上 下
29 / 55
Ⅱ章 甲鉄機兵編

(28)仲直り大作戦②

しおりを挟む
 ――翌朝。

 俺とファイは、いつものように食材探しに森に入った。
 そこでファイに作戦の概要を説明したのだが、ファイはもう俺の考えを読んでいたようで、
「気を付けてね」
 と、俺を送り出した。

 ――さて、と。
 俺は目的地である、昨日見付けた梨の木を目指す。

 作戦はこうだ。
 食材探しの最中、俺が迷子になる。

 ……他の誰か、とも考えたが、俺が一番その役に相応しいのだ。それに、他の誰かを危険な目に遭わせたくはない。

 そして行き着いた先が、梨の木。
 断崖絶壁に張り付くように生えているこの木の実を取ろうとして、俺は足を滑らせる。
 だが、死にはしない。断崖絶壁の途中に突き出した岩の上に落ちるんだ。

 ……昨日、恐る恐る断崖を覗いた時に、それがあるのを知っていた。そこに立てば、救助者に手が届く距離だ。
 救助者の役はバルサ。だが、俺がなかなか引き上げられない。
 そこに、ニーナが強化魔法を掛けるのだ。
 夫婦の共同作業で一件落着。俺は無事に救助される、という寸法だ。

 ハラハラドキドキの吊り橋効果と、互いの信頼関係が為せる共同作業。我ながら、なかなか見応えのあるエピソードだと思う。

 俺は梨の木の枝を掴み、そっと崖を見下ろす。
 ……昨日は夕方だったからよく見えなかったけど、朝日の中で見ると、めちゃくちゃ高い。百メートルはありそうだ。
 思わず足が竦む。

 しかし、「俺が救助される」という結末にしてあるから、俺は死ぬ事はない……ハズ。
 赤ペンのOKは絶対なのだ。

 だが、どうやってあの岩の出っ張りに降りようか?

 と、ミシッという音がした。

「…………?」

 そして気付けば、折れた枝を手に崖の外を飛んでいた。

「――――!!」

 俺は焦った。そして心の中で繰り返した。
 落ち着け、落ち着くんだ。岩の出っ張りに落ちるだけだ……。

 果たして俺は、岩の出っ張りに落ちた……しかし、落ちた位置が端っこすぎた。
 背中に、ガクンと岩が割れる感触がある――ヤバい!!

 咄嗟とっさに、崖をっているつるを掴む。
 だがそれが微妙に伸びて、俺は岩の出っ張りの下にぶら下がる格好になった。

「…………」

 嘘だろ? こんなハズじゃ……。
 俺の脳裏を走馬燈そうまとうのように、昨夜原稿用紙に書いた文章が流れる。

 ――いや、あの文章を、例えばコミカライズした場合、こういう展開と解釈するのは全く不自然じゃない。
 「岩の出っ張りに落ちた」のは正しいし、「救助される身になった」のも間違いじゃない。

 ただ、俺の状況説明が甘かっただけ。

 俺は力の限り叫んだ。
「助けてくれーー!!!!」

 すぐにファイがピンチを察して、みんなを呼んできた。
「しっかりしろ!」
 バルサの声だ。
「助けて……助けて……」
 俺の声は、真に迫りすぎて震えている。万年帰宅部の俺に、長時間、蔓に掴まり続ける握力があるはずもない。そろそろ限界を迎えそうだ。

「待ってろ、今行く」
 エドが蔓をロープのように、バルサの腰に結び付ける。そうしてバルサは、そろそろと崖を降りてきた。
 そして岩の出っ張りに到着すると、四つん這いになり俺の腕を掴んだ。
「もう大丈夫だ、安心しろ」
「バルサぁ……」
 涙が出てきた。

 バルサの合図で、エドが蔓を引っ張っる。だが、大柄なバルサと俺の二人だ。いくらエドがたくましくても、そんな力はない。
「ヘヴンを岩に引っ張り上げられない?」
 エドに言われて、バルサは手に力を込める。
 ……が、足元が滑って、今度はバルサに危険が迫る。

