上 下
5 / 6
❖ 転生 ❖

勇者、コンビニでバイトする。

しおりを挟む
 敵国の侵略を受け、姫と勇者である俺は、塔の最上階に追い詰められた。
「ここまでか」
 敵の軍勢に剣を構えるが、多勢に無勢、勝ち目はない。
「諦めてはなりません。──行きましょう」
 姫が腕を引く。自害か。そう考えた瞬間、姫のペンダントに輝く魔法石の光が揺らめいた。
「アヌザ・ワルト」
 ──王家に伝わる呪文。何が起こるのか俺は知らない。
 虹色の閃光が迸る。敵が怯んだ隙に、姫が俺の腕を絡め宙に身を踊らせた。
「大丈夫、死なないから」
 姫の声が耳元で囁く。
 地面に叩き付けられる感覚。俺の意識は暗転した。

 ──耳障りな鋭い音で目を覚ます。
「何だ?」
 顔を上げると、目を光らせた巨大な鋼鉄の獣が俺を威嚇している。驚愕した俺は一目散にその場を離れた。
 柵の中に逃げ込むと多くの人々がいた。慌てる様子はない。柵を超えて襲って来る事はないようだ。行き交う人々は獣の群れを気にする様子もない。
 逆に俺の様子が気になるようで、まじまじと見てくる者がいる。
「コスプレ?」
「ガチすぎ」
 人々は遠巻きに、手にした板を俺に向ける。何だあれは? しかし、取り囲まれジロジロと見られるのは不快だ。
「離れろ!」
 俺は剣を構えた。だが、
「ウケるー」
と、ニヤニヤと笑いながら板を眺めている。──何なんだ、こいつら?
 気味悪さから俺は逃げた。人垣をかき分け、当てもなく走る。
 建物も人々の格好も、見た事がないものばかりだ。一体どういう事だ、ここはどこだ?
 脇道に入り人波を抜ける。激しい動悸は走ったせいだけではない。違和感だらけの世界で不安に駆られる。
 と、唐突に腕を引かれ、俺は剣を構えた。しかしそこにあったのは、見覚えのある顔だった。
「姫、ご無事で!」
「貴方こそ大丈夫?」
 姫はにこやかに俺を見た。だが違和感がある。服装や髪型が、この世界のものに変わっているのだ。
「驚くわよね。歩きながら話すわ」

 ──王家に伝わる魔法石。その効果は、異世界を行き来できるというもの。
「私はこの世界に何度も来た事があるの」
 俺を威嚇した鋼鉄の獣は自動車、人々が持つ四角い板はスマホと呼ぶようだ。
「こうするしか、あなたを助けられなくて」
 そして、薄い鉄の階段を上った先にある扉を開いた。
「この世界での私の城よ」
 物置小屋ほどの空間に、小さな家具が置かれていた。
「ここでゆっくりして」
と、姫は俺に椅子を薦め、バイトがあるからと出かける準備を始めた。
「バイト、とは」
「お仕事よ」
「仕事、ですと?」
 俺は椅子から立ち上がった。
「姫に仕事をさせる訳にはいきません、俺が行きます!」

 遠慮する姫を説き伏せ俺がやって来た先は、コンビニという場所だった。
 呆気に取られる店長に事情を説明すると、着替えるよう指示された。
 何とも形容し難い服装で店に立つ。
 早速最初の客だ。中年男は「あれ」と棚を顎で指した。
「は?」
「は? じゃねーよ、あれだと言ってンだろ」
「貴様は己の要求をあれとしか表現できない白痴か?」
 それならそれなりの対応をすべきという純粋な質問だったが、男は激昂した。
「てめぇ、客に向かって貴様とは! 社員教育はどうなってる?」
「俺は社員ではない、バイトだ」
「店長を呼べ!」
 そして、店長が怒り狂う男に平身低頭する様を見ていた。
 なぜ謝る必要がある? 刃で雌雄を決すればよいものを。
 だが店長は鬼の形相で俺に怒りを向けた。
「言葉遣いも知らんのか!」
「ならば店長は男としての誇りを知らぬのか?」
「クビだ!」

 帰って報告すると、姫は肩を竦めた。
「この世界はね、そういうところなの」
 騎士道精神はなく、金を巡る立場が全て。争いはない代わりに、自分の誇りプライドは捨てねば生きていけない。
「なんと情けない……」
「でもね」
 姫は悲しげに微笑んだ。
「私は、この世界から戻りたくないの」
「…………」
「ここに居れば、大切な人が死ぬところを見なくて済むから」
 そう言って目を伏せた。
「私と一緒にこの世界で生きて欲しいの」
 俺は驚き、混乱した。姫と共に暮らす、というのは、つまり……!
 俺は飛び退がり平伏した。
「勿体無いお言葉、この身に余ります」
 その手を取り、姫は優しく笑った。
「お願い」
 激しい鼓動が止まらない。息を飲んで心臓を押さえ付け、俺は姫の手をそっと解いた。
「お言葉ではございますが、俺は元の世界に戻りたいです」
 姫の目からはらりと雫が落ちる。
「私は魔法石の加護で、世界の行き来は自由にできる。
 でも、貴方は転生者。貴方の体はあの世界では死んでいるの。つまり……」
「騎士の本懐は、死ぬ事と心得ます」
 精一杯の笑顔を姫に向ける。泣き崩れた姫に愛おしさが募り、その体を精一杯抱き締めた。
「姫のお傍に居られて、俺は幸せでした」
 胸のペンダントが光る。虹色に揺らめく魔法石を握り、姫は震える声で呟いた。
「リアヌ・ワルト」
 世界が暗転する。姫の温もりだけが腕に残った。

 その後、姫がどうなったのか、俺に知る術はない。しかし、きっと幸せになってくれたと、俺は信じている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】かわいいペットの躾け方。

春宮ともみ
恋愛
ドS ‪✕ ‬ドM・主従関係カップルの夜事情。 彼氏兼ご主人様の命令を破った彼女がお仕置きに玩具で弄ばれ、ご褒美を貰うまでのお話。  *** ※タグを必ずご確認ください ※作者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ書きなぐり短編です ※表紙はpixabay様よりお借りしました

愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界

レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。 毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、 お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。 そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。 お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。 でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。 でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...