4 / 5
ウラヌスの眼
しおりを挟む
──SOS キュウエンヲ モトム SOS──
「救難信号ヲ受信」
ニックの声に、ソウは昼寝から目を覚ました。
「座標は?」
起き上がり、ニックの告げる数値をモニターに入力する。
「確かに金属反応があるな」
「ドウシマスカ?」
「行くしかないな」
ソウはエンジンを始動した。
遺棄された人工衛星のゴミを回収する宇宙清掃業のソウと、ロボットアーム用AIのニック。
虚無の宇宙とはいえ、決して孤独ではない。様々な出会いと別れに翻弄されつつ生きている。
宇宙船を進めた先に小型の人工衛星がある。あの形状は……
「熱エネルギー反応。稼働中ノ軍事衛星デス」
「クッソ!」
出力全開、取り舵いっぱい!
オンボロ宇宙船が悲鳴を上げる。船体が傾き、平衡感覚を喪失させる。
「レーザー、来マス」
ニックの叫びと同時に、窓のすぐ外を光の槍が通過する。衝撃波が船を揺らす。
「再充填、次ノ攻撃マデ10……」
「逃げるぞ!」
宇宙船は全速で宙域を離れる。しばらく進み、異音を立てだしたエンジンを停止させる。
「……やれやれ」
ソウは額の汗を拭い、操縦席に背中を預けた。
「熱反応、消失シマシタ」
「アレは何なんだ?」
ニックが情報を検索する。
「地球ガ幾ツモノ国家ニ分カレテイタ時代ニ、大気圏外ヲ飛ブミサイルヲ撃チ落トスタメニ設置サレタ迎撃衛星、通称『ウラヌスノ眼』。電波ヲ検知シ、一定範囲内ニ侵入シタ物ヲ、自動デ攻撃シマス」
「そんな物を放置して、地球政府は何をやってるんだ」
ソウは窓の外を見た。難破船の破片が、そこらじゅうに散らばっている。
「指定航路カラ外レテイルタメ、放置サレテイルヨウデス」
運悪く航路を外れてしまい、こいつに会ったら最後……。
「何とかしないとな」
その時、再び救難信号が。
「発信場所ハ、ウラヌスノ眼デス」
……どういう事だ?ソウは顎に手を当てた。
考えられるとすれば、非常脱出カプセルが電波を発することなくウラヌスの眼に辿り着き、そこから救難信号を発している。つまり、眼の中心は攻撃圏外という訳だ。
「……やるか」
ソウは宇宙服を手に取った。
非常にリスクの高い作戦だ。
ソウは生身でウラヌスの眼に向かう。通信はできない。自分の感覚だけが頼りだ。到着後、ウラヌスの眼を無効化し、ニックに連絡、宇宙船を呼び寄せる。
万一ひとつでもトラブルがあれば命は無い。背負った小型エンジンの有効距離は目的地までの最短距離、酸素ボンベの容量は30分。
「スリル満点だな」
ソウは虚空を滑っていく。
幾つかの哀しい遺産を通り過ぎ、ウラヌスの眼に辿り着くと、既に20分が経過していた。
砲台の隙間に非常カプセルが挟まっている。かなり旧式なものだ。恐らく遭難者は……。しかし悲劇を終わらせるために、天空神を黙らせなくてはならない。
ソウは人工衛星に取り付いた。分解する方法は仕事柄心得ている。
とその時、声が通信に侵入した。
「ヤット、来テクレタ」
「誰だ?」
顔を上げると、人工衛星のセンサーがソウを見ていた。
「私ハ、ウラヌスノ眼ノAI。ズット助ケヲ呼ンデイタノニ、自動迎撃システムガ、ミンナ壊シテシマッタ」
「……そうか」
「私ヲ壊シテ」
「分かったよ」
ソウは工具を取り出し、作業を開始した。……しかし、これまで稼働し続けてきた軍事衛星だけある。非常に丈夫で精巧な造りだ。作業は難航した。
あと5分。時間が無い。
「畜生、外れねぇ」
「コノ眼ヲ壊シテ。ソウスレバ私ハ止マル」
センサーがじっとソウを見ている。
「了解」
ソウは人工衛星をよじ上り、「眼」に向き合った。
「……アリガトウ」
ソウは目を閉じ、工具を思い切りセンサーに振り下ろした。
無音で散らばる破片。ゆっくりと虚無の空間を漂っていく。
声は消えた。代わりに、酸素ボンベの残量切れアラームが鳴る。
「……ニック、迎えを頼む」
「了解シマシタ」
通信を切り、ソウは人工衛星を見下ろした。
──ヤマアラシのジレンマ、って奴に似ているかもしれない。
助けが欲しいのに、手を差し伸べる者を傷付けてしまう。悲嘆に暮れた結論が「自分を壊す」だったんだろう。
非常カプセルを抱える砲台が、優しい手に見えた。
宇宙船の光が近付いてきた。その光が滲み、ソウは意識を失った。
目を開くと、宇宙船のベッドの上だった。顔に酸素吸入器が押し当てられている。……酸欠で気を失ったところを、ニックが助けてくれたんだろう。
「ありがとよ、ニック」
天井に向かって声を掛ける。するとスピーカーが返事をした。
「アト1分遅ケレバ、死ンデイマシタ。計画ガ無茶デジタヨ」
「まあそう言うな」
ソウは起き上がり伸びをした。
「ウラヌスの眼の回収は?」
「シテイマセン」