「…………!」
 それを咄嗟にエドが掴んだ。崖から身を乗り出し、バルサの腰に巻かれた蔓を引っ張るが、エドの体勢が不安定だ。
「チョーさん! 如意棒! 如意棒よ!!」

 すぐさまチョーさんの如意棒が俺の目の前にまで届いた。
 俺とバルサとエド。三人の体勢を支える如意棒を、だが崖の上まで引き上げるほどの力はチョーさんにはない。

「ファイ! 何とかならないのか!」
「ごめん、今、手が離せない……」
 ファイは、これ以上岩の出っ張りが崩れないよう、スキルサイコキネシスを掛けていた……よく見ると既に、あちこちにひび割れができている。

「チクショー! どうすりゃいんだよ!」
 チョーさんと一緒に如意棒を引っ張りながら、アニが叫んだ。

「――やってみるわ」
 カドゥケウスを手に前に出たのは、ニーナだった。
 彼女は両手に杖を持ち、翼に挟まれた宝石に願いを込める。

「光に導かれし我が願いを聞き入れたまえ。どうか、善良なるこの者たちに光の加護を……!」

 すると、宝玉が眩い光を放った――最上級の補助魔法だ。

 光は、ファイ、チョーさんとアニ、エド、バルサ、そして俺に降り注いだ。
 ――謎に気力が湧いてくる。何だこれは!?

「うおおおお!!!!」
 如意棒とバルサの腕が一気に引き上げられる。
 と同時に、バルサがいる岩の出っ張りが宙に浮き上がる。
「――――!!」
 ほとんど空を飛ぶように、俺たちは崖の上にドスンと着地した。

「…………」
 折り重なって這いつくばる俺たちを見下ろして、ニーナが微笑む。
「良かったわ、助かって」

 ――その後の食事は、朝と昼と兼用になった。

 ……にしても、気まずい。
 きのこたっぷりの刀削麺とうしょうめんを味わいながら、俺は首を竦めた。

 昨日相談したエドが、俺の作戦に気付いたのだ。

「一歩間違えば、みんな死ぬところだったのよ。反省なさい」
 エドに睨まれれば、言い訳はできない。
「すいませんでした……」

 全員無事なのも作戦通りとはいえ、みんなを危険に巻き込んでしまったのだ。俺の見込みの甘さというより他にない。

 そんな中、バルサとニーナは黙ってうつむいている。
 しばらくして、二人が同時に顔を上げた。

「俺らこそ……」
「私たちこそ……」

 一緒に声を出し、二人は照れたように顔を見合わせる。
 それからバルサが譲る仕草をして、ニーナが口を開いた。
「私たちこそ、心配をかけてしまってごめんなさい。夫婦喧嘩とまではいかない、心のすれ違いみたいなものよ……向き合わないで避けていても、先に進めないものね。後できちんと話し合うわ」

 それを聞いて、エドが俺にウインクして見せた。
 ああは言ったが、俺の作戦の成果を認めてくれたようだ。

 その日は移動をせず、バルサとニーナの二人……と、スキルの発動で消耗したファイを残し、他のみんなで食料調達をする事にした。
 チョーさんとエドは川で釣りを、俺は、アニとファルコンの狩りの横で山菜採りをする。

 狩ったウサギの皮を剥ぎながら、アニはふと手を止めた。

「……家族って、いいよな」
「何だよ、急に」
「オレ、家族って、いた事がないから」

 ……家族、か……。
 生きてる頃は、ウザいばかりで避けていたけれど、家族という存在は、維持していかなければ崩れてしまう、繊細なものなのだと思い知った。
 ――そして、維持しようと努力するだけの価値があるものなんだと。

「今の仲間、家族みたいだな」
 俺がそう言うと、アニは驚いたように顔を上げた。
「家族って、こういうものなのか?」
「そうだよ。色々あるけど、いて当たり前で、いないと寂しいんだ」
「ふうん……」

