在しないはずの妖が現れるようになった。
――特定外来妖物。
突如現れたその異形は、迎えうった七妖衆を蹴散らしてしまった。
その事件以降、七妖衆はその力を大きく削がれ、本来の役目を全うできないまでになった。
御石に何かあってはならないと、それからというもの、特定外来妖物を駆除する役目を、七妖衆に代わり、役場が担うようになった。
その担当部署が、『特殊治安係』。
名目上、「生活安全課」の下に置かれる組織ではある。
だが、構成するメンバーや、昼食時に聞いた野久保の話からするに、村という枠を超えたところにある何者かの意思が動いているように思える。
しかし、配属されてまだ半年の巫あおいには、それが何であるのか、知る由もなかった。
与えられた任務をこなすのに、まだまだ精一杯なのだ。
「準備はいいか?」
坂口係長代理が軽トラの荷台を確認する。
「はいっ!」
反射的に敬礼を返したあおいに、彼は苦笑した。
「ここは自衛隊じゃない。害獣駆除を行う役場の職員なんだよ」
「し、失礼しました……」
坂口の合図で、あおいと猪岡が荷台に乗る。
運転席には坂口、助手席には野久保だ。
原則、車の荷台に人を載せて公道を走るのは法律違反だ。しかし、村が特別な許可を与えている、という事になっている。
……そもそも、この村には警察も駐在所もなく、取り締まる人もいないのだが。
それに――と、あおいは縮こまって座った足元を見下ろした。
武器弾薬の運搬に、見張りが必要なのだ。
荷台に積まれた、黒い金属の筒の数々。
とても役場の職員の持ち物とは思えない。
散弾銃は坂口のもの。本職は猟師なので、これは自前である。
それから、自動小銃。
89式5.56mm小銃――あおいが自衛隊より特別に貸与されているものだ。
そして、狙撃銃。
これは猪岡のものであるのだが……。
あおいも自衛官の端くれである。ある程度の銃器の知識はある。
これは、狩猟やクレー射撃に使われるものとは違う。どう見ても、軍用のスナイパーライフル。一般人が手に入れられる代物ではない。
気にはなったが、猪岡は過剰なほど寡黙である。聞いたところで答えてくれるとは思えない。
チラリと見上げると彼と目が合い、気まずくなってあおいは目を伏せた。
すると意外にも、猪岡はボソリとこう言った。
「警察だ」
「……え?」
「昔、警察官だっだ。特殊部隊……SATだ」
「そう、なんですか……」
道理で……と、あおいは納得した。
SATとは、警視庁及び一部の道府県警にのみ配備される、特殊急襲部隊。ハイジャックやテロのような重大な事件を鎮圧する特殊部隊だ。特殊訓練を受けた精鋭揃いである事は言うまでもない。
以前、あおいは何度も、現場で猪岡の活躍を見てきた。
彼の射撃の腕前は、防衛大の教官でも敵わないほどだと、あおいは気付いていた。
百発百中で確実にアヤカシの急所を撃ち抜くさまは、防衛大時代から射撃の成績がいまいちな彼女にとって、羨望にも似た気持ちを持たせるに十分だった。
何とか会話を続けたいと、恐る恐るあおいは尋ねる。
「警視庁ですか? それとも、どちらの県警……?」
だが彼は、
「これ以上は、言えない。……すまない」
と、陰気な表情を逸らしたのだった。
軽トラは、舗装の満足にされていない林道をガタガタと進む。
手入れされた植林の木漏れ日が、柔らかく道を照らす。
この村の主な産業のひとつが林業であるが、少子高齢化がとどまる事を知らない現状からするに、この美しい木々が打ち捨てられる日も、遠くないのかもしれない。
二十分ほどして、ゆっくりと軽トラが停まった。
目的地に到着したのだ。
助手席から出てくるなり、野久保が素っ頓狂な声を上げる。
「ななな何ですか、ここは――!」
あおいも荷台から降り、野久保の視線の先に目を向ける。
――突如、林道を遮って現れた鉄条網。
見上げる高さのそれが発する異様な空気は、また別のところにも原因があった。
御札。
注連縄が何重にも張られた鉄条網に、無数の紙片が結び付けられている。そのどれもに、複雑な文様や呪文が書き込まれ、山風にザワザワと揺れるさまは、初めて見た野久保を動揺させるに十分な光景だ。
運転席から坂口が降りる。
そして、鉄条網に取り付けられた、鎖と南京錠で閉ざされた鉄扉を示した。
「ここから先が禁足地だ。心してかかれ」
元は運動場だった場所に停まった軽トラの前に集まる。
紺色ベースにオレンジ色の切り替えの入った防災服の上下に、登山靴と村章の入った帽子。
全員同じ格好に着替えている。
……ただ、この防災服が他と少し違うのは、『特殊治安係』の文字が大きく背中に入っている事と、左腕に撒かれた腕章である。
五芒星と格子模様。
――セーマンドーマン。魔除けに用いられる紋章だ。
しかし、ここでの役割は魔除けではなく、在来種――御石山地一帯に古来より生息する妖怪たちに、禁足地へ踏み入る許可を得ている事を示すものである。
御石村とは、そういう地なのだ。
御石山地の奥にある小さな村落ではあるが、その歴史は、日本書紀の時代にまで遡るという。
ここには神話が残っている。
葦原中国平定の際、荒ぶる国津神を封じるため、天津神は各地に巨大な柱を埋めた。
――要石と呼ばれるそれらの役割は、禍から国を守る事。
その中でも大黒柱に当たる最も重要な要石が、ここ、御石山にあるというのだ。