「……へ?」
「指示ニアリマセンデシタ」
「…………」
──貨物室には、非常カプセルだけが鎮座していた。
「……まぁ、そうだけどさ……」
あの貴重な軍事衛星を、このまま見逃す手はない。
「回収に行くぞ、ニック」
「了解シマシタ」
宇宙船はゆっくりと旋回を開始した。
「救難信号ヲ受信」
ニックの声に、ソウは昼寝から目を覚ました。
「座標は?」
起き上がり、ニックの告げる数値をモニターに入力する。
「確かに金属反応があるな」
「ドウシマスカ?」
「行くしかないな」
ソウはエンジンを始動した。
遺棄された人工衛星のゴミを回収する宇宙清掃業のソウと、ロボットアーム用AIのニック。
虚無の宇宙とはいえ、決して孤独ではない。様々な出会いと別れに翻弄されつつ生きている。
宇宙船を進めた先に小型の人工衛星がある。あの形状は……
「熱エネルギー反応。稼働中ノ軍事衛星デス」
「クッソ!」
出力全開、取り舵いっぱい!
オンボロ宇宙船が悲鳴を上げる。船体が傾き、平衡感覚を喪失させる。
「レーザー、来マス」
ニックの叫びと同時に、窓のすぐ外を光の槍が通過する。衝撃波が船を揺らす。
「再充填、次ノ攻撃マデ10……」
「逃げるぞ!」
宇宙船は全速で宙域を離れる。しばらく進み、異音を立てだしたエンジンを停止させる。
「……やれやれ」
ソウは額の汗を拭い、操縦席に背中を預けた。
「熱反応、消失シマシタ」
「アレは何なんだ?」
ニックが情報を検索する。
「地球ガ幾ツモノ国家ニ分カレテイタ時代ニ、大気圏外ヲ飛ブミサイルヲ撃チ落トスタメニ設置サレタ迎撃衛星、通称『ウラヌスノ眼』。電波ヲ検知シ、一定範囲内ニ侵入シタ物ヲ、自動デ攻撃シマス」
「そんな物を放置して、地球政府は何をやってるんだ」
ソウは窓の外を見た。難破船の破片が、そこらじゅうに散らばっている。
「指定航路カラ外レテイルタメ、放置サレテイルヨウデス」
運悪く航路を外れてしまい、こいつに会ったら最後……。
「何とかしないとな」
その時、再び救難信号が。
「発信場所ハ、ウラヌスノ眼デス」
……どういう事だ?ソウは顎に手を当てた。
考えられるとすれば、非常脱出カプセルが電波を発することなくウラヌスの眼に辿り着き、そこから救難信号を発している。つまり、眼の中心は攻撃圏外という訳だ。
「……やるか」
ソウは宇宙服を手に取った。
非常にリスクの高い作戦だ。
ソウは生身でウラヌスの眼に向かう。通信はできない。自分の感覚だけが頼りだ。到着後、ウラヌスの眼を無効化し、ニックに連絡、宇宙船を呼び寄せる。
万一ひとつでもトラブルがあれば命は無い。背負った小型エンジンの有効距離は目的地までの最短距離、酸素ボンベの容量は30分。
「スリル満点だな」
ソウは虚空を滑っていく。
幾つかの哀しい遺産を通り過ぎ、ウラヌスの眼に辿り着くと、既に20分が経過していた。
砲台の隙間に非常カプセルが挟まっている。かなり旧式なものだ。恐らく遭難者は……。しかし悲劇を終わらせるために、天空神を黙らせなくてはならない。
ソウは人工衛星に取り付いた。分解する方法は仕事柄心得ている。
とその時、声が通信に侵入した。
「ヤット、来テクレタ」
「誰だ?」
顔を上げると、人工衛星のセンサーがソウを見ていた。
「私ハ、ウラヌスノ眼ノAI。ズット助ケヲ呼ンデイタノニ、自動迎撃システムガ、ミンナ壊シテシマッタ」
「……そうか」
「私ヲ壊シテ」
「分かったよ」
ソウは工具を取り出し、作業を開始した。……しかし、これまで稼働し続けてきた軍事衛星だけある。非常に丈夫で精巧な造りだ。作業は難航した。
あと5分。時間が無い。
「畜生、外れねぇ」
「コノ眼ヲ壊シテ。ソウスレバ私ハ止マル」
センサーがじっとソウを見ている。
「了解」
ソウは人工衛星をよじ上り、「眼」に向き合った。
「……アリガトウ」
ソウは目を閉じ、工具を思い切りセンサーに振り下ろした。
無音で散らばる破片。ゆっくりと虚無の空間を漂っていく。
声は消えた。代わりに、酸素ボンベの残量切れアラームが鳴る。
「……ニック、迎えを頼む」
「了解シマシタ」
通信を切り、ソウは人工衛星を見下ろした。
──ヤマアラシのジレンマ、って奴に似ているかもしれない。
助けが欲しいのに、手を差し伸べる者を傷付けてしまう。悲嘆に暮れた結論が「自分を壊す」だったんだろう。
非常カプセルを抱える砲台が、優しい手に見えた。
宇宙船の光が近付いてきた。その光が滲み、ソウは意識を失った。
目を開くと、宇宙船のベッドの上だった。顔に酸素吸入器が押し当てられている。……酸欠で気を失ったところを、ニックが助けてくれたんだろう。
「ありがとよ、ニック」
天井に向かって声を掛ける。するとスピーカーが返事をした。