 作業に戻ったアニの顔は、なぜか嬉しそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

音楽とともに行く、異世界の旅~だけどこいつと一緒だなんて聞いてない~

市瀬瑛理
ファンタジー
いきなり異世界転移させられた小田桐蒼真(おだぎりそうま)と永瀬弘祈(ながせひろき)。 所属する市民オーケストラの指揮者である蒼真とコンサートマスターの弘祈は正反対の性格で、音楽に対する意見が合うこともほとんどない。当然、練習日には毎回のように互いの主張が対立していた。 しかし、転移先にいたオリジンの巫女ティアナはそんな二人に『オリジンの卵』と呼ばれるものを託そうとする。 『オリジンの卵』は弘祈を親と認め、また蒼真を自分と弘祈を守るための騎士として選んだのだ。 地球に帰るためには『帰還の魔法陣』のある神殿に行かなければならないが、『オリジンの卵』を届ける先も同じ場所だった。 仕方なしに『オリジンの卵』を預かった蒼真と弘祈はティアナから『指揮棒が剣になる』能力などを授かり、『帰還の魔法陣』を目指す。 たまにぶつかり合い、時には協力して『オリジンの卵』を守りながら異世界を行く二人にいつか友情は生まれるのか? そして無事に地球に帰ることはできるのか――。 指揮者とヴァイオリン奏者の二人が織りなす、異世界ファンタジー。 ※この作品は他の小説投稿サイトにも掲載しています。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

1枚の金貨から変わる俺の異世界生活。26個の神の奇跡は俺をチート野郎にしてくれるはず‼

ベルピー
ファンタジー
この世界は5歳で全ての住民が神より神の祝福を得られる。そんな中、カインが授かった祝福は『アルファベット』という見た事も聞いた事もない祝福だった。 祝福を授かった時に現れる光は前代未聞の虹色⁉周りから多いに期待されるが、期待とは裏腹に、どんな祝福かもわからないまま、5年間を何事もなく過ごした。 10歳で冒険者になった時には、『無能の祝福』と呼ばれるようになった。 『無能の祝福』、『最低な能力値』、『最低な成長率』・・・ そんな中、カインは腐る事なく日々冒険者としてできる事を毎日こなしていた。 『おつかいクエスト』、『街の清掃』、『薬草採取』、『荷物持ち』、カインのできる内容は日銭を稼ぐだけで精一杯だったが、そんな時に1枚の金貨を手に入れたカインはそこから人生が変わった。 教会で1枚の金貨を寄付した事が始まりだった。前世の記憶を取り戻したカインは、神の奇跡を手に入れる為にお金を稼ぐ。お金を稼ぐ。お金を稼ぐ。 『戦闘民族君』、『未来の猫ロボット君』、『美少女戦士君』、『天空の城ラ君』、『風の谷君』などなど、様々な神の奇跡を手に入れる為、カインの冒険が始まった。

召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽
ファンタジー
学生時代最後のゴールデンウィークを楽しむため、伊達冬馬(21)は高校生の従弟たち三人とキャンプ場へ向かっていた。 途中の山道で唐突に眩い光に包まれ、運転していた車が制御を失い、そのまま崖の下に転落して、冬馬は死んでしまう。 だが、魂のみの存在となった冬馬は異世界に転生させられることに。 「俺が死んだのはアイツらを勇者召喚した結果の巻き添えだった?」 しかも、冬馬の死を知った従弟や従妹たちが立腹し、勇者として働くことを拒否しているらしい。 「勇者を働かせるための餌として、俺を異世界に転生させるだと? ふざけんな!」 異世界の事情を聞き出して、あまりの不穏さと不便な生活状況を知り、ごねる冬馬に異世界の創造神は様々なスキルや特典を与えてくれた。 日本と同程度は難しいが、努力すれば快適に暮らせるだけのスキルを貰う。 「召喚魔法? いや、これネット通販だろ」 発動条件の等価交換は、大森林の素材をポイントに換えて異世界から物を召喚するーーいや、だからコレはネット通販! 日本製の便利な品物を通販で購入するため、冬馬はせっせと採取や狩猟に励む。 便利な魔法やスキルを駆使して、大森林と呼ばれる魔境暮らしを送ることになった冬馬がゆるいサバイバルありのスローライフを楽しむ、異世界転生ファンタジー。 ※カクヨムにも掲載中です

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

処理中です...