上 下
40 / 55
Ⅱ章 甲鉄機兵編

(39)仲間のかたち

しおりを挟む
 ――ヴァルハラの一角。

 窓をコンコンと叩かれて、ミミルは本から顔を上げた。
 そして、窓の外にとまる二羽のワタリガラスを見ると、窓を押し開く。

 ワタリガラスたちは、翼を広げて部屋に飛び込むと――少女の姿に変化した。

 フギンとムニン。
 漆黒のケープのフードを目深に被り、表情は伺えない。
 二人はミミルの前に膝をつき、恭しく頭を下げた。

「ミミル様。お命じの件、調査をしてまいりました」
 そう言ったのは、姉のフギンだ。
「どうでしたか? 『ヘヴン』なる転生者について、何か分かりましたか?」
「はい。再度のスキル発動を確認いたしました」
 妹のムニンの言葉に、ミミルは興味深い目を送る。
「それで、どんなスキルなんです?」

 フギンが答える。
「原稿用紙に書いた文章が、現実のものとなるスキルと思われます」

「…………」
 ミミルは緩やかな動きで椅子に戻る。
 そして、机に置かれた叡智の書に手を乗せた。

「――私の『未来予知』に似ていますね」

 専属の密偵であるフギンとムニンを下がらせた後、ミミルは叡智の書を開いた。

 ――叡智の書の編纂へんさん者。
 それが、彼女の役割である。

 彼女は密偵姉妹に聞いた内容を書き込み、しばらく待つ。

 彼女の能力スキルである『未来予知』。
 一定の情報が集まると、叡智の書が未来を予測するのだ。

 ――そこに書かれた内容は、現実のものとなるまでなら、彼女が書き換える事ができる。

 だが、紙面に変化はない。
 まだ未来を予知するには、情報が足りないのだろう。

「真っ先にヘヴンを葬って、アルファズ様のお褒めに預かりたいわ」
 ミミルは赤らんだ頬に両手を置いて、夢見る少女の表情をした。

 明るいクリーム色の長髪に白い肌。
 金縁のメガネをしている。
 濃紺のタイトなドレスをまとった様子は、知的な雰囲気の秘書といったところ。

 そして、誰よりもアルファズを尊敬していると自負している。
 彼女は尊敬との違いを、理解していないのである。

 叡智の書を閉じふと顔を上げると、部屋の入口に人影があって、ミミルは顔を曇らせた。

「他人の部屋に入る時には、ノックをするものですよ――ヴィンセント」

 ヴィンセントは、手入れのされていない髪をモジャモジャと掻き、眠そうな目を彼女に向けた。
「ワタリガラスが出てきたのが見えてな」
「…………」
「分かったのか、ヘヴンとかいう奴の居所が」

 ミミルは答えない。
 するとヴィンセントは、無精ぶしょうヒゲを生やした顎を撫でた。
「アルファズ様の歓心を引きたいのは分かるが、隠し立ては良くないぜ。一人欠けた六賢が、意地を張り合ってどうする?」

「それを聞いて、あなたは何をしたいのですか?」
 ミミルが問うと、ヴィンセントはニヤリと答えた。
「また絵を描こうと思ってな」
「…………」
「どうせなら、見物人が多いところがいい。奴らの行き先に先回りして、そこで描く」

 ――永劫の芸術家・ヴィンセント。
 彼の能力スキルは、描いたものを具現化するものだ。

 何を描こうとしているかは知らないが、先回りされるのは面白くない。
 だが、ここで情報を出し惜しんでは、アルファズに不興ふきょうを買う恐れがある。

 ミミルは仕方なく、先程フギンに聞いたヘヴン一行の居場所を教えた。

「ありがとよ」
 ヴィンセントは軽く手を振り、部屋を出て行った。

「…………」
 ミミルはヴィンセントが嫌いだった。
 能力はともかく、序列が上である彼女に対するあの不遜ふそんな態度、そしてだらしのない身なりが、どうしても許せない。
 六賢に列するだけの資質はないと、彼女は思っていた。

「失敗すればいいのに」
 ミミルは呟いた。

   ____________
    【        ||
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ――翌朝の空は、重く曇っていた。

 世話になったダーダル村のみんなに丁寧に挨拶をしてから、マヤは門に出てきた。

「マヤをよろしく頼んだよ」
「元気でな!」

 村人たちに見送られ、マヤを加えた一行は草原を進む。
 しかし、間もなく雨が降り出した。

「どうしよう、木陰もないわ」
 不安げなニーナに、だがマヤが微笑んだ。
「私に任せて」

 マヤは植木鉢を地面に置いた。そして手を掲げると……。

 ポンと膨らんだ植木鉢から、瞬く間に木が伸び枝を広げる。
 密になった葉が雨を遮り、俺たちは驚いた。
「これはイタヤカエデと言って、葉っぱが大きいから、雨宿りに向いてるんです」
 でも、雷が鳴ったら危ないから、その時は逃げましょう、と、マヤは笑った。

 幹にもたれて休憩だ。
「幹を傷付けると出てくる樹液が甘いんです」
 ――メープルシロップである。サトウカエデが有名だが、このイタヤカエデからも作られるそうだ。

 傷から垂れる樹液を、交代で指に取り舐める。
 甘いものには疲労回復効果があると、チョーさんが言う。
 確かに、元気が出そうな味がした。

「あと、それから……」
 マヤは照れ臭そうに、ファイに袋を差し出した。
 その中にあったのは、大量のオタネニンジン。
「あ、ありがとう……」
「これは当分、薬膳スープに困らないアルね!」
 チョーさんも大喜びだ。

