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Ⅲ章 インドラの杵編

(45)目的地

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 意味が分からない。
 言ってる事が矛盾している。

「ど、どういう事だよ……!」
 俺は思わず声を上げた。
 すると法心は、事もなげに答えた。

「あの神殿は、のだ」

「この世界での目的を、達成する……」
 ニーナが繰り返す。
「つまり、俺たちならば、俺たちの子供を見つけたら、エリューズニルは現れると」
「貴殿の目的が何かは知らん。だが、拙僧の前には確かに現れた」

 俺たちは顔を見合わせた。
 みんな、この生臭坊主の言っている事は本当だろうか……と思っているのが、手に取るように分かる。

「……で、アナタの達成した目的は何だったの?」
 エドが聞くと、法心は顔の前で手を合わせた。
「この世界の全ての亡霊を成仏させる事」
「多分、それをやっちゃうと、この世界ヘルヘイムが成り立たないから、女神様がアナタをこの世界から追い出そうとしたのよ……」
 エドは肩を竦める。
「それでも、アナタは女神様に生き返る事を求めなかったの?」
「そうだ。全ての亡霊を成仏させてないからな」
「それはもうやめなさい」

 半信半疑な顔を突き合わせて、俺たちは法心の話をどう解釈すればよいのか考えた。
 ニーナとバルサはともかく、他の六人には、「エリューズニルにたどり着く」以外に、この世界で生きる目的がなかったからだ。
 法心の話が本当なら、俺たち六人は、どれだけ探したって絶対にエリューズニルにたどり着けなかったワケだ。

「本来、人が生きるというのに目的はいらん。むしろ、生を受けた事を御仏の思し召しと受け入れて、生を全うするのが人の道とされておる。だが、この世界では、その理屈は通用せぬようだ」
「じゃあ、オレたちはどうすればいいんだ……」
 アニが深刻そうにうつむくと、法心はハハハと笑った。
「簡単な事だ。今から目的を考えれば良い」
「目的を、考える……」
「達成した場所が目的地となるような、そんな『生きる理由』を」

 生きる理由――。

 それは簡単なようで、とても難しい事に思えた。
 一応、俺がこの世界に来た「理由」なら、「異世界を取材して創作のタネにする」だが、それはここまでやったらゴール、という明確なものではない。
 以前、ファイが言っていた「誰かの役に立ちたい」もしかり。
 達成した場所が目的地となるような理由、か――と、俺は考え込んでしまった。

 すると、アニが俺をチラチラ見ている事に気づいた。何か言いたいのだろうか?
 だが、
「どうしたんだよ?」
 と俺が聞くと、アニは
「な、何でもねえよ!」
 と顔を背け、こう続けた。

「――あいつら、エインヘリアルをブッ潰すくらいしか、思い付かねえな、と思って……」

「悪くないわね」
 エドがニヤリと顎を撫でる。
「それはこの世界にとっても健全な事のように思えるから、女神様も認めてくれるんじゃない?」
「僕も賛成するよ……転生者同士で殺し合うなんて、どう考えたっておかしいよ」
 ファイが珍しく、はっきりと発言した。
「私も……。お兄ちゃんの事があってから、他の人を犠牲にしてまで生き延びようとするのは、どうしても受け入れられなくて……」
 マヤが暗い顔でうつむく。

「ワタシも賛成アル。料理の邪魔されるの、嫌アルね」
 チョーさんがそう言いながら、薬膳茶をみんなに配る。
「……お坊さん、あんた、嘘ついたアル。ホントは、あの武器より、死んだ人、少ないアルね?」

 チョーさんの読みは、納得できるものだった。
 相手がエインヘリアルなら、他の転生者から奪った武器も持っていたはずなのだ。
 案の定、法心はうなずいた。
 死者の数より多い武器で事情を察して、その武器の持ち主までも、この僧侶は供養していたのだ。

 薬膳茶を受け取った法心に、チョーさんは念押しする。
「アンタの攻撃、怖いアル。いきなり攻撃、ダメダメね!」
「承知した。これからヴァジュラは、相手をよく見てから使うと約束する」

   ____________
    【        ||
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 みんなで手伝って片付けも終わり、寝る準備に入る。
 川の近くだから、昼間の戦闘の汗を流す。

 法心が、あれからニーナともアニとも打ち解けたようで、俺はホッとしつつも、次なる課題に頭を悩ませていた。

 ……何と言って、法心をスカウトしよう?

 こんなに強い攻撃型僧侶が、うちみたいな弱小パーティーに誘われて、すんなり加入してくれるだろうか?
 べらぼうな報酬を要求されたらどうしよう?

 俺の陰キャがここで発揮されてしまい、自分から話し掛けられないのだ。

 そんな事を考えて挙動不審になっていると、先に川に入っていたエドが水を掛けてきた。
「冷てえっ!」
 俺が思わず声を上げると、エドはケラケラと笑った。
「アナタが水着の女の子なら良かったのにぃ」

 ……チクショウ、俺にこのくらいのコミュ力があれば……。

 そうだ! エドに頼めばいいじゃないか!

 俺はエドに近寄り囁いた。
「あのさ、あの坊さんを神代組に誘えないか?」

 するとエドは速攻、川の段差にある小さな滝で頭から水をかぶっている法心に声を掛けた。
「ねえ、アタシたちと一緒に旅しない?」

 すると、即答が帰ってきた。
「断る」

 やっぱり……と、俺は肩を落とすが、エドは諦めない。
「なんでよ。アタシが気に入らないの?」
「アホか。拙僧は修行の身だ。他人を頼りにする事はできん」
「なら、アタシも修行してみようかしら」
 エドはそう言うと、法心の横の滝にザブンと入った。
「なるほどね、髪がない方が気持ち良さそうね」
 緑色の髪が顔に張り付き、エドは煩わしそうにかき上げる。

 ……コミュ力お化けのやる事は、よく分からない。
 俺は唖然と二人を眺める。

「一緒に寝起きしなくても、進む方向が同じなら、同じ旅って事じゃないかしら?」

 ザーザーと流れ落ちる水音に負けないよう、エドが声を張り上げた。
「どう? 『亡霊を全部除霊する』っていう目的はなくなったんだし、アタシたちと同じ目的を目指すってのは、悪くないんじゃない?」

 ――つまり、行動を共にせずとも、最終決戦の地・ヴァルハラで再び合流しよう、と誘っているのだ。
 なるほど、と俺は感心した。
 この偏屈な僧侶を同行させるより、その方が都合良さそうだ。
 さすが、キレ者のエドである。

 法心は目を閉じ瞑想していたが、やがてこう答えた。
「この世界で最もタチの悪い怨霊と考えれば、それを退治するのは、拙僧の役割とも言える」

「なら決まりね!」
 エドは滝の中から、俺にウインクして見せた。
「時々連絡を取り合いましょ。チョーさんの美味しいお料理を用意して待ってるわ」

 すると苦笑しながら、法心が滝から出てきた。
「貴殿らには敵わん。胃袋を掴まれた弱みだ、約束しよう」

 法心はそう言ってから、逞しい体を俺に向ける。

「食事の礼と言っては何だが、ひとつ、いい事を教えてやろう、少年」

 いい事?
 俺はゴクリと唾を呑んだ。
「何だよ、いい事って?」

 修行と粗食で鍛え上げられた、彫像のように美しい筋肉を見せつけながら、法心はこう言った。

「貴殿の武器は珍しい。この世界で旅を続けていると、それなりに出会いはあるが、原稿用紙というのはだ。――少年、貴殿は未だ、その使い道を分かっておらぬようだ。先達がどう役立てておったか、知りたくはないか?」
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