「アト1分遅ケレバ、死ンデイマシタ。計画ガ無茶デジタヨ」
「まあそう言うな」
ソウは起き上がり伸びをした。
「ウラヌスの眼の回収は?」
「シテイマセン」
「……へ?」
「指示ニアリマセンデシタ」
「…………」
──貨物室には、非常カプセルだけが鎮座していた。
「……まぁ、そうだけどさ……」
あの貴重な軍事衛星を、このまま見逃す手はない。
「回収に行くぞ、ニック」
「了解シマシタ」
宇宙船はゆっくりと旋回を開始した。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
片木刑事物語 GX7 ~マスター・オブ・ゴーレム~
yoshimax
SF
サイバーパンク。パラレルワールドとしてのタイ王国バン
コック・ヤワラートを舞台とする。そこは、まだバブルの余波が少し残り日系企業がハイテ
クで AI ロボットを水面下で製作していた。ヤワラート開発リーダー、倉ホークに日本から招
聘された片木刑事はヤワラートで起きている日系駐在者の子息行方不明事件を捜査。土地は
バブル後の混乱で少年少女らは混乱していた。そこへ怪獣が出現する。東南アジア的異国情
緒満載のこの土地に巨大な恐竜のような大怪獣が出現するが、それを蘇らせたのは少年少女
らの怒りと憎しみの力だった。日系企業らが地下に建設していたパワープラントを大怪獣は
襲う。それと戦うには古代の失われたテクノロジー、ジャイアントロボットを再建造するし
かない。ジャイアントロボットをパイロット出来るのは AI ロボットで片木刑事と恋仲になる
キムリーのみ!
1990 年代を舞台にしている。しかし、ありのままの 1990 年代ではなく、一種のパラレル
ワールド的な世界である。サイバースペースがアンダーグラウンドで造られていたり、フラ
イングカーの試作タイプが飛んでいたり、日本企業がバブル時代の財力を投入して AI やサイ
ボロイドを秘密裏に完成させようとしていたりします。東南アジアを舞台とし、異国的アジ
アのサイバーシティとレトロフューチャー世界観で繰り広げられる、
もう1つのナインティーズ
CREATED WORLD
猫手水晶
SF
惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。
惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。
宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。
「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。
そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。
Condense Nation
鳳
SF
西暦XXXX年、突如としてこの国は天から舞い降りた勢力によって制圧され、
正体不明の蓋世に自衛隊の抵抗も及ばずに封鎖されてしまう。
海外逃亡すら叶わぬ中で資源、優秀な人材を巡り、内戦へ勃発。
軍事行動を中心とした攻防戦が繰り広げられていった。
生存のためならルールも手段も決していとわず。
凌ぎを削って各地方の者達は独自の術をもって命を繋いでゆくが、
決して平坦な道もなくそれぞれの明日を願いゆく。
五感の界隈すら全て内側の央へ。
サイバーとスチームの間を目指して
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
実在のものとは関係ありません。
銀河太平記
武者走走九郎or大橋むつお
SF
いまから二百年の未来。
前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。
その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。
折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。
火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。
終末の運命に抗う者達
ブレイブ
SF
人類のほとんどは突然現れた地球外生命体アースによって、消滅し、地球の人口は数百人になってしまった、だが、希望はあり、地球外生命体に抗う為に、最終兵器。ドゥームズギアを扱う少年少女が居た
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる