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Ⅱ章 甲鉄機兵編

(37)暴走

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 ――目が虹色になるのは、トリオンの力に精神をむしばまれた暴走状態。
 確か、そうだった。

 やはり、既にハヤテの体は、コクピットにはない。
 この怪物が、彼自身。

 覚醒してラスボスを倒した後、トリオンに飲み込まれ肉体を失った主人公の精神が行き場を失い、暴走をはじめる。
 劇中ではこの状態で、地球を滅亡寸前にまで破壊した。
 それを止められたのは、ヒロインの演説で世界が一丸となり、現存する全ての核ミサイルを撃ち込んだから。

 ……この世界ヘルヘイムには、当然ながら、核ミサイルは存在しない。

「…………」
 誰も声を発さなかった。
 『甲鉄機兵フォートリオン』の物語を知らなくても、絶望的な状況な事は理解できるだろう。

 フォートリオンは、ビームソードを地面から引き抜いた。

 ――キィヤァー!!

 その時、ファルコンが戻ってきた。
 森じゅうの鳥たちを追い立てて。

 無数の鳥がフォートリオンを取り囲む。
 だが暴走状態では、緊急停止システムは作動しない。
 鬱陶しそうにビームソードを振り回すと、鳥たちは衝撃波で吹き飛んだ。
 木々が激しくしなり、俺たちは木陰に身を隠した。

「逃げよう」
「これは無理よ」
 バルサとエドが訴える。

 だが、俺は動かない。
「どこに逃げたって、こいつ相手じゃ助からない」
「ならどうすれば……!」
「ファルコンが戻ってきた――マヤを呼びに行ったファルコンが」
「――――!」
「彼女に、託すしかないよ」

 すると、足音が聞こえた。
 全力疾走するヤクだ。

 その首筋にまたがり、長い角を両手で掴んだマヤが叫ぶ。

「お兄ちゃん! もうやめて!!」

 急停止したヤクから飛び降りて、マヤはフォートリオンの正面に立ち塞がった。

「もう、他の人を巻き込むのはやめて」

 すると、ハヤテが返事をした。
「おまえまで、そんな事を言うんだな」

 マヤの目に涙が光る。
「私は、お兄ちゃんのする事を、何も反対しなかった……私も、お兄ちゃんと一緒だったから」

 ――友達がいなくても、園芸係として植物と向き合っていれば、ひとりぼっちを誤魔化せた。
 ハヤテの場合は、フォープラに対する熱量が誰とも合わずに孤独になった。
 けれども、ひとりぼっちの先にあるものは決して希望ではないと、二人とも知っていた。

「お兄ちゃんは、私がいじめられると助けてくれた。なのに私は、お兄ちゃんを何も助けられなかった……お父さんとお母さんが、お兄ちゃんのフォープラを捨てるのも止められなかったし、お兄ちゃんが、部屋に火をつけるのも……」

 そう言って、マヤはフォートリオンを見上げる。

「私が『一緒に死ぬ』って言わなければ、お兄ちゃんは、火をつけたりしなかった。そうでしょ?」

 フォートリオンは、虹色の目をマヤに向けたまま動かない。

「だから、せめてこの世界では、お兄ちゃんを助けたいの! お願い、もうやめて!」
「……遅いんだよ、何もかも」
 フォートリオンは一歩退がる。
「もう戻れない。放っておいてくれ」

 虹色の翼が強い光を放つ。
 そして、足が宙に浮こうとした時。

「――それならば、今度こそ、お兄ちゃんを、私が止める」

 マヤの手にした植木鉢が光る。
 小さな素焼きの器は大きく膨張し、そこから無数のつる螺旋らせんを描くように伸びだした。
 太い蔓は捻じれ絡み、瞬く間にフォートリオンの脚に巻き付く。

「…………!」

 ビームソードが薙ぐ。だが、斬るよりも蔓の伸びるスピードの方が早い。
 四方八方から伸びる蔓の網に、雁字搦めに捕らえられたフォートリオンはもがくが、しなやかで強靭な蔓はほどけない。
 腰に、肩に、腕に絡み付いて、巨体の動きを封じた。

 俺たちはただ、それを見ている事しかできなかった。
 その先に続く『筋書き』は、もう止められない。

 その後も蔓は成長を続け、まるでジャックと豆の木のように天高く伸び上がる。
 フォートリオンはそれに飲み込まれ、腕の先と顔の部分が隙間から見えるだけになった。

「やめろよ。知ってるだろ? 俺はもう、真っ当には生きていけないんだ。それとも、俺に死ねと言うのか?」

 ハヤテの声に、マヤは答えた。

「もう、お兄ちゃんが誰も殺さなくて済むようにしてあげる」

 ――フォートリオンの姿が、完全に蔓の中に消えた。
 そして、ギシギシときしむ音。

「………………」
 俺は言葉を発せられなかった。
 だが目も離せなかった。
 それが、原作者ストーリーテラーとしての責任だと思った。

 植物とは、限界まで成長するとゆっくりと枯れていくものだ。
 やがて蔓は緑から茶色に変色して、地面に崩れていく。

 ――その隙間から、ねじ切れたフォートリオンの破片がバラバラと崩れ落ちた。

 無言だった。
 なるべくしてなった結末だと頭では分かっているのに、それが最悪の結末だと理解しているから、心で受け止められない。

 その沈黙を破ったのは、マヤだった。
 彼女は、枯れた蔓の隙間に転がる、元の形に戻った植木鉢を拾い上げると、ポツリと言った。

「今度は、私が、お兄ちゃんを殺しちゃった」

 俺は一歩前に出た。
「それは違う――僕が、書いたんだ……原稿用紙に」

 厳密に言うと、「マヤがハヤテを殺す」とは書いていない。
 でも、こうなる事を分かっていながら、マヤをここに呼んだ。
 そして、彼女の能力が失敗なく発動するよう操作した。

 ――結末エンディングの実行者を彼女に託しただけで、ハヤテは、俺が殺したのだ。

 マヤは乾いた目で俺を見た。

「ありがとう……でも、私はもう、生きていけない。お兄ちゃんを助けるって願いが、叶えられなかったから」

 その反応は予想を超えていた。俺は焦った。
「待って! それは……!」
「もういいの――さよなら」

 マヤの手から、植木鉢が落ちた。
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