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Ⅰ章 ストランド村編

(16)略奪者エリンヘリアル

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 それだけではない。
 窓や壁が叩き壊され、部屋にあった様々な雑貨が小屋の周囲に散らばっている。

 ――何が起こったのか。
 呆然とする俺の横で、アニの呼吸が早くなる。
 そしてその場に荷物を置くと、矢筒と弓だけを持って、足音を忍ばせて小屋に近付いた。
 俺も荷物を下ろし、後に続く。

 矢をつがえて、アニは小屋に踏み込む。
 そして状況を把握すると、震える腕を下ろした。

「…………」

 俺もその光景を見て絶句した。
 元々乱雑ではあったが、生活できる程度に整えられていた部屋は、無茶苦茶に荒らされていた。
 一昨日、一緒に食事をしたテーブルは倒され、スニフのためにたくさん作っておいたアニのスープが、鍋ごと床に転がっている。
 食器棚は叩き割られて、皿やカップが粉々になっていた。

 ――略奪者による襲撃を受けたのだ。

 だが……と、俺は目を泳がせた。
 スニフの亡骸なきがらが見当たらないのだ。

 すると、アニが呟いた。
「転生者は、死ぬと死体も残らない」
「…………」
「この世界に転生する時に、体を借りる。体が使えなくなれば、世界に回収されて、魂は消える」

 俺は愕然がくぜんとした。
 この世界に転生した理由すら思い出せないまま、あの爺さんは……。

 アニは床に散らばる雑多なものを蹴り飛ばしながら奥へと進み、部屋を見渡した。
「やっぱりない」
「……何、が?」
「杖だよ!」

 この世界の盗賊の目的は、武器。
 麦の瓶は、ついでに物色され持ち出されたが、手を滑らせて落としたのだろう。

 爺さんの杖一本を奪うのにこの有様とは、略奪者は相当なならず者だ。
 俺は思わず拳を握る。

 ところが。
 俺を振り返ったアニの顔が蒼白だったから、俺は戸惑った。
「どうしたんだ?」
 彼女は震え声を上げた。

「――ストランド村がヤバい」

   ____________
    【        ||
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ファルコンは、名残り惜しそうに半壊した小屋に残った。
 多分、スニフ爺さんがこの世界に留まっていられたのは、ファルコンの世話という「生きる目的」があったからだろう。

 俺とアニは、行きは丸一日かけた道のりを、半日足らずで駆け下りた。
「盗賊はかなりの数がいる。あの散らかし方を見れば分かる、あたいも盗賊だったから。そんな奴らが、スニフ爺さんの杖一本で満足するはずがない」
 ……という、アニの予想が外れる事を祈りながら。

 泥まみれになりながら、ほとんど滑るように山を下った俺たちは、だが祈り虚しく、絶望的な光景を目にする事となった。

 夕空へと空の色が変わる頃。
 鐘楼の鐘が、カーンカーンと鳴り響いていた。

 村を囲む塀に、屈強な男たちが集まっている。
 二、三十人はいるだろう。その全員が武器を持ち、戦闘装備をしていた。

 アニはそれを見ると、
「来い!」
 と俺の腕を引いた。

 ストランド村は、三方を高い木塀、一方を小川で囲まれた作りになっている。
 小川とはいえ、飛び越えられるような幅ではない。だから盗賊たちは、塀に沿って門に向かったのだろう。

 アニはその小川の、水車小屋の対岸にやって来た。
 そして、どこからか長い棒を持ってくる。
「門まで回るのが面倒な時は、こうやって川を渡ってる」
 そう言うと、棒を両手で持って斜面から助走を付ける。その勢いで川底に棒を突き立てて、小川を飛び越えた。棒幅跳びだ。

「おまえも来い!」
 アニはそう叫んで、畑を抜けて村に走っていった。

「……マジか……!」
 棒幅跳びなんてやった事がない。でも、ここで躊躇ちゅうちょしている場合ではない。
「うわあああ!!」
 イメージだけでアニをならう。
 何とかなるもので、俺は棒にしがみ付いて対岸に渡った……着地に失敗して、地面に叩き付けられたが。

 腰をさすりながら畦道を走る。
 そしてバルサの薪割り場まで来て、俺は咄嗟とっさに小屋の影に身を隠した。

 ――既に門は抜かれ、内部に侵入を受けている。

 これが、噂に聞く『エインヘリアル』だろうか?
 壁を背に、俺の心臓はバクバクと跳ねだした。

 中庭から声がする。
「あーら、アタシと遊んでくれるの? フフッ――すぐに壊れないでね!」
 エドだ。俺は小屋の隙間からコッソリと覗いた。
 門内の賊の前に立ち塞がった、エドのシザーハンドが牙を剥く。

 研ぎ澄まされたハサミが、盗賊の首筋を切り裂く。
 飛び散る血飛沫が、次なる犠牲者の断末魔を彩る。

 ……つ、強い……!
 俺は目を見張った。

 エドのハサミを逃れた賊は、屋根からのアニの矢が射止める。
 何とか賊を食い止められてはいるようだ。
 ……だが壁の外には、この何倍かの賊がいる。
 その中に、バルサに聞いた「全知全能の神アルファズ」がいたとしたら……。

 そう考えていると、門の辺りでざわめきが起こった。
 慌てて目を向け、俺は息を呑む。

 ――エドの前に槍兵が並び、彼に切っ先を突き付けているのだ。

 いくらエドが強いと言っても、ハサミは近距離武器だ。槍の間合いに対してはどうしようもない。
「ごめんなさいね。アタシもここまでのようだわ」
 降参するように、エドが両手を上げた。
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