 マヤは、昨日俺が原稿用紙でサポートしてからコツが掴めたようで、失敗が少なくなったそうだ。
 それでも、こんなにオタネニンジンを出して大丈夫かと心配になる。武器や体力の消耗が気になるところだが、
「植木鉢は陶器だから、落とさなければ消耗しないし、土に置いて使えば大地のエネルギーを使えるから、ご心配ならさず」
 と、マヤは笑った。
 これで、ファイが少しでも元気になってくれれば何よりだ。

 ……しかし、雨宿りとは暇なものだ。
 暇すぎて、俺はつまらない事を考えた。

「何かさ、チーム名というか、パーティー名というか、考えねえ?」

「悪くないわね」
 すぐにエドが乗ってきた。
「『チーム・ストランド』は?」
 バルサが言うと、ニーナが否定した。
「マヤちゃんはストランド村を知らないわ」
「『好好ハオハオ亭』はどうアル?」
「それはチョーさんが生きてる頃、働いてたお店の名前でしょ」
「うーん……」
 ファイがじっと俺を見る。
「やっぱり、ヘヴンがリーダーだと分かる感じがいいな」
「『天国への扉ヘヴンズドア』とか?」
「色々とアウト」
「『神代隊』は?」
「ダッサ!!」

 ……だが、そこからアイデアが全く出ず、チーム名は『神代隊(仮)』となった。

 しばらくしたら、雨は止んだ。
 マヤが植木鉢に触れると、途端に木が枯れ、土になる。
 可哀想な気もするが、環境保護の観点から、気候に合わない木を生やしたままにするのは良くないらしい。

 身支度を整えて、再び草原を歩きだす。

 先頭はバルサ。
 ヤクの綱はアニが持ち、ヤクの角でファルコンが羽を休める。
 ヤクが引く、寝具や食料を積んだ台車を、俺とエドとチョーさんが押して手伝う。
 ニーナとファイと、そしてマヤは、エドが描いた地図を見ながら方角を確認する。

 草原を吹き抜ける風が、俺のマントをなびかせた。
 麦の穂を描いた、ストランド村の村旗。

 ――偶然の出会いだったけれど、仲間の繋がりは、何よりも深い。

 目的地エリューズニルにたどり着くその時まで、この絆は決して切れないと、俺は信じている。
 

 ――Ⅱ章 甲鉄機兵編 ~完~――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。 そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。 しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。 世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。 そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。 そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。 「イシュド、学園に通ってくれねぇか」 「へ?」 そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。 ※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

ソロキャンパー俺、今日もS級ダンジョンでのんびり配信。〜地上がパニックになってることを、俺だけが知らない〜

相上和音
ファンタジー
ダンジョン。 そこは常に死と隣り合わせの過酷な世界。 強力な魔物が跋扈し、地形、植物、環境、その全てが侵入者を排除しようと襲いかかってくる。 ひとたび足を踏み入れたなら、命の保証はどこにもない。 肉体より先に精神が壊れ、仮に命が無事でも五体満足でいられる者は、ほんのごく少数だ。 ーーそのはずなのだが。 「今日も一日、元気にソロキャンプしていきたいと思いま〜す」 前人未到のS級ダンジョン深部で、のんびりソロキャンプ配信をする男がいる。 男の名はジロー。 「え、待って。S級ダンジョンで四十階層突破したの、世界初じゃない?」 「学会発表クラスの情報がサラッと出てきやがった。これだからこの人の配信はやめられない」 「なんでこの人、いつも一方的に配信するだけでコメント見ないの!?」 「え? 三ツ首を狩ったってこと? ソロで? A級パーティでも、出くわしたら即撤退のバケモンなのに……」 「なんなんこの人」 ジローが配信をするたびに、世界中が大慌て。 なのになぜか本人にはその自覚がないようで……。 彼は一体何者なのか? 世界中の有力ギルドが、彼を仲間に引き入れようと躍起になっているが、その争奪戦の行方は……。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

冤罪で断罪されたら、魔王の娘に生まれ変わりました〜今度はやりたい放題します

みおな
ファンタジー
 王国の公爵令嬢として、王太子殿下の婚約者として、私なりに頑張っていたつもりでした。  それなのに、聖女とやらに公爵令嬢の座も婚約者の座も奪われて、冤罪で処刑されました。  死んだはずの私が目覚めたのは・・・

アシュターからの伝言

あーす。
SF
プレアデス星人アシュターに依頼を受けたアースルーリンドの面々が、地球に降り立つお話。 なんだけど、まだ出せない情報が含まれてるためと、パーラーにこっそり、メモ投稿してたのにパーラーが使えないので、それまで現実レベルで、聞いたり見たりした事のメモを書いています。 テレパシー、ビジョン等、現実に即した事柄を書き留め、どこまで合ってるかの検証となります。 その他、王様の耳はロバの耳。 そこらで言えない事をこっそりと。 あくまで小説枠なのに、検閲が入るとか理解不能。 なので届くべき人に届けばそれでいいお話。 にして置きます。 分かる人には分かる。 響く人には響く。 何かの気づきになれば幸いです。

処理中です...