5 / 55
Ⅰ章 ストランド村編
(5)ボールペンと原稿用紙
しおりを挟む
食事を片付けたところで、就寝時間。
乾いた草の上に敷物を敷いただけの、簡素すぎる寝床だ。
「ほれ、使え」
と、バルサが敷物を貸してくれた――先程狩ったオークの毛皮だ。
オークの巨体から剥ぎ取ったものだから、敷物にする大きさは十分にある。
だが、密度が薄くてツンツンしたオークの毛がチクチクするし、臭う。
しかし、借り物に贅沢は言えない。
……にしても、静かだ。
風が柔らかく草を揺らす音と、焚き火がパチパチと爆ぜる音以外、何の音もしない。
遮るもののない星空は、ネットでしか見た事がない光景だった。静寂の中で星が瞬く音が、キラキラと聞こえてきそうだ。
眠ると体温が下がるのと、モンスターを寄せ付けないために、一晩中、焚き火は燃やし続ける必要があるらしい。
時々、バルサかニーナが起き上がり、枯れ草の枝を火に放り込む。
俺は火に背を向けて、眠ったフリをしていた。
……果たして、これからどうすべきか。
「エリューズニルを探して女神ヘルに生き返りを願う」事が、この世界で生きる目的として、転生した目的は「異世界転生を体験する」だから、すぐに生き返ってしまっては元も子もない。
しばらくこの世界を満喫してから、エリューズニルを探してもいいだろう。
としても、まずやらなければならない事がある。
それは、俺の「武器」の使い方を探る事。
ボールペンと原稿用紙だって、一応武器として与えられたもの。ただのメモ帳という事はない……ハズ……。
どうせ眠れないし……と、俺はポケットから、ボールペンと原稿用紙を取り出した。
オーク皮の上に原稿用紙を広げ、ボールペンを握る。だがいざマス目を前にすると、何を書いていいのか分からない。
……まるで、夏休みの宿題の気分だ。
原稿用紙という書式が良くない。
くすんだ緑でプリントされた枠。四百字詰めの、ごくごく一般的なやつだ。
八月三十一日に泣きそうな気持ちで睨み合った、あの焦りが甦る。
それに、先程バルサが言っていた話。
――武器が壊れたり使えなくなったりすると、死ぬ。
という事は、原稿用紙を使い切ったら……。
俺はゴクリと唾を呑む。
原稿用紙はたったの一枚。「埋めろ」と言われると苦痛だが、「埋めるな」と言われると心許ない。
だが、ボールペンと原稿用紙の組み合わせでは、「書く」以外の使い道が思い付かない。
「…………」
何にしろ、一度試してみないと、使い方すら分からない。
俺はしばらく悩んだ末、とりあえず日記を書いてみる事にした。現世に生き返った時に執筆に困らないよう、異世界の記録を残しておいた方がいい。
かといって、一マスに一文字書いてはすぐに埋まってしまう。
俺はマス目を無視して、端っこに小さく書く事にした。
すると、驚くべき事が起こった。
という文字が、赤いペンで書かれたように浮き上がり、俺が書いた文字ごと、紙に吸い込まれるように消えたのだ。
「――――!?」
状況を理解するのにしばらく時間がかかった。
しかし、まっさらになった原稿用紙という現実をしげしげと眺めて、ようやく納得した。
――この原稿用紙は、何度でも使えるのだ。
ならばと、俺はマス目にきちんと書いてみる。
次は何を書こうかとペンを止めると、今度は、
という赤字が記され、全部消えた。
「…………」
細かいなぁオイ。
ムキになって、俺はもう一度丁寧に書く。
そして、少し待つと、今度は……
と浮かび、また消えた。
……何なんだよ。
俺はイラッとしつつも、ひとつの気付きを得た。
――この原稿用紙は、正しい書式で書けば、何らかの返事をする。
ならば……。
俺はボールペンを走らせた。
もしかしたら、希望を書けばその通りになるのではないか、と思ったのだ。
だが、そううまくいくはずはなかった。
赤ペンが答える。
と、だから何だとばかりにスッと消える。
「何なんだよ……」
俺はイライラと頭を掻きむしって、謎の赤ペンに質問をぶつけた。
するとすぐに、
と書かれて消えた。
「…………!」
歯ぎしりしながら、俺は考えた。
正しい書式で何かを書けば、この原稿用紙は何らかの反応をする。
ならば、正しい内容を書けば、正しい反応をするに違いない。
原稿用紙の正しい使い方……とは……。
日記? いや、日記には、素っ気ない返事が来ただけだった。
なら、作文か? 先程書いた「希望」も、作文のうちだろう。ならば違う。
読書感想文? そもそもこの世界に本があるのか?
詩? ……何か違う気がする。
だとしたら……。
最後に俺の脳裏に浮かんだのは、俺の最も得意とするものだった。
――小説。
つまり、「この先に起こる現象を、状況と辻褄が合うように書く」。
それは、この世界という「舞台設定」に合う内容でなければならない。時系列が矛盾していてはならない。登場人物のキャラクター性に見合ったものでなければならない。
次の瞬間に起きても不自然でない事象。
それを書いてみたらどうか?
俺は少し考えた。
そして、眠りにつくニーナとバルサを見て、こう書いた。
そして数瞬待つと、何と、俺が書いた文字が光りだしたではないか!
