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❖ ホラー ❖

言霊 ※ホラー要素強めのため、閲覧注意

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 「言霊」って聞くだろ?
 言葉に魂が宿り、聞いた者の心を操るってやつ。それは特別な呪文でなくても、ありきたりな言葉にも宿る。
 これは、そんな言霊に関する奇妙な体験だ。

 俺が中学生の頃、いじめをしていた。暴力や恐喝はしていない。だから当時は、これは遊びの延長で、いじめなどではないと思っていたから、余計にタチが悪かった。
 ある同級生――仮にNとしておく――を仲間に入れ、仲間内でそいつを徹底的にからかったのだ。
 体育器具庫の裏が、俺たちの溜まり場だった。そこで、Nにこんな事をさせる。
「マジで怖い話をしてみろよ」
 知的で真面目なNは、早く解放されたくて、必死で俺たちに色んな話をした。けれども俺たちは、その言葉尻に難癖をつけ、「嘘くさい」だの「つまらん」だの、全否定していく。
 そんな事が何日も続き、Nは心から嫌そうな顔をするようになった。それを見咎めたのは、リーダー格のSだ。
「おまえのつまらん話に付き合ってやってんのによ、何だよその顔は」
 すると、Nはキッと顔を上げてこう言った。
「なら、マジでヤバい話をしてやる。何があっても知らんからな」
 そう言って、Nは話しだした。

 Nの祖母は四国の山奥の出身で、お祓いをする巫女をしていたそうだ。そのお祓いが独特で、「言霊」を使うものだった。
 相談者の悩みの原因を探り、それに対処する言葉を授け、毎日唱えるように指導する。すると不思議と、物事が好転していくらしい。
 商売繁盛や家内安全といった、無難な相談が多く、祖母が心の落ち着く言葉を授けると、大体うまくいく。……しかし中には、憎い相手を殺したいといった、負の感情の強い相談もあった。
「そんな時は、どんな言葉を伝えるの?」
 Nが聞くと、祖母は笑ってこう答えた。
「なに、同じだよ。口にする言葉がその人の心を変える。恨みを口にすれば憎くなり、幸せを口にすれば恨みは消えるもんさ」
 そう言った後、祖母は急に真面目な顔をした。
「でも、本当に人を呪い殺す言葉は存在するんだよ」
 そして彼女は、Nに御守り袋を渡した。
「どうしても辛い時には、この袋を開けなさい」

 ……そう言ってから、Nがポケットから、古ぼけた御守り袋を取り出したから、俺たちはゾクッとした。
 嫌な空気に反発するように、SがNの手から御守り袋を奪った。そして、中身を取り出す。
 それは、折り畳まれた半紙だった。それを広げ、Sは大声で読み上げた。
「‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬(本当にヤバいから伏字にする)……、何だこりゃ?」
 それは、ごくありふれた言葉だった。しかしそれが、毛筆の達筆で大仰に書かれていたから、俺たちは大笑いした。
「馬鹿じゃねーの? ダッサ」
「‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬だって? そんなんで人が死ぬ訳ねーだろ」
「‪ ‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬~、‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬~♪」
 全員が笑い転げる中、俺だけはその言葉を言わなかったんだと思う。だがその様子を見ていたNの顔を見て、一気に血の気が引いた。
 Nはニンマリと口角を釣り上げ、こう言った。

「これは、人に呪いを掛ける言葉じゃなくて、『言った者に災厄を及ぼす言葉』だから」

 Nが去った後、凍り付いた空気が残された。互いに顔を見合わせて固まっていたが、Sがペッと唾を吐いて立ち上がった。
「アホらし。帰ろうぜ」

 ――翌日。
 あの言葉を口にした者は、全員学校に来なかった。

 後から聞いた話。
 Sはその夜、風呂で心臓発作を起こして死んだらしい。
 「死ぬ訳ねーだろ」と言った奴は、階段を踏み外して半身不随になった。
 歌にしてからかった奴は、検索したのだろう、パソコンの前で手首を切っていた。その両親も、その言葉を調べたらしく、交通事故で……。

 そして、責任を感じたのか、翌日、Nも自宅マンションから飛び降りてしまった。

 「ダッサ」とからかっただけで、その言葉を口にしていない俺だけが生き残った。
 あれから十年以上経った今も、その言葉だけは口にしていない。
 それは、誰でも知っている言葉だ。けれど、全うな人生を送っていれば、まず言ったり聞いたりする事はないだろう。
 しかし、会話の端についその言葉を口走ってしまうのではないかと、俺は恐ろしくて、まともに人と話せなくなった。……正直言うと、あれから学校にも行かず、仕事もしていない。ずっと部屋にこもって、パソコンだけを見ている。
 そんな生活にも、ほとほと嫌気が差してきた。どうせなら、多くの人を巻き込んで死にたい。
 もう気付いているかもしれないが、この話のどこかに、その言葉を隠しておいた。
 音読すれば、死ねるぞ。



「……今、拡散されてる怪談だって。ねえ、今度、この話の朗読をしてみない?」
 怪談朗読が趣味の妻が、私にあるサイトを見せた。
「語り手が男だし、あなた読んでよ」

 ――残念ながら、その手には乗らないよ。
 これは、君に読ませるために、僕が書いたのだから。
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