その要石――御石を守るため、天津神はこの地に、六柱の獣の神を住まわせた。
そして彼らの仕事ぶりを監視する役目として、『鬼』を置いた――。
かつてはその神話を、「御石神社」という村外れにある神社が伝承し、六柱と鬼の七柱の神――七妖衆を祀ってきた。
ところが神社は、だいぶ前に廃社となった。
今ではその伝承を知る者は、村の長老クラスのみである。
あおいがその神話を知っているのは、趣味のトレッキングの最中に、たまたま御石神社の廃墟を見付けたからだ。
剥げ落ちた看板を写真で撮り、棗係長に見せたところ、そんな話を聞かせてくれた。
そうでなければ、彼女は何のためにこんな仕事をしているのかすら知らなかっただろう。
棗課長の話では、七妖衆は現在も御石山地の奥に存在しており、その役目を全うしているらしい。
そのため、彼らの領域に踏み入れば、排除のために攻撃を仕掛けてくる。
それを避けるため、村の人々は、御石のあるとされる御石山周辺を禁足地として封じてきた。
……ところがである。
二十五年ほど前から、その禁足地の中に、本来この地に存在しないはずの妖が現れるようになった。
――特定外来妖物。
突如現れたその異形は、迎えうった七妖衆を蹴散らしてしまった。
その事件以降、七妖衆はその力を大きく削がれ、本来の役目を全うできないまでになった。
御石に何かあってはならないと、それからというもの、特定外来妖物を駆除する役目を、七妖衆に代わり、役場が担うようになった。
その担当部署が、『特殊治安係』。
名目上、「生活安全課」の下に置かれる組織ではある。
だが、構成するメンバーや、昼食時に聞いた野久保の話からするに、村という枠を超えたところにある何者かの意思が動いているように思える。
しかし、配属されてまだ半年の巫あおいには、それが何であるのか、知る由もなかった。
与えられた任務をこなすのに、まだまだ精一杯なのだ。
「準備はいいか?」
坂口係長代理が軽トラの荷台を確認する。
「はいっ!」
反射的に敬礼を返したあおいに、彼は苦笑した。
「ここは自衛隊じゃない。害獣駆除を行う役場の職員なんだよ」
「し、失礼しました……」
坂口の合図で、あおいと猪岡が荷台に乗る。
運転席には坂口、助手席には野久保だ。
原則、車の荷台に人を載せて公道を走るのは法律違反だ。しかし、村が特別な許可を与えている、という事になっている。
……そもそも、この村には警察も駐在所もなく、取り締まる人もいないのだが。
それに――と、あおいは縮こまって座った足元を見下ろした。
武器弾薬の運搬に、見張りが必要なのだ。
荷台に積まれた、黒い金属の筒の数々。
とても役場の職員の持ち物とは思えない。
散弾銃は坂口のもの。本職は猟師なので、これは自前である。
それから、自動小銃。
89式5.56mm小銃――あおいが自衛隊より特別に貸与されているものだ。
そして、狙撃銃。
これは猪岡のものであるのだが……。
あおいも自衛官の端くれである。ある程度の銃器の知識はある。
これは、狩猟やクレー射撃に使われるものとは違う。どう見ても、軍用のスナイパーライフル。一般人が手に入れられる代物ではない。
気にはなったが、猪岡は過剰なほど寡黙である。聞いたところで答えてくれるとは思えない。
チラリと見上げると彼と目が合い、気まずくなってあおいは目を伏せた。
すると意外にも、猪岡はボソリとこう言った。
「警察だ」
「……え?」
「昔、警察官だっだ。特殊部隊……SATだ」
「そう、なんですか……」
道理で……と、あおいは納得した。
SATとは、警視庁及び一部の道府県警にのみ配備される、特殊急襲部隊。ハイジャックやテロのような重大な事件を鎮圧する特殊部隊だ。特殊訓練を受けた精鋭揃いである事は言うまでもない。
以前、あおいは何度も、現場で猪岡の活躍を見てきた。
彼の射撃の腕前は、防衛大の教官でも敵わないほどだと、あおいは気付いていた。
百発百中で確実にアヤカシの急所を撃ち抜くさまは、防衛大時代から射撃の成績がいまいちな彼女にとって、羨望にも似た気持ちを持たせるに十分だった。
何とか会話を続けたいと、恐る恐るあおいは尋ねる。
「警視庁ですか? それとも、どちらの県警……?」
だが彼は、
「これ以上は、言えない。……すまない」
と、陰気な表情を逸らしたのだった。
軽トラは、舗装の満足にされていない林道をガタガタと進む。
手入れされた植林の木漏れ日が、柔らかく道を照らす。
この村の主な産業のひとつが林業であるが、少子高齢化がとどまる事を知らない現状からするに、この美しい木々が打ち捨てられる日も、遠くないのかもしれない。
二十分ほどして、ゆっくりと軽トラが停まった。
目的地に到着したのだ。
助手席から出てくるなり、野久保が素っ頓狂な声を上げる。
「ななな何ですか、ここは――!」
あおいも荷台から降り、野久保の視線の先に目を向ける。
――突如、林道を遮って現れた鉄条網。
見上げる高さのそれが発する異様な空気は、また別のところにも原因があった。
御札。
注連縄が何重にも張られた鉄条網に、無数の紙片が結び付けられている。そのどれもに、複雑な文様や呪文が書き込まれ、山風にザワザワと揺れるさまは、初めて見た野久保を動揺させるに十分な光景だ。
運転席から坂口が降りる。
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