それは原稿用紙から浮き上がり、光の粒子となって、ニーナとバルサに降り注ぐ。
光は二人に吸い込まれるように消え、後には何事もなかったように眠る姿だけがあった。
俺は原稿用紙に目を戻す。すると再びまっさらな白紙になっている。
「…………」
この武器の使い方が掴めたかもしれない。
俺は興奮を声に出さないよう、抑えるのに精一杯だった。
乾いた草の上に敷物を敷いただけの、簡素すぎる寝床だ。
「ほれ、使え」
と、バルサが敷物を貸してくれた――先程狩ったオークの毛皮だ。
オークの巨体から剥ぎ取ったものだから、敷物にする大きさは十分にある。
だが、密度が薄くてツンツンしたオークの毛がチクチクするし、臭う。
しかし、借り物に贅沢は言えない。
……にしても、静かだ。
風が柔らかく草を揺らす音と、焚き火がパチパチと爆ぜる音以外、何の音もしない。
遮るもののない星空は、ネットでしか見た事がない光景だった。静寂の中で星が瞬く音が、キラキラと聞こえてきそうだ。
眠ると体温が下がるのと、モンスターを寄せ付けないために、一晩中、焚き火は燃やし続ける必要があるらしい。
時々、バルサかニーナが起き上がり、枯れ草の枝を火に放り込む。
俺は火に背を向けて、眠ったフリをしていた。
……果たして、これからどうすべきか。
「エリューズニルを探して女神ヘルに生き返りを願う」事が、この世界で生きる目的として、転生した目的は「異世界転生を体験する」だから、すぐに生き返ってしまっては元も子もない。
しばらくこの世界を満喫してから、エリューズニルを探してもいいだろう。
としても、まずやらなければならない事がある。
それは、俺の「武器」の使い方を探る事。
ボールペンと原稿用紙だって、一応武器として与えられたもの。ただのメモ帳という事はない……ハズ……。
どうせ眠れないし……と、俺はポケットから、ボールペンと原稿用紙を取り出した。
オーク皮の上に原稿用紙を広げ、ボールペンを握る。だがいざマス目を前にすると、何を書いていいのか分からない。
……まるで、夏休みの宿題の気分だ。
原稿用紙という書式が良くない。
くすんだ緑でプリントされた枠。四百字詰めの、ごくごく一般的なやつだ。
八月三十一日に泣きそうな気持ちで睨み合った、あの焦りが甦る。
それに、先程バルサが言っていた話。
――武器が壊れたり使えなくなったりすると、死ぬ。
という事は、原稿用紙を使い切ったら……。
俺はゴクリと唾を呑む。
原稿用紙はたったの一枚。「埋めろ」と言われると苦痛だが、「埋めるな」と言われると心許ない。
だが、ボールペンと原稿用紙の組み合わせでは、「書く」以外の使い道が思い付かない。
「…………」
何にしろ、一度試してみないと、使い方すら分からない。
俺はしばらく悩んだ末、とりあえず日記を書いてみる事にした。現世に生き返った時に執筆に困らないよう、異世界の記録を残しておいた方がいい。
かといって、一マスに一文字書いてはすぐに埋まってしまう。
俺はマス目を無視して、端っこに小さく書く事にした。
すると、驚くべき事が起こった。
という文字が、赤いペンで書かれたように浮き上がり、俺が書いた文字ごと、紙に吸い込まれるように消えたのだ。
「――――!?」
状況を理解するのにしばらく時間がかかった。
しかし、まっさらになった原稿用紙という現実をしげしげと眺めて、ようやく納得した。
――この原稿用紙は、何度でも使えるのだ。
ならばと、俺はマス目にきちんと書いてみる。
次は何を書こうかとペンを止めると、今度は、
という赤字が記され、全部消えた。
「…………」
細かいなぁオイ。
ムキになって、俺はもう一度丁寧に書く。
そして、少し待つと、今度は……
と浮かび、また消えた。
……何なんだよ。
俺はイラッとしつつも、ひとつの気付きを得た。
――この原稿用紙は、正しい書式で書けば、何らかの返事をする。
ならば……。
俺はボールペンを走らせた。
もしかしたら、希望を書けばその通りになるのではないか、と思ったのだ。
だが、そううまくいくはずはなかった。
赤ペンが答える。
と、だから何だとばかりにスッと消える。
「何なんだよ……」
俺はイライラと頭を掻きむしって、謎の赤ペンに質問をぶつけた。
するとすぐに、
と書かれて消えた。
「…………!」
歯ぎしりしながら、俺は考えた。
正しい書式で何かを書けば、この原稿用紙は何らかの反応をする。
ならば、正しい内容を書けば、正しい反応をするに違いない。
原稿用紙の正しい使い方……とは……。
日記? いや、日記には、素っ気ない返事が来ただけだった。
なら、作文か? 先程書いた「希望」も、作文のうちだろう。ならば違う。
読書感想文? そもそもこの世界に本があるのか?
詩? ……何か違う気がする。
だとしたら……。
最後に俺の脳裏に浮かんだのは、俺の最も得意とするものだった。
――小説。
つまり、「この先に起こる現象を、状況と辻褄が合うように書く」。
それは、この世界という「舞台設定」に合う内容でなければならない。時系列が矛盾していてはならない。登場人物のキャラクター性に見合ったものでなければならない。
次の瞬間に起きても不自然でない事象。
それを書いてみたらどうか?
俺は少し考えた。
そして、眠りにつくニーナとバルサを見て、こう書いた。
そして数瞬待つと、何と、俺が書いた文字が光りだしたではないか!
それは原稿用紙から浮き上がり、光の粒子となって、ニーナとバルサに降り注ぐ。
光は二人に吸い込まれるように消え、後には何事もなかったように眠る姿だけがあった。
俺は原稿用紙に目を戻す。すると再びまっさらな白紙になっている。
「…………」
この武器の使い方が掴めたかもしれない。
俺は興奮を声に出さないよう、抑えるのに精一杯だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる