上 下
10 / 55
Ⅰ章 ストランド村編

(10)円卓の八人②

しおりを挟む
 食事を済ませ、調理場となっている小屋に食器を運ぶ。
 流しに置いてシレッと出て来ようとすると、ポンと肩を叩かれた。

 ――振り返ると、エドが見下ろしている。
「ねえ、まだアタシの自己紹介が済んでないわ。お皿を洗いながら、ゆっくりお話しない?」

 エドの本当の名前はエドワード。けれど、いかにもな男名が嫌で、エドと名乗っているらしい。
 そして性別だが、、女性っぽく振舞った方が仕事がやりやすいから、というだけで、特に女性と自認している訳ではないようだ。

 彼の職業。それは……。

 エドが両手を俺に見せる。
 ――すると、指が変形して、刃物が現れたから俺はぶったまげた。

「シザーハンド。憧れてたの」

 そう、彼は美容師。究極の美容師パーフェクトドレッサーと名乗っているそうだ。
 生前は世界大会で優勝するほどの腕前だったと、エドは語った。
「でもね、ハサミと手って別物じゃない? それがわずらわしくって。手がハサミになればいいのにって、ずっと思ってたの」
 ……俺にはちょっと理解できない感覚だ。

 確かにエドは、美容師だけあって、イカついけれど清潔感のある美形だ。
 緑色の髪を左側だけ編み込みにして、右側はサラリと流している。そして、耳だけでなく、鼻と唇にもピアスがぶら下がる。
 細身のジャケットに細身のスラックス。そのあちこちにチェーンがぶら下がったパンク風だが、絶妙にスタイリッシュに見えるのは、イケメンだからだろう。

「アナタ、素材は悪くないから、もう少し脇をスッキリさせれば小顔に見えるわよ。後でカットしてあげるわ」
 と、彼はハサミを指に収納し、何事もなかったかのように皿洗いを始めた……手の仕組みが全く理解できない。

 俺はエドが洗った皿を拭いて、棚に戻していく。
 作業中も、エドはとにかくよく喋る。バシャバシャと水桶で汚れを落としながら、自分の話をずっとしている。
「チョーさんったら酷いのよ。ハサミでネギを刻むのを手伝えって言うの。ネギなんて切ったらびちゃうじゃない」

 すると、部屋の奥から返事があった。
「ネギ、体にいいネ。中華四千年の歴史、薬草アルよ」

 ……名乗らなくても分かる。
 料理人のチョーさんだ。

 静かだから、存在に気付かなかった。
 声の方に目を遣ると、調理台の前で黙々と豆のさやをいている。

 クシュッとした特徴的な帽子に、詰襟つめえりの服。長く整えた口髭くちひげが漫画のキャラみたいだ。前掛けのシミが、料理人の勲章という感じに風格がある。

 エドは俺に耳打ちした。
「料理人は座って食べるモンじゃないって、ずっと調理場から出て来ないのよ。だから、席だけは用意してあるけど、みんなとは食べないの。ちょっと偏屈へんくつだけど、悪い人じゃないわ」

 チョーさんは目にも止まらぬ早さで、さやから豆を出していく。
「豆腐作るネ。皿洗い終わたら手伝うアル」
「はいはい、分かったわよ……チョーさんの手伝いは、慣れないと大変だから、アナタはもういいわ。多分みんな、裏の畑でお仕事してると思うから、そっちを手伝って」

   ____________
    【        ||
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 畑は、門から見て建物を挟んだ奥、山のふもとに広がっているようだ。

 そこへ向かう途中、建物の脇でアニが何かをしていた。
 ……それが、首の長い水鳥の羽根をむしり取る作業だと気付いて、俺はギョッとして立ち止まった。

 俺に気付いて、アニが振り向く。
「何だよ?」
「……あ、いや、何してんのかな、って……」
「昨日狩ってきたグースの羽根をむしってんだよ。羽毛は上等な布団になるから、いい物と交換できるんだ。肉も美味いし、無駄がない」
 案外普通に喋れるんだな。そう思った次の瞬間、アニはキッと目を吊り上げた。
「突っ立って見てるんなら、おめえも手伝え!」

 アニの目の前に、グースと呼ばれたガチョウみたいな鳥が四羽、投げ出されている。
 ……鳥の羽根をむしるなんて初体験だ。もっと言うなら、死んだ鳥を触るのだって、これまでの人生で初めてだ。

 恐る恐る首を掴んで「ヒイッ」と思ってる間にも、アニはどんどん作業を進めていく。
「むしった羽根は、こうして布の袋に詰めていく。風が吹いたら飛んでいってしまうし、よく乾かしてから片付けないと臭いからな」

 羽毛を詰め終わったら、紐で縛って日当たりの良い場所に干す。布団一枚にするには、百羽ものグースが必要らしい。それだけ貴重なのだ。

 羽根をいだグースはチョーさんに預ける。日持ちするように燻製にしたり、うまくやってくれるらしい……逆に、下手に手を出すと怒られるので、食事に関する一切は、チョーさんに任せてあるようだ。

 再び調理場を出た俺は、今度こそ畑に向かった。
 そして、目を見張る。

 建物の裏には、緑の山々を背景に、金色の穂を垂れる麦畑が一面に広がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

すれ違い実行委員会

ステルススター
恋愛
この学園には非公認の秘密委員会が存在する。 誰がいつ、何の為に立ち上げたのかは分かっていない。 目的は、リア充になるのを阻止する事。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

処